参
死神はこまっていた。が、表情は微塵たりともうごいていない。 悪魔を召喚するつもりだった女性に、なんの間違いか呼び出されてしまった。
そして、当の本人は地に伏したまま死神の足元に取り縋っている。
とにもかくにも、このままの状況を続けていてもなんの解決にもならないだろうと死神は諦めのこもった息を吐いた。
『貴方の願いを叶えてやってもいいんだけどね、僕、死神だから呪いとかそういうのは管轄外なんだよね』
肩をすくめてみせた死神に、女性―理恵子は顔をあげた。
もう、涙と土でぐしゃぐしゃになっている。痩せこけてしまった頬にはりついた髪が、奇妙なほどに白と黒のコントラストを描いていた。
『だからね、なんとか出来そうな奴のところに連れて行ってあげる。
でも、交渉は貴方がしてね。僕、面倒だから』
冷淡な死神の言葉、だが理恵子にとってみれば眼前に垂らされた救いの糸、それを決して離すわけにはいかない。そんな表情で死神の手を握った。つめたい手だった。
「ありがとう、ありがとうございます」
『人を呪わば穴二つ……貴方もそれに引き摺りこまれなければいいけどね』
「え……?」
皮肉っぽく呟かれた死神の言葉は、理恵子には届かなかった。
握った死神の手が、ぎゅっと握り返されたかとおもうと、理恵子はそこで意識を手放した。
†
……………眼を醒ました時、理恵子はぼんやりとした頭で「此処はどこだろう」と考えた。
自分はたしか、暗い場所にいたはずなのに。
『ふむ、漸く眼を醒ましたか。
……それにしてもタナトス、貴様はよくよく変なモノに行きあたるな』
聞こえてきたのは低い声だった。どこか偉そうで、ひとを見下したような響き。
『煩いなぁ、別に好きで呼ばれたわけじゃないし、好きで連れてきたわけじゃないよ。
とにかく、僕はもう行くから。要件はそのひとに聞いて。じゃぁね』
そして、心底鬱陶しそうに吐き捨てる死神の声。
次いで、足音。
ひやりとした床の感触に、嗚呼、自分はいま床に寝そべっているんだとどこか冷静に感じていた。
『あやつは相変わらずだな……まぁいい。
それより狸寝入りはそこまでにしたらどうだ?』
自分に言われているのだ、と感じて、理恵子は咄嗟に身体を起こした。
途端、身体中を走る痛み。
「……あ、」
びきびきと筋肉がひきつれる。
手が、足が、震えて。力が、入らない。
『生身で冥府に入り込んだのだ、多少の影響は出るだろうな』
ちかちかと閃光のまたたく視界で、豪奢な玉座が見えた。
そして、その玉座に尊大に座る人影も。
『死の国、生きとし生けるものが全て辿り着く場所……冥府へようこそ』
かすかに光る銀色の髪、白く透き通った肌、薄氷のような冷たい瞳、つりあげられた唇の端。
瞬間、背筋が冷えた。
ぞわぞわと総毛立つ感触。
―おそろしい。
そう感じたのは本能だろうか。
『私は此処の王……死せるものを統べる冥王だ』
低く告げられたその名に、理恵子は深く頭を垂れた。
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