30~北へ~・3

 船室に移動した一行はテーブルを囲み、話を始めた。

 その前に父にこそっと「あの、ははうえは今のそれがしのことは……」と耳打ちで尋ねたガレだが、そんな自分を見てにかっと笑う母と頷く父にだいたい察することになった。


「……北大陸の霊峰ってアラザンのことだよな? そこでなにがあったんだ?」


 まずはブオルが本題について切り出す。

 この船は既に北大陸クリスタリゼへと向かっていると思われるが、サラマンドルの宿屋までカッセをわざわざ案内に向かわせるとはよほどの事態なのだろうか。


「今度は霊峰に“総てに餓えし者”の眷属が現れたのでござる。現在仲間達が退治しているが、過去と繋がる時空の裂け目が閉じられぬゆえ、いくらでも出てきてしまうのでござるよ」

『そっか、それは俺が行かなきゃダメってことだね』


 魔物の退治は英雄や、カカオ達のように名工の腕輪を装備した者なら可能だ。

 しかし空間の穴が開きっぱなしというなら時空の精霊であるランシッドでなければ閉じることはできないだろう。


「そんな状態じゃあそのうち化物が山を降りてきちまうんじゃないのか?」

「霊峰に住む聖依獣が結界を張り、どうにか食い止めているのでござる」


 パンキッドの疑問に答えたカッセは、だが、と続ける。


「魔物の出現に終わりがなければ、結界にも魔物を退治してくれている仲間にもいつか限界は訪れよう」

「急がないと、ですね……」


 いくらその仲間が強くても、厳しい気候の霊峰で際限なく涌き続ける魔物を相手にいつまでももちこたえられるとは思えない。

 とにかく早く霊峰へ向かわなくては……カカオ達は決意を強くした。


「けどまあ、ここで焦ってもクリスタリゼに着く時間は変えられないよ。しばらくは海上の移動になるから、好きなとこでくつろいでて」

『ああ、そうさせてもらうよ』


 キャティの言葉にそう返したランシッドは、カカオ達を連れて部屋を出る。


 が、


「あ、ちょっとそこの」

「にゃあ!?」


 最後尾のガレがぐいっと無遠慮に引っ張られ、バランスを崩しかけた。

 見ればキャティがにっこり笑って「せっかくだからもうちょっと話していきなよ、ふたりっきりでさ」とカッセを指し示す。


「キャティ、拙者は……」

「んじゃ、ごゆっくりー」


 カッセが口を挟む間もなく、キャティはガレを押しつけて去っていった。


「…………」

「ち、ちちうえ……」


 微妙な空気がふたりの間に流れる。

 何か話した方がいいだろうか、それとも出ていった方が……考えあぐねていたガレの耳に、小さく息を吐き出す声が届く。


「……彼らのこれまでの旅のだいたいのいきさつも、お前が未来から来たことも、情報としてこちらに届いている」

「そ、そうでござるな」


 マンジュの民は世界中に張り巡らせた地下通路と各地に派遣した民からの情報、それに闇の大精霊の加護を受けたイシェルナの力でアラカルティアのさまざまな情報を掴んでいる。

 それに加えてカッセが沈痛な面持ちで自分を見上げている、その意味は。


「テラと名乗る敵に、お前が殺されそうになったことも聞いている」

「あ……」

「分身に過ぎない存在ながらデュー殿がハッタリをきかせてどうにか追い払えたような相手だったらしいな。一歩間違えば死んでいた。言いたいことは山ほどあったが……」


 無茶を咎められるだろうか、それとも無謀を呆れられるだろうか。

 両目をぎゅっと瞑り身を竦ませたガレの腕に触れたのは、父の両手。


「よくぞ……よくぞ、無事でいてくれた……っ」

「ちちうえ……」


 その小さな手は震えながら、痛いくらいに掴んできて。

 伏せられた顔は覆面に隠されていたこともあり、どんな表情をしているかはわからなかったが……


(過去でもやっぱり、ちちうえはちちうえなのでござるなぁ……そして、ははうえも)


 壁越しに感じるもうひとつの気配とを交互に見、ガレは幾つもの想いで胸がいっぱいになるのだった。

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