57~足下に眠る、失われた大地~・1

 多くの人にとっては、いつもと何も変わらない静かで穏やかな朝。

 魔物の襲撃による爪痕残る王都でも、等しく朝日は降り注ぐ。


「ちょっ、ちょっと、メリーゼ姉ぇ!?」


 まだ目覚めきっていない王都の朝に、素っ頓狂なモカの声が響く。

 それもそのはず、一夜明けたら仲間の姿が……髪型がガラリと変わっていたのだ。


「これはまた、ずいぶんバッサリいったでござるなあ……」

「んでも似合ってんじゃん。ショートも可愛いね、メリーゼ」

「ありがとうございます、パンキッドさん」


 昨日まで腰あたりの長さだった紺青の髪は、肩につくかつかないかほどのすっきりしたショートになっていた。

 そして消滅の危機に怯えていた少女の表情もまた、一転して晴れやかな笑顔に変わっており……


「ちょっと、カカオ君」

「へぁっ!?」


 幼馴染のそんな姿をポーッと見つめていたカカオの腕をすかさず腕を引っ張ったのは、アングレーズだった。


「あなた、昨夜メリーゼちゃんに何かしたの?」

「な、なんかってなんだよ?」

「とぼけないで頂戴。乙女が長い髪をバッサリ切って、気丈に振る舞うなんて……何もない訳がないじゃない」


 美女に詰め寄られればなかなかの迫力で、思わずカカオもたじろぐ。


「なっ、何もねーよ!」

「ホント? 泣かせたりなんかしてないわよね?」

「泣かせ……!?」


 と、昨夜のメリーゼの涙が一瞬よぎり、言葉に詰まる。

 いや、事実カカオが泣かせた訳ではないのだが……それでも記憶の中の泣き顔は、動揺を誘うには充分過ぎるものだった。


「……やっぱり何かあったのね?」

「…………何もないワケねーだろ。昨日あれだけの事があって」


 何の痕跡も残さず消えちまうかもしれないんだぞ、と。


 絞り出すような声でそう答えれば、鮮やかなターコイズの目をぱちくりとさせてアングレーズがカカオを見つめる。


 メリーゼは恐怖に耐えている……今も体のあちこちが不安定に透けたりしているのを、現実として突きつけられながら。


「それでもメリーゼは前を向こうとしてるんだ。長い髪を切ってまで。だから……」


 そこまで言うと、カカオは美しき神子姫に真剣なまなざしを向けた。


「ふう……わかったわ。これ以上は野暮ね。支えましょう、みんなでね」


 個人的にはとても興味があるけれど、と残してアングレーズは踵を返す。


「どうしたんですか、カカオ君?」


 二人離れて何やら話していることに気づいたメリーゼが不思議そうな顔をするが、


「別に、なんでもねーよ」


 カカオは優しく笑って、そう応えるだけだった。

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