211-220

211


もう少し賢かったらこんな手段はとらないのになと手袋をつけながら拷問官が呟く。もう少し賢かったらわたしは、もう少し賢かったら、あんたもわたしももう少し賢かったら、その少しの分だけここから遠ざかって、今時分は温かいスープでも、なのにどうせ汚れる手袋なんて、ああ。それから仕事を始める。



212


女たちは私を許さないだろうと思う。伸べられる手を、振り払い打ち払いここまで逃げてきて、もう止まりかたがわからない。女たちが私を呼ぶ、止まりなさい、止まりなさい抱きとめてあげるから。だから耳を塞いで走る。鬼が鬼が追いかけてきます。女たちは私を許さないだろう。それは鬼よりも恐ろしい。



213


花畑はとてもとてもとても広く私達はその全貌を知ることができない、ある一族はすべての砂の一粒ずつの色形を記録する、ある一族はすべての虫のはばたきを数え、またある一族はすべての朝露をあつめて甘さを試す。すべての氏族を繋ぐ歌がひとふし存在し、花畑の燃える日に初めて輪唱が止む。



214


夏始まりのカレンダーを買い夏始まりの手帳を揃えて夏の正月、蝉時雨の下をくぐる初詣、年神を迎えて開く焼けた浜。



215


ウルスラは熊の名をもらった女だったので熊と愛しあう運びとなった。ウルスラを娶った熊は硬い毛皮で、ウルスラを抱擁するのに鉤爪をどうにかひっこめようと手間取った。ニカログは人の名をもらった雄だったので人と愛しあう運びとなった。ニカログに嫁した人は薄い体毛で、陽に透かすと茶金に輝いた。



216


さかなちゃんは宴の仕度をするときいちばん魚みたいに見える。クロスのかかった長いテーブルをさかなちゃんはすいすい回る。私がやってもぐゆぐゆにしかならない。私がぐゆぐゆにしたクロスをさかなちゃんが直してすいすい回る。私はさかなちゃんみたいにやりたいのに、さかなちゃんは宴に無関心だ。



217


何もないところから鳩を出しているのでたぶん地球の裏側では鳩が減っている。地球の裏側の公園で子どもに追いかけられている鳩が、もう反対側の裏側の公園で手品をする僕の手から現れて飛び立つ。鳩には悪いなと思うが、そのうちに目の前から消える。地球の裏側の公園でも、誰かが鳩の手品をしている。



218


私のつくるナイフはとても冷たいのでよく売れると聞く。とても冷たいので、肉も血も脂も、刃を汚すことがないのだという。あまり関心がない。私が使うのだったらすこしは温んでしまうナイフがいい。すこし温んでしまって汚れがひかなくて、もっているのが嫌になるような、そういう刃物がいいなと思う。



219


子どもがこぼれるので腹に栓をしなければならない、こぼれた子どもはそれから死んでも砂場で遊ばなくてはならないからだ、親の私が迎えに来るまで。



220


黄金の週間には黄色い食べ物を食べるから、卵とサフランがよく売れる。食事には砂糖を煮詰めて溶かして固めた金食器が用いられ、サフランで色つけた穀物を主食に、この週口に入るのは、はちみつ、パプリカ、酢漬けの花びら、チーズにカナリヤ、金の箔。

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