20~消された村~・2

―カレンズ村・跡地―


 オアシスを発ち、カレンズ村へとやって来た一行はあまりの光景に一瞬言葉を失った。


「この辺りのはず、なんだよね……?」

「ああ、そうなんだが……」


 人の気配もなくなって久しいだろうそこは痛ましい破壊の爪痕だけを残して、ここにかつて村があった、と伝えるのみだった。

 そしていくつも並ぶ墓、カレンズ村の人々を悼む石碑は見たところ同時期のものだろうと推測される。


「ここ最近のものじゃないな、これは……それに、この石碑……二十年前の日付と王都騎士団、それにモラセス王の名前が刻まれてる」


 モラセス王が知っているのならカレンズ村の惨劇は各地に伝わっているんじゃないか。

 ブオルがあちこち見回しながらそう言うと、奥にある井戸に目を留めた。


「このカレンズ村にはマナスポットがあって、それがこの井戸なんだっていうんだが、こいつは……」

『井戸……マナが涸れてますね』


 清き風花が暗い井戸を覗き込む。

 マナの光を失ったそこはぽっかりと不気味な穴となっていて、彼女の小さな体が落ちてしまわないか……風精霊の背には翼があるのだが、なんとなく心配になる。


『黒い魔物……“総てに餓えし者”の眷属はマナを貪り喰らい、穢すという性質がある。マナスポットがあるこの村が狙われるのは当然の流れだよね』

「なんてひどい……」


 この村に戦える者がいくらかいたとしても、通常の攻撃では再生してしまう魔物が集団で押し寄せられれば……カレンズで起きた惨劇は想像に難くなく、一同の表情を曇らせた。


「け、けど、それは歴史をねじ曲げられた結果なんだろ? 今からそれを元に戻しに行くんだよな?」

「ああ、本来はそこで騎士団に守られるはずだったからな。カレンズ村に派遣されたのは父上の隊だったから、話には聞いている」


 カカオの言葉にクローテはそう頷いて、ランシッドに視線を送る。

 彼にとってはここは父が救った村であり、その事実が歪められて最悪の形になっていることが耐えられないのだろう。


『……見付けた。本来紡がれるはずだった歴史の綻び、歪みはやっぱりその二十年前だね』

「それならっ……!」

『ただしクローテ、それにガレ、君達は行かない方がいい』


 クローテと、急に名前を呼ばれたガレは目を瞬かせた。


「どうして……?」

『さっき自分で言ったじゃないか、クローテ。カレンズ村の人間は聖依獣を嫌っている……そのハーフである君達の容姿はカレンズでは特に目立つし、余計な混乱を招く』


 ぐ、とクローテが押し黙る。

 その震える肩をカカオの手がぽんと叩いた。


「今回だからこそ行きたいだろうけど、ここはオレ達に任せて待っててくれねーか?」

「カカオ……」


 真っ直ぐで、真摯な瞳。

 翠の眼は、決してお荷物や足手まといを見るものではなかった。


「ガレもだ。クローテと一緒に留守番しててやってくれ」

「……今回は、それが“役割”なのでござるな?」

「ああ、そうだ」


 しからば、とガレはものわかりよく応え、クローテの傍に寄った。


「一緒にお留守番するでござるよ、クローテどの!」

「子供扱いをするな。わかったから……一旦戻ってオアシスで待っていた方がいいか?」


 こうまで言われてガレも一緒なら聞かない訳にはいかないだろう、とクローテも観念したようで、カカオにそう尋ねる。

 この先に進めば港があるが、ここからはオアシスの方が近い。


「悪いな。なるべく早くそっち行くから」

「ああ、それじゃあまた……」


 と、二人が踵を返したその時。


「ガレ君、クローテ君!」


 ふいに呼び止められ、彼らは声の主……アングレーズを振り返る。


「アングレーズどの?」

「……気を付けてね」

「? 承知いたした!」


 むしろ気を付けるのはこれから時空転移をするそちらの方なのでは、と首をかしげながらも二人はカレンズ村を去っていく。


「どったの、アンってば?」

「どうしたのかしらね、あたし……」


 見上げる友人にそう返したアングレーズの胸中に訪れたざわめきは、気のせいとも思えるくらい瞬く間のことだった。

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