57~足下に眠る、失われた大地~・2

『……さて、改めて言うけどこれから行く時代と場所はとても危険だ』


 貴族街にあるフェンデ邸、ダクワーズの部屋。

 時空転移の準備を整えたランシッドから、カカオ達へ……契約者のダクワーズが傍にいる以上いつもの省エネ小動物になる必要はなく、本来の青年の姿をとって話し始める。


「お父様とお母様が本来生きていた時代……ですね」

『そう。この世界が今の形になる前……いや、なった直後かな。テラが向かった先は』


 ふ、と茜色の瞳に影が落ちる。

 グランマニエ初代王だった精霊の横顔は遠い過去に思いを馳せるようだった。


『二十年前にデュー達が倒した“総てに餓えし者”は俺達の時代に現れたものだった。それをどうにか力をあわせ、ひとつの大陸と……ダクワーズ、それに当時の結界の巫女ごと封印したんだ。この大地の下に、ね』


 ダクワーズとランシッドの険しい表情からは、恐らく想像を絶する戦いだったのだろうと察せられる。

 しかしそんな想像すら、当時を生きた者たちからすればほんの一欠片に過ぎないのだろう。


「……その封印された大陸、アラムンドが今回の舞台って訳か」

『当たりだ、デュー。確か君は精霊王の力で当時の映像を見たんだったね』

「じゃあ、テラはそこで眠るダクワーズを……なるほどな」


 現代に来てから生まれたメリーゼは、その時代のダクワーズが殺されれば当然消えてしまう。

 一度獲物を仕留め損ね、相手の力量を知ったテラが、万全な状態のダクワーズを狙うはずもなく……時空干渉を受けた時代は、まさにうってつけの状況だといえる。


『封印の力も強いから、ちょっとやそっとじゃ手を出せないはずだけど……何があるかわからない。あまり時間はないと考えた方がいいだろう』

「アラムンドは“総てに餓えし者”に喰い荒らされ、障気が満ちる危険な場所だ。本当ならば私が行きたいところだが……」


 ダクワーズはそこで言葉を止め、動かぬ己の足に口惜しそうな視線を送る。


「どのみち時空干渉を受けている本人は行けないという話ですよ、お母様」

「む、そうだったな……テラをこの手で斬り伏せられんのが残念だ」


 母娘のそんなやりとりに、血の繋がりを強く感じる一同。


『……と、とにかく。メリーゼ』

「はい?」


 ランシッドは娘に近づくと、淡い光を生み出して彼女の身に纏わせた。

 薄く消えかかっていた少女の手足が、再びしっかりとした実体をもつ。


「これは……!」

『時空干渉を阻止しないことには気休めに過ぎないんだけど、一時的に君の存在をこの世界に再定着させた。あちこち透けた体じゃ戦いにくいでしょ?』


 五感に変化はなく、単に見た目の違いというだけなのだが、それでもメリーゼや仲間達の心持ちは大きく変わる。

 そこに確かに“在る”……はっきりと、そう感じることが。


「そんなことできるのかよ?」

『今はダクワーズがいるからね。そうでなきゃ、消えかけたひとつの存在を繋ぎとめるのはそれなりに消耗が大きい行為だよ』

「そういうもんか」


 ふむ、とデューが顎に手を置く。


「……ま、とりあえず行ってこい。騎士団やオレの仲間が各地に散ってるから、こっちのことは心配すんな」

「デュランダル騎士団長……」


 災厄の眷属が送り込まれても、デューの仲間……英雄達や腕輪を装備した者がいれば対処できるだろう。

 マンジュの地下通路も利用して、各地にまんべんなく配置したとデューは言う。


「託したぞ」


 ぽん、とカカオの肩に手を置いて、英雄は真っ直ぐに見つめた。


「はい!」

「おう、いい返事だ。全部終わったらオレの部下にならねーか、カカオ?」

「そ、それは……オレは職人になるから……無理、です」

「ははは、わかってるよ」


 軽くからかって空気を解して、背中を押して。

 そんな先輩に見送られながら、カカオ達は決戦に臨むのだった。

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