53~芽生えた自我~・2

 暁の荒熊の異名をもつ、伝説の騎士団長。

 ひとたび敵を前にすれば穏やかなマンダリンオレンジの目には闘志を宿し、剛力とタフネスさで暴れまわるブオルは、体格も手伝って人間の中でも間違いなく最強クラスの強さだろう。

 だが彼には人間であるがゆえの、理性や感情、善悪の判断によるリミッターがあった。


「おらおらァ!」

「ぐ……っ」


 桁外れの腕力で容赦なく振り下ろされた大剣をかろうじてかわすも、凄まじい剣圧で僅かに傷を作ってしまう。

 もっとも、直撃を貰えば玩具のように呆気なく簡単にその身を叩き壊されていただろうから、掠り傷程度気にしてなどいられないのだが。


「避けてこの威力、マジかよ……」

「最初の威勢はどうした! 決着をつけるんだろ!?」


 思わず冷や汗を流すカカオに黒騎士が煽りの言葉を投げかけるが、


「水よ集え! 痛み和らげる羽衣となり、戦士達に聖なる加護を!」


 クローテの凛とした声が響き、カカオ達の体を淡い光が包む。

 光はすうっと溶け込むように消えてしまったが、優しく守られているような感覚は残っている。


「これでしばらくは耐えられるはずだ!」

「守りの術か……こういうのを唱えるヤツは、真っ先に潰すってのがセオリーだよな」

「させませんっ!」


 可憐な少女の声がしたかと思えば、そこから想像もつかないほどの鋭い一撃が斬り込んでくる。

 紺瑠璃の長い髪をなびかせる風は、彼女……メリーゼの剣から生み出されていた。


「この風、あの時の……同じ手が通じるかよ!」


 縦横無尽に飛び回り、前後左右からのデタラメな速さの連撃もそれだけでは届かず、黒騎士を怯ませるまでに至らない。

 懸命に攻撃を続ける少女剣士に、涼しい顔で反撃に出ようとした黒騎士だったが……


「同じ手でいくと思ったか?」

「ぐっ!」


 その大剣はブオルの斧によって受け止められた。

 彼の後ろでは一度後退したカカオが、意識を集中させマナを練り上げる。


「宿れ、輝精の力……穏やかなる浄化の光、刃に強き優しさを!」


 ふわ、と優しい輝きがブオルの回りに集まる。

 光のマナを纏わせ、その加護を与える……現在メリーゼにもかけられている、カカオ独自の支援術だ。


「力が湧いてくる……これなら!」

「ちっ……勢いづきやがって!」


 双剣の応酬を繰り出し続けて息切れしたメリーゼと入れ替わりに、ブオルが斧を振り回す。

 光を纏ったひと振りが直撃すると、音を立てて黒騎士の鎧が砕けた。


「なっ!?」

「うまくいったか。メリーゼの剣は効くだろ?」


 いくら斬りつけられても痛くも痒くもなかったはずの剣が、この頑丈な皮膚の鎧を砕いたというのか。

 思わず己の体を見れば、硬化した黒い皮膚には無数の小さな傷が……浄化の力が作用しているのか、翠に煌めいていた。


「な、なんだこりゃっ」

「確かにメリーゼの力じゃお前さんを怯ませることはできないのかもしれない。だけど、カカオの術で上乗せされた浄化の力を、彼女ならではの手数で無数に叩き込めばどうなる?」


 一撃一撃は微々たるものでも、その刃にこめられた力は着実に蓄積されていくだろう。


「そしてそこにドーンと俺が一撃当てれば、ヒビだらけの鎧はバラバラって訳だ」

「……やるじゃねえか」

「ここにはいない策士様の発案だけどな。俺たちは離れていても、みんなで戦っているんだ」

「はは……こりゃ本気でいかなきゃ失礼だな」


 がくりと項垂れた黒騎士の口元が弧を描く。

 瞬間、周囲の空気がずしりと重くなった。


『まずい! みんな、避けろ!』

「意味ねぇよ!」


 そう、時精霊の警告は遅く、そして意味のないものだった。


「こいつが俺なりの敬意……みんなまとめてぶっ壊れちまいなァ!」


 黒騎士がその巨体からは考えられないほど高く高く跳躍しながら掲げた武器を変形させる。

 そうして作り上げた巨大なハンマーを、落下の勢いに任せて叩きつけると……


「うああああああっ!」


 爆音、次いで悲鳴。

 衝撃が凄まじい重圧となって、文字通り“壊す”べく、一行に襲いかかるのだった。

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