23~正しき未来へ~・3

 翌日、熱も下がって元気になったクローテとガレは既に仲間達が集まっている部屋を訪れた。


「クロ兄、ガレっち!」

「もう体は平気なんですか?」

「ああ、心配かけてすまない」


 モカとメリーゼにそう笑いかけるクローテを「謝るようなことじゃねえって」と引っ張って隣に座らせるカカオ。


 と、一同の顔を見渡したランシッドがその中央に移動する。


『これで全員だね……じゃ、始めるよ』


 彼が目を閉じて両手をひろげると、狭い宿屋の一室が一変して暗く何もない空間になった。


「うぉ、すげぇな」

『これでよし……この切り離された異空間なら、話す内容が外部に漏れることはない』


 カカオ達は時空転移先で何度か見ているが、デューにとっては初めてらしく不思議そうにきょろきょろしている。


「アン達は驚かないんだね」

「前にオアシスで一回だけ、ね。未来の内緒話だったから」


 以前ランシッドに呼び出されたアングレーズとガレもこの空間の中で話をしたらしく、どのみち盗み聞きは不可能だったのかと内心でクローテが呟いた。


『……その内緒話をみんなに話す時が来たようだ』

「へ? けど未来のことを知ったらマズイんじゃねーのか?」


 もっともな疑問を投げ掛けたのは、カカオだった。

 他の仲間達も同様で、時空を司る精霊の言葉を待つ。


『そう、十五年も先の二人の時代の情報を君たち現代の人間が知るのはいけないことだ。ただし、それが“正しい未来”ならね』

「正しい未来……?」


 こく、と頷くアングレーズが艶やかな唇を動かす。


「今回の……カレンズ村の一件で確信したの。あたし達がいた未来は、テラによる時空干渉がある程度成功してしまった未来だって」

「それがし達の知るカレンズ村は、滅ぼされて久しい……つまり、あの時空干渉が成功してしまっているのでござるよ」

「なんだって!?」


 二十年前に“総てに餓えし者”の眷属達が各地を襲った時、カレンズ村はクローテの父、フレスが率いる騎士団の部隊によって救われた。

 そこにテラが干渉して、本来村に辿り着くはずだった騎士達の妨害を行っていたのをカカオ達が無事阻止して元通りにしたのだが……未来から来たアングレーズ達の知る歴史は違うのだと言う。


「じゃあ、今回元に戻った村のことは……」

「ぼんやりとだけど、思い出しつつあるの。両親に連れられて来たこともあったみたい……こうやって上書きされていくのね」

『今回の事件の後、アングレーズがこの事を話しに来たから、情報を明かすことにしたんだ。むしろ改変された歴史を知る必要がある、ってね』


 腕組みをして聞いていたデューが「ちょっと待った」と手を挙げた。


「今の時代ではテラってヤツの時空干渉が始まっている。そんでお前らは十五年も先の時代の人間だって話だ……ひとつ聞きたいんだが、お前らの時代ではテラはどうなったんだ?」

「それは……たぶん倒されているわ。カカオ君達によって」


 アングレーズの発言でざわめきが起こる。

 それだけ聞けば喜ばしい話のはずなのに、語る彼女の声音や表情があまりにも浮かないことと「たぶん」という不明瞭さからだ。


「なんでか、あんまいいことに聞こえねーんだけど」

「確かに時空干渉は多少の爪痕を残して止まった。と言ってもあたし達は今回みたいに記憶を改変されているからどの程度違うのかはわからないけど、少なくともアラカルティアに平穏は戻ったわ。人知れず、だけど」


 過去に起きた時空干渉によって改変された記憶も、修正された記憶も、誰も疑問には思わない。

 通り過ぎた道がいつの間にか変わっていても、その先を行く大半の人々の中では“何も起きていない”ことになるのだ。


「人知れず……別にそれ自体は構わねーけど、まだ何かあるのか?」

「そうね。ここから先が本題で、あたし達がこの時代に来た動機になるわ」


 落ち着いて、聞いて欲しいの。


 一度息を吸い込むと、アングレーズはそう告げて、


「テラを倒した“英雄”は、あたし達の時代にはいない……誰ひとり帰らなかったの」


 そんな、残酷な物語をカカオ達に伝えた。

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