23~正しき未来へ~・2

「デュランダル騎士団長……!」

「よう、目ぇ覚めたか」


 フロスティブルーの髪を掻き上げながらやって来た壮年の騎士……クローテの上司である騎士団長にして二十年前の英雄のひとりデューことデュランダル・ロッシェはきょとんとするクローテに歩み寄り、その頭をわしゃっと撫でた。


「だいたいのいきさつは仲間の連中から聞いたが……とんでもねえ奴を相手にしてるんだな。未来だの過去だの絡んで、話だけで頭がこんがらがってくる」

「はぁ……」

「……その様子だとやっぱ覚えてねーな。というか、オレが来た時にはもう意識なかったか」


 どうしてここに、と言いたげなクローテに「危ないところでテラを追い払ってくれたのはデュランダルなんだ」とブオルが説明する。


「助けて下さって、ありがとうございます」

「その台詞はそこで寝てる奴にも言ってやれよ。お前だけでも助けなきゃ、って必死だったんだから」


 デュランダルの言葉に、あのガレがそんなことを、と視線をやった時だった。

 ブオルが腕組みをして、いつになく険しい顔をする。


「ガレの話だと、お前はお前でガレにだけ治癒術をかけて自分の怪我は放置したって話じゃないか」


 ぎく、とクローテの肩が硬直した。


「あ、あれは朦朧として、一人分の怪我を治すのが精一杯だったからで……」

「それでまだ動けそうなガレを優先して、自分を切り捨てた、って? そういうのはお前さんには早過ぎる判断だ」


 子供を叱るように、優しいけれどはっきりした口調でブオルが言うと、そこにデューが続く。


「理屈はわかる。力の差は圧倒的で、二人が二人とも無事でいられるような状況じゃなかったからな。けど……それでも二人とも生き残るためには、まず自分を諦めたら最初から叶わなくなっちまうんだよ」


 いくつもの戦場を駆け抜けてきた彼らの言葉は、駆け出したばかりの騎士の心にずっしりと響く。


「綺麗に自分を犠牲にしようとすんな。みっともなくても生き延びろ。そして生きて、より多くを守れ!」

「より多くを、守る……」


 それが若者の、騎士の役目だ。


 そこまで言い切るとデューはちらりとガレに目配せをした。


「説教の手間が省けたか……ていうか、起こしちまったかな」

「え?」


 もぞ、と寝返りをうつガレの猫耳がぴこぴこ羽ばたく。


「みみがいたいでござるぅ……」

「そりゃあ大変だ。クローテに治してもらえ」

「……ちちうえの言っていた通り、意地悪でござるな」


 赤銅色の猫目を細めて睨むガレに「そういう時の顔はカッセにそっくりだな」なんて笑うと、デューはブオルの手を引いてドアへと向かう。


「んじゃ、詳しい話はお前らが元気になったら聞かせて貰うからよ。行くぞブオル子さん」

「だからその名前でっ……じゃ、じゃあな、ゆっくり休めよ!」


 王都や騎士団関係者との宿命か、古傷を見事に抉られたブオルはおそらく痛んだのであろう胸を押さえながら引き摺られていった。

 やがて、ドアがバタンと閉まると、部屋にはクローテとガレだけになる。


「……そういえばカカオがいないな」

「カカオどのならたぶん、女子部屋でモカどのを手伝ってござるよ。背中の箱を改良するとか」

「そうか……」


 そして訪れる、沈黙の間。


 ややあってからガレがおもむろに上体を起こし、ヘッドボードに背を預けた。


「……たぶん、あの時それがしは何かポロっと口を滑らせた気がするのでござるが……」

「聞かないぞ」

「えっ」

「もう、信じることにした。お前みたいな馬鹿正直者の隠しごとなんて、どのみち大して隠れないからな」


 相変わらず容赦のない物言いに「ひどいでござるー」と口を尖らせるガレだったが、


「……私からは聞かない。お前が話すなら聞こう。話せる状況になったらな」

「クローテどの……」

「だが今は休め。私もお前も、まずはそれからだ」


 そう言ってから、お互いに大きく溜め息をついて、


「そういう訳ですから、ドア越しに聞き耳立てなくても大丈夫ですよ……騎士団長、ブオル殿も」

「でござる。盗み聞きは破廉恥でござるよー」


 バタバタと遠ざかる足音に、顔を見合わせて吹き出すのだった。

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