53~芽生えた自我~・3

「ぐ……」


 ミシミシと痛みに軋む体をどうにか立ち上がらせ、ブオルが呻く。

 彼の肉体にはクローテの防御の術と、先刻カカオが宿らせた光の精霊の力だろうか、少しずつだが内側から治癒術がかけられているような感覚があった。


(なんて威力だ……ホントに死ぬかと思ったぞ……)


 比較的タフな彼がその術のお陰でどうにか無事、ということは……


「カカオ! メリーゼっ!」


 後方でクローテが悲痛な声をあげる。

 どうやら二人は咄嗟にクローテを庇ったらしく、ぐったりと横たわっていた。

 カカオにはかろうじて意識があるようだが、メリーゼの方は気を失ってしまっている。


「う……いてて……」

「ほう、よく死ななかったな。さっきそいつがかけた術のお陰か……かえって苦痛が長引くだけだがな」


 二人は戦闘不能、もう一人も満身創痍で時間と共に回復するとはいえすぐには動けないだろう。

 唯一まともに動けるクローテは動揺から頭を切り替えると、詠唱のために距離をとった。


「おっと、治癒術なんか使わせねえよ!」

「クローテ、逃げろ! 今俺が行くからっ……」

「動けるような状態じゃねーだろ! そこで見てな!」


 まるで獲物を見つけた獣のようにぐっと姿勢を低くした黒騎士が、次の瞬間には一気にクローテとの距離を詰めていた。

 そして再び剣に変形させた腕を、そのまま彼の華奢な首へ……


 その、刹那。


「!」


 顔を上げたクローテと目が合い、びく、と黒騎士が動きを止める。


「……ホ、イッ、プ……」


 大きな口が、微かにそう呟いた。


 絶対絶命のやりとりの最中に生じた、決定的な隙。

 クローテは咄嗟に水精霊に祈り、詠唱をカットして高速で回転する四つの水の刃を生み出した。


「いけっ!」

「ぐっ、うおおっ!?」


 不規則な動きで宙を舞う刃が次々に飛来すれば、さすがの黒騎士も避けきれず……というよりも、反応が遅れたようで、数発の直撃をもらった。

 すると水は弾けて拡がり、黒騎士の体にまとわりつく。


「な、この……っ」

「今だ!」


 危機を脱したクローテはすかさず黒騎士から離れ、改めて詠唱を開始する。


「或る者には再起の光、また或る者には断罪の光。我が祈り、我が想い天に昇りて、等しくこの地に降り積もらん!」


 光が昇り大輪の花を形づくると、ぱっと散る。


 クローテに光属性の適性はないが、代わりに治癒術の光がある。

 そして通常なら治癒術を敵に使うことはないが、体内の毒を取り除く解毒の術のように、浄化の作用をもつものもあるのだ。


 クローテが生み出した花は強い浄化の力をもった治癒術の結晶……その輝く花弁ひとつひとつが雪のように、傷ついたブオル達と黒騎士を巻き込んだ広範囲に舞い降りた。


「痛みが、消えていく……」

「う……」

「メリーゼ、大丈夫か!?」


 癒しの花びらに触れたカカオ達がみるみる回復し、メリーゼも意識を取り戻す。


……そして、その一方で。


「ぐっ、があああああっ!」


 浄化の光を浴びた黒騎士は、身を灼くような痛みに絶叫する。

 硬い皮膚の鎧で斬撃や衝撃は防げても、治癒術のように内部に浸透する術はダイレクトに届くようだ。


『治癒術と攻撃の併せ技……すごいな……』

「奥の手、でしたけどね……うまくいって、良かった……」


 さすがに消耗が激しいらしいクローテが膝をつき、苦しげに微笑む。

 項垂れた小さな頭を、ブオルはぽんぽんと優しく撫でてやった。

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