26~願いの腕輪~・2

 サラマンドルの名物にして象徴、闘技場の内部。


「うっ……すごい熱気だ」

「くらくらするでござるぅ……」


 試合の開始を今か今かと待ちわびる観客席は異様な熱気に包まれていて、感覚の鋭敏なクローテとガレがあてられてしまったらしくふらりとよろめいた。


「大丈夫か? 医務室もあるみたいだが、そっちで休ませて貰うか?」

「す、少ししたら慣れると思います」

「心配は無用でござる!」


 そう言いながら無茶をするタイプと先日判明したばかりの二人に、ブオルが険しい顔を向ける。


「辛くなったら無理せず言うんだぞ? ちゃんと見てるからな」

「「……はい」」


 普段が温厚なだけに、真剣な表情は効果てきめんだ。

 若人達の素直な返事を確認すると、ブオルは拗ねているメリーゼに視線をやった。


「……で、どうしてお嬢ちゃんは観戦側なんだ?」

「カカオ君が……今から始まる大会の優勝賞品を聞いたら目の色を変えてしまって、自分が出るって聞かなくて……この大会は個人戦で、身内で複数人の参加はできないんです」

「あのカカオが?」


 それで先程までのメリーゼを説き伏せてまで参加するなど、よほどのことだろう。

 埋め合わせをしないと後が怖いぞ……などと思いながら、ブオルはカカオをそこまで突き動かすものの正体が気になった。


「皆様お待たせいたしました!」


 拡声装置を通した声が場内に響き渡ると、あちこちから歓声があがる。

 聴力に優れた約二名がさっそく耳を押さえて顔をしかめているが、そんなことはお構い無しに司会の男が話し始めた。


「熱き血潮がうなりをあげ、拳と拳が激しくぶつかるサラマンドルの華、大武闘大会これより開催されます!」


 ビリビリと空気が震えるような心地だった。

 観客席に見下ろされる舞台の中心で、大袈裟な身ぶり手振りの司会者が拡声装置越しの声をさらに張り上げる。


「今回の優勝賞品……チャンピオンの証はー……これだぁ!」


 そう言って、露出度の高い……アングレーズの衣装を見慣れている一行には刺激が強いというほどではないが、それでも扇情的な、ほぼ水着のような衣装の美女が高価そうな赤い布に包んでいた“賞品”を明らかにすると……


「なっ……」

「あ、あれって……!」


 驚きの声をあげるブオル達は、奇しくもよく似たものを身につけていた。

 細やかで美しい、見事な装飾が刻まれた黄金の腕輪。


「かつて町を救った戦士が身につけていたという“闘士の腕輪”だぁ! その見た目の美しさもさることながら、はめると力が湧いて、さらなる高みへ引き上げてくれるぞっ!」


 まさしく闘技大会の賞品に相応しいものだと言わんばかりの司会者に乗せられ、会場内のボルテージも上昇していく。


……一部を除いて、だが。


「あの腕輪……そうか、だからカカオは……」


 それを見た瞬間、カカオの行動に合点がいったブオルはそうひとりごちた。


「あたし達のと同じ……確か、過去に総てに餓えし者の眷属を倒すため作られた腕輪……なのよね? 大精霊と契約していなくても浄化の力が得られるように、精霊との距離を縮めるとか……」


 アングレーズが自身の手首を飾る腕輪を見つめながら尋ねると、メリーゼが長い睫毛を伏せた。


「単純に力を得られるなんて、それだけのものではありません。名工と呼ばれるカカオ君のお祖父様が作った……多くの人々の願いがこめられた腕輪です」

「それが勝手に闘士の腕輪だとか呼ばれて武闘大会の賞品なんかにされてちゃ、黙ってなんかいられないって訳か」

『おじいちゃんっ子だからね、カカオは』


 カカオの祖父、名工ガトー。

 この中の何人かは直接会ったことはないのだが、カカオの口から何度か耳にしている名前だ。

 職人として、祖父として、大好きで尊敬しているだろうことはもはや一同の知るところだった。


「だから譲ったのね、メリーゼちゃん」

「……あとでスペシャルパフェをおごってくれるって約束しましたから、です!」


 口調ではむくれているが、メリーゼも“職人”のカカオが譲れないものは理解しているようだ。


 それはそれとして、彼女にしては珍しく不機嫌を隠しきれないのは、やはり自分も大会に出たかったからなのだが。

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