ボーダー柄の少女
夏目泪
ボーダー柄の少女
あらかじめ断っておくが、私には霊感と呼ばれる類のものはない。少なくとも自分ではそう思っている。
そんな私が遭遇した、少しだけ奇妙な出来事について記そうと思う。
ある日の夕方、私はデパートのカフェでコーヒーを飲みながら好きな作家の怪談話を貪るように読んでいた。一段落ついたところでコーヒーも飲み終えたのでそろそろ帰ろうかと腰をあげカフェを出ると、その足でお手洗いに向かった。
お手洗いは混んでいてすべての個室は埋まっていた。狭い通路でしばし待つと奥の個室から鮮やかなオレンジと白のボーダー柄のワンピースを着た小学校高学年くらいの年ごろの少女が出てきた。健康的に小麦色に日焼けした肌が印象的な、しかしこの時季の北海道にしては些か寒いと思われるノースリーブの姿が印象的だった。
しかしながら少女が出てきたのは和式の個室だった為、それが苦手な私は後ろに並んでいた女性に「和式で良ければどうぞ」と振り向いて声をかけた。
女性は会釈して個室に向かったが、すぐに戸惑ったように私を振り返った。個室のドアが閉まっていたのだ。
私は確かに個室が空いたのを見た。しかし今は個室は閉まっている。女性はその個室のドアに手を掛けるが明らかに鍵がかかっている様子でドアは開かない。私と女性は顔を見合わせた。
「え、女の子が出てきたんですけど」
私は女性の戸惑ったような視線に応えて言った。
女性が困惑しながらまた個室のドアに手をかけようとしたところでドアが内側から開き、何事もないように中年の女性が出てきた。私は混乱する。女の子は介助が必要なほど幼い子ではなかった。それに個室は二人入るには明らかに狭い。
しかし間もなく別の個室が空いた為私は考えることをやめ空いた個室に入った。
帰る道すがらふと少女のことが気になった。狭いトイレでのこと、手を洗って出ていく過程で私とすれ違ったはずなのに、私にはその記憶がない。
鮮やかなオレンジと白のボーダー柄のワンピース、健康的な小麦色の肌、そんなことは覚えているのに少女の顔がまったく思い出せない。
元々顔覚えの悪い私のことだ、ほんの数秒見ただけの少女の顔などさらっと忘れてしまったのだろう。そう思う。
少女は確かに個室から出てきて、ドアが開くのを私は見た。それなのにすれ違った覚えがない。それならば少女はどこに行ったのだろう。
腑に落ちないまま文章に綴っているが、果たしてこれは怪談なのだろうか。
判断は読んでくださった方に任せるとしよう。
ボーダー柄の少女 夏目泪 @sizukiaoi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます