201-210



201


広場に天使がいることはよく知られており、対処法は掃除をすることだ。天使はときどき広場に立っている。よく見るとうっすら光っていて、微笑むだけで何もしないが、放っておくと同じ微笑みを浮かべて立つ人が増えてくる。広場が完全に静止する前に、あなたは掃除をするべきだ。



202


静止した球体のたくさん浮かんでいる部屋がほしい。球体の色は何色でもいいが、大きさはある程度あったほうがいい。浮かぶ高さは不揃いなのもいいが、揃っているとなおいい。私が部屋を空けている間にもそこで静止していてくれれば私は安心できると思う。他の全てに安心できると思う。



203


のんだくれの、卓に沈んだ肩が叩かれる。夜ですよ、夜の国ですよ。目を上げると店主が客が消えている。子供がひとり立っていて、子供はかつての彼の息子に似ている。往来に出る。静まりかえっている。山の上には知らないお城が聳えていて、子供がそこへ彼の手を引く。夜ですよ、女王に謁見なさいませ。



204


サーカス生まれの子どもらはみな天幕から出て天幕へ帰る、天幕の内でおとなになって瞼をぎらぎら光らせる。サーカス生まれでない子どもらはみな天幕へ入って天幕から帰る、天幕の内で子どもになって瞳をきらきら光らせる。天幕はいつも歌っている、もう何年も何年も、サーカス、サーカス、サーカス!



205


城壁の下には死んだ女たちが敷き詰められていますと案内の女が語る。それは嘘ですと別の案内の女が続ける。このひとは狂人です、城壁の前でああなる、鳩のようなものです、無害なものです、どうか、そっとしておいてください。狂った案内の女は私たちをじっと見て、城壁の下の女たちの名を挙げ始める。



206


私は私を育んだ女らを殺してしまったので、私を育まなかった女らの家を訪ね、そこで一夜の床を得た。私を育まなかった女らは私の殺した女らを愛しており、私が女らを殺したわけを知りたがった。私は女らを愛していたので、女らが私を育まなかったわけを知りたがった。杣宿で、私たちは夜通し炉を囲む。



207


大道芸人が芸を見せている。屋根と屋根とに綱を渡し、その上をひとり歩いている。私は往来でそれを見上げ、なるほど見事に跳ぶものだと思う。彼はやがてゆるやかに踊りだす。蜘蛛のように長い手足、日を反射して光る赤と金の衣装、青空に吸われて音もなく、私は、なぜか胸の潰れるように切なくなる。



208


北に棲む人魚を食い、南のそれと比べてみると、南のものは淡白だが喉越しが良く、北のものはねっとりと濃く甘い。海の水を沸かし、その中に牡蠣殻を入れて煮立て、酒と水を加えてまた煮立て、向こうの見える程に薄く切った肉をさらして食うと、いくらでも酒が進む。磯の餓鬼の人間を食うやり方である。



209


団子虫と一緒に鳥に襲われた。逃げ切ると団子虫が震えて言う。あなただっておそろしいはずなのに、どうして私のように丸まらないんです。怯えるのを見て私は急に意地悪になって、だって丸まったって無駄だもの、あんたは死ぬんだよ弱くてちっちゃいから、と教えてやる。団子虫はいよいよわあわあ泣く。



210


私達から買われていった時間が駅ビルの売店で売られているというので見に行く。各々ショウウインドウを覗く。友人はあのすいかがそうだといい、また別の友人は袋詰めのパン、では私のはと探すと冷めたなす天がそれだとわかる。それは三割引のシールの貼られた天丼の中にあり、疲れた人に買われていく。

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