35~羽を休めて~・2

 極寒の白き大地クリスタリゼから再び東大陸の港に戻ってきたカカオ達。

 上陸する少し前から防寒具も火のバリアも必要なくなり、雪ではなく砂埃を含む乾いた風、強く照らす陽の光がやはりあちらとは別物であると実感させる。


「んー、やっぱりアタシはこっちの方が落ち着くよ」

「パンキッドどの、ここに留まるのはほんの一時でござるよ。準備ができたら、九頭竜の路を通って王都へ向かうのでござるから」

「わかってるよ。船の中で聞かされたって。そのクズリューのミチっていうのが、ヒミツの地下通路だってこともね」


 それでも慣れた空気はパンキッドには心地よく、しばらく堪能していたいのだろう。

 船酔いから回復していつもの元気を取り戻したモカや、今のうちにと買い出しに繰り出すカカオとメリーゼ……一行は港町で思い思いの時間を過ごしていた。


「ふん、まるで遠足だな」

「急な気候の変化や船旅の疲れもある。少しくらい息抜きをしてもバチは当たらないと思うぞ、グラッセ」


 世界の命運を背負った若者たちに訪れたつかの間の安らぎを微笑ましく見守ろうとするオグマの呑気さに、グラッセは呆れて溜息を吐いた。


 と、


「じゃあ、しばらく休憩な。各自自由時間とするが、出発までには戻ってくること!」

「はぁい、ブオル先生♪」


 グラッセの言葉が聴こえたのか、ブオルとアングレーズがいかにもそれっぽく振る舞ってみせる。

 アングレーズはそのままくるりと踵を返してカカオ達の後を追った。


「ちゃんと引率の先生もいるから大丈夫だって、な?」

「……」


 にかっと歯を見せて笑いかけたブオルをじとりと睨むグラッセ。


「……大変な使命を背負っているからこそ、たまの息抜きは大事なんだと俺は思うよ。それに、この休息はきっといつかあいつらの力になる」


 本来この時代には生きてはいない、遠い過去の騎士団長ブオル・ティシエール。

 強さもさることながら慕う者も多かったというその人柄に触れられた気がして、オグマは目を細めた。


「私もそう思います。前に進むため、こういった時間は大事です」

「のんびり屋がふたりで意気投合か」


 ふん、と鼻を鳴らしてグラッセが一瞥すると、ブオルとオグマは互いに見合わせて破顔する。


「オグマ、お前の弟さん辛辣だなあ」

「兄がこんなだから頑張ろうとしてしまうんですよ、ブオル殿」

「ああもういい! 貴様らといると呑気が伝染る!」


 おっとりした空気についに堪えきれなくなったグラッセは、ふたりを置いてずんずんと町中へと消えていってしまった。


「なんか、怒らせちまったみたい?」

「グラッセはグラッセなりにカカオ達を心配しているのでしょう。ひとつしくじれば、取り返しのつかない事態になってしまう……カカオ達の歩む道のりは、そういうものですから」


 ザア、と音を立てて風が吹き、青褐色の長いポニーテールが揺れる。


「けど、私や私の仲間たちがかつて歩んだ道にも、足元に咲く花を愛でたり水辺でひとやすみするような、そんな時間はありました。不謹慎かもしれませんが、楽しかった……あの旅は、私にとって宝物のような時間でした」


 静かに、穏やかに語るオグマは閉じた瞼の裏に二十年前の旅の光景を思い描き、微笑んだ。

 時を経ても鮮やかに残り続ける、大切な想い出。


「かつて、沢山の人々に支えられ、助けられたように……私もカカオ達の旅を助けたい。きっとそれは、みんなも同じだと思います」

「ああ、そうだな」


 もちろん、先程去っていったグラッセだって同様に。

 不器用なだけで、本当は優しい子なんですよと笑うオグマは、すっかりグラッセの兄になっていた。

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