61~見送る者たち~・3

『ここにテラの本拠地へのゲートを開く。けれども中で何があるかわからないから帰るまで開きっ放しにしておこうと思う……大掛かりな作業になるからね』


 例えば、急いで脱出しなければならない時に悠長にゲートを開く暇などないかもしれない。

 そしてテラの本拠地であるそこがアラカルティアと勝手が同じである保証はなく、いつでもどこでもこちらと繋がれるとは限らない。

 だからこの出入り口をしっかりと固めておこうとランシッドは説明した。


「この杭は結界を維持するための装置さ。魔物を遠ざけ、君たちの帰り道を守るためのね」

『そしてその結界を俺とトランシュで張る。精霊王と英雄王が手ずから張る結界だ。ありがたく思えよ』


 確かにそう聞くとありがたさは一級品だな、と内心でブオルが呟いた。

 加えてこれから生前初代グランマニエ王だったランシッドがゲートを開くというのだから、とんでもないことである。


「……俺たち、ものすごく貴重な体験をしているんですね」

『君がいまさらそれ言う?』


 既にとんでもない経験をしておいていまさら、と言外に含めて時精霊が笑った。


 ブオルだけじゃなく、この場にいる者たち全員がいくつもの数奇な道を辿って今ここにいる。


「正直一緒に行きたかったけど……“私”には、こちらでやることがあるからね」

『二十年前ならいざ知らず、今のお前は王だからな。戦士には戦士の、王には王の戦いがある』

「それはわかるよ。けど、“僕”としてはこの世界を好き勝手してくれた奴に一発くれてやらないと気が済まないのさ」


 英雄王と精霊王のやりとりについ先刻似たような発言を聞いたな……などと思いながら、ブオルとクローテが顔を見合わせる。

 どんなに爽やかでスマートな外見をしていても、トランシュにもあのモラセスの血が流れているのだと改めて実感したところで……


『準備もできたし、ゲートを開くよ』

「お願いします、お父様」


 ぴん、と空気が張り詰め、そして震えた。

 並んだ杭が描いた円の中央に向けてランシッドが両手をのばし、ぐっと力を入れる。


『ぐ……っ』


 すっかり重たくなってしまった両開きの窓を開けるような動作は、やがて少しずつ開く兆しを見せ……


『ひら、けぇぇぇぇっ!』


 渾身の叫びと共に空間が裂け、人ひとり……具体的に言えば、この中で一番大柄なブオルがちゃんと屈まず通れるくらいの穴が開いた。


「っ……なんて禍々しい気配なの」

「尻尾がぞわぞわするでござるな……」


 まだ門を潜ってもいないのに、向こう側から感じられる嫌な気配に思わず数人が後ずさる。


……と、


「それでも、行くしかねえ」


 拳を強く握り締め、一歩踏み出したのはカカオだった。


「この道を作ってくれたのは、この旅で出会ったたくさんの人たちなんだ。だから……」

「カカオどの……」

「帰るために行くんだ。帰るまでが……オレたちの旅なんだよ、ガレ」


 そう言うとカカオは小さな子どもにしてやるように、自分より随分高い位置にある青年の頭をぽんぽんと撫でる。

 その言葉をありがちだとからかう者はいなかった。

 数多くの苦難を乗り越え、見違えるほどの成長を重ねてきたこの旅路をもはや遠足とは呼べなかったから。


「今のカカオどのを見ていると、なんだか安心する。どうしてでござろうな?」

「ふふ、ちゃんと帰って来られるからでしょ?」

「未来から来た巫女姫サマにそう言われちゃ、安心感が違うね」


 ガレとアングレーズ、パンキッドがそう言うと、


「根拠がない訳じゃない。ここまでの道のりがそれを裏づけているからな」


 と、クローテが微笑む。


「そだね。今までだってなんとかしてきたもんね」

「なんとかなると唱えていればなんとかなるものさ」


 モカとシーフォンのそんな言葉を受けて、


「なんとかしてみせようじゃないか。未来に繋がるこの戦いを!」


 ブオルがどーんと胸板を叩いた。

 互いに見合わせ、頷いて……その時が来た。


『それじゃあ、みんな……』

「はい。行きましょう、決戦へ!」

「おう!」


 踏み出す足はしっかりと、力強く。

 そうして彼らはひとり、またひとりと決戦の門を潜るのだった。

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