30~北へ~・2

「船を待たせてあるって言ったけど……」


 港に着いた一行は、他と比べて明らかに異質な船を見上げてぽかんと口を開けた。

 大きな船……それだけならここまでの反応にはならない。

 カカオ達を驚かせたのはその下から顔を覗かせた、船を背負う巨大な亀。


「ブラックカーラント号と聖依獣のヨーグル殿でござる」

「せ、聖依獣!? って、カッセさんやクローテの母ちゃんみたいなのだけじゃなかったんだ……」

「アロゼさんとも違います。もふもふしてない……」


 カカオとメリーゼがそう口にすると、ヨーグルが微笑んだように見えた。


「やっほーカッセ、待ってたよー!」


 船から降りてきた淡い金髪に小麦色の肌の女性がカッセに親しげに手を振って呼び掛ける。


「キャティ、わざわざ呼びつけてすまぬな」

「いいよ。ちゃんとお代はいただくから♪」


 キャティと呼ばれた女性はそう言って少し屈むとカッセの目元に軽く口づけを落とした。


「……夫から金をとるつもりか?」

「それはそれ、これはこれだしカッセ個人じゃなくてマンジュの依頼なんでしょ? じゃあイシェルナに請求していいんだよね、ダーリン?」

「まったく、ちゃっかりしているな……お代は情報だ。いつものな」

「まいどあり♪」


 そんなカッセとキャティのやりとりを目撃したカカオ達は、しばらく固まっていた。

 不思議に思ったカッセが「いかがいたした?」と尋ねれば、


「ござる口調じゃない!」

「ていうか、夫ぉ!?」

「ガレがどっちにも似てないぞ!」


 止まった時が動き出したかのように押し寄せるカカオ達に小柄なカッセは圧倒されてしまう。


「まっ、待つでござる! とにかく話は船に乗り込んでからにいたそう!」

『最初はびっくりするよねえ、この夫婦見たら……』


 慌てるカッセの後ろでキャティが笑いを噛み殺しながら「さあさあ乗った乗った!」と促した。


 ブラックカーラント号に乗り込むと、ガレと同じ藍鉄の髪でがっしりした体格の男が舵に手を置いてカカオ達を振り返る。


「ようこそ、ブラックカーラント号へ。キャティの兄、パータだ」

「あ……」


 なるほど、中身はともかく容姿は叔父に似たのか。

 そんなみんなの心の声が聴こえてきた気がして、ガレはにゃははとひきつった笑みを浮かべた。


「あたし達はこのブラックカーラント号で世界中あちこち回って、運び屋をやってるんだ。人でも荷物でも運ぶよ」

「ヨーグルのお陰で行動範囲も広いからな。昔は空も飛んだりしたんだが」

「空飛ぶ船! パパとママから聞いたことがあるよ!」


 キャティ達の話を聞いて目を輝かせたモカに、カッセが静かに首を振った。


「あれはさまざまな精霊の力が必要になるゆえ、大精霊の契約者が揃っていた二十年前の旅限定でござる」

「なんだぁー、飛んでみたかったなあ」

『飛ぶだけならわたしの力だけでも多少は出来ますが、なにより人目についてしまいますから……』


 ただでさえ目立つだろうブラックカーラント号とヨーグルが空を飛ぶ姿が目撃されれば、あらぬ混乱を招きかねない。

 不満そうなモカにそう説明する清き風花。

 そうこうしているうちに船が動き始め、ゆっくりと陸を離れていった。

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