その33

インパクトは絶大だったとわたしは思う。

けれども債権者集会はいわゆるクリエイティブ系の人たちばかりの集まりではない。

実直に、「義務」というものに向き合いながら、雑誌や刊行物を創るための裏方の作業をするひとたち。

印刷所の方々もそうだろうし、製紙会社、広告宣伝会社、またそれぞれの企業に対する人材派遣会社。


すべて本来の意味でクリエイティブな人たちのはず。

「自由」に「楽しく」創作活動をするばかりがクリエイティブな仕事ではない。


こういう地に足のついた真摯で実直な方達に、「文学」「ロック」という字面だけで訴えたとしたらおそらく何も響かないだろう。

案の定、


『文学は、ロックだ!』


という再建案のサブタイトルを見て会場のあちこちから怒号が上がった。


「遊んでんじゃないんだぞ!」

「金払え!」

「あした給料日なんだよ! 社員になんて言えばいいんだ!」


けれども谷くんは落ち着いていた。

普段とてもおとなしい彼の人間としての真骨頂をわたしたちは目の当たりにする。


「みなさん! 僕は文学に青春を賭けています!」


マイクに唇をガシガシくっつけながら透き通った声で会場に語りかける。

そして、タン、と音を立ててPCのエンターキーを叩き、次のスライドを映し出した。


太くしっかりした輪郭線とそれに反し柔らかな色使い。


夏の、おそらく真昼の、けれども静かな浜辺で淡い色のワンピースの水着を着て足首だけ水に浸かる少女のイラスト。

手塚さんが描いた再建案のイメージキャラクターだ。


「美しい、と僕は思います。このイラストを描いたのは僕の所属するケラ高校文芸部の女子部員です」


タン、とエンターキーを押して次のスライドへつなげる。


「・・・この絵も僕は美しいと思います。女子だけのロックバンドがステージで全身全霊で演奏するワンカットです。汗が、ステージライトに煌めいている描写が美しいと思います」


やっぱり手塚さんが描いた女子4人のロックバンドがシャウトし、ギターをかき鳴らし、ベースをドライブさせ、スネアドラムを連打しているイラスト。小柄で浅黒ショートのヴォーカルの子の横顔が凛々しく、かわいらしい。谷くんは会場をゆっくりと見渡しながらプレゼンを続ける。


「手塚さんは絵の才能があると僕は思ってます。けれども、実際に彼女のイラストを世に出そうとしたら、どうでしょうか。僕たちは試してみました」


女子だけのロックバンドの熱い絵の上にクールな数字が表として重なる。


「SNSで彼女のイラストを拡散しようとしました。結果は残念ながら思うようなものではありませんでした」


日々のいいねやリツイート数、投稿サイトでの評価の数、等々を冷徹に示した数字がならぶ。ト・ト・ト、という感じでレーザーポインタでチェックする谷くん。


「手塚さんの絵は、埋もれています」


そして次のスライドは、大見得を切るような手振りのジェスチャーで熱く谷くんは語った。


「僕は埋もれることが必ずしも悪いことだとは思いません。埋もれることそのものを武器にするんです。次の3点、これが再建案の骨子です!」


ダン、とデッキシューズのソールを演壇で踏みしめて、力強く読み上げた。


「1.サークル単位で紙面にぶち込め!

2.ランキングをひっくり返せ!

3.埋もれる文学こそロックだ!」


そして谷くんが渾身の力でエンターキーを叩き込むと、清涼でクリアなロゴがスクリーンに浮かび上がった。


『目指すのは、文芸部のような出版社!』


ほおー、という静かなどよめきが会場後方から湧き上がった。


いける、とわたしは思った。

けれどもまだ足りない。もうひと押し欲しい。


そう思っていると、スリムなレザーパンツを履いた最後列のやはりスリムなシルエットがゆっくりと立ち上がる。


パン、パン、パン、と手を打った。

急いで1年のユズくんが立ち上がった英国旗のTシャツにマイクを持っていく。

受け取り、彼は声を放った。


「待ってたよ。ロックな出版社を」


ペンネームではなく、小説家として生きる、本名、ネガさんだった。

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