その4

 入部当初からわたしは頑張った。


「なんとしてもこの人を下の名前で呼びたい!」


 しかし、文章ではありとあらゆる表現を試みようとするわたしは、現実世界では極めて非社交的だ。なので、自分の立ち位置も含め、安念部長の呼び方につき、ハードルの高さをランキングした。


① ユズル(論外)

② ユズルくん(無理だ)

③ ユズルさん(いにしえの女学生か!)


 そして、結論。


「ユズル部長」


 たった6人しかいない部室なのに、はっきりとざわめきが起こったのを今でも忘れない。


「何? 長坂ながさかさん」


 それでもユズル部長は、さらっと返してくれた。


「え・と、文芸部では定期的に小説のコンテストとか応募するんですか?」

「ああ、それは部員一人一人のペースに応じてね。たとえば、ライトノベルが好きな人、居るかな?」


 恥ずかしそうに1年生のたにくんがうなずく。


「アニメが好きな人は?」


 もう1人の1年女子、手塚てづかさんが遠慮がちにうなずく。”あ、わたしも”、という感じで2年女子の加藤かとうさんと西にしさんも軽く手を挙げる。


「・・・という感じで、文芸と言っても幅広いから。もしそれぞれの興味ある分野でコンテストがあれば、みんなでサポートするのもいいかもね」

「わかりました」


 加藤さんが喰い付いて来た。


「長坂さん、”ユズル部長”、って呼び方、いいね!」


 西さんも合わせる。


「うん。わたしたちも、”アンネンくん”、なんて呼んでたけど、”ユズル部長”、の方が言い易いよ。ね、わたしらもいいかな、ユズル部長!」

「えっ、うん。呼びやすいならそれでもいいよ」


 なんてことだ。

 

 わたしだけが名前で呼びたかったのに!

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