11-20

11


半架空のお姫さまがいて、架空の王子さまとも別の架空のお姫さまとも出会わず、架空の城を統治した。架空の国の架空の民はお姫さまを愛したが、半架空のお姫さまは知らんぷり。ここには何もないことを知っていた。じきに現実がやってきて、架空の存在が蔓延る土地をならしていく。



12


タンス女が現れた!タンス女は僕の手をとり、胸の引出しの取っ手を握らせ「開けてみて」と囁いた!生唾を飲み一息に引くと、ハンカチと菫の押し花が入っている。微笑む女。しかしふと腹のを開けてみれば、ヨレたTシャツが満杯で、僕は思わず笑ったが、慌てるタンス女も案外可愛い。



13


脳に巣食った景色を掻き出して、瓶に詰めて窓辺に置いておく。森林、教室、砂嵐。そういう病気なのだ。脳内で鮮明になっていく景色、放っておけば脳はパンクする。だから定期的に掻き出すのだが。瓶詰の摩天楼に日が昇る。時々、出してしまうのが惜しいような気がしてくる。



14


寂しい夜には城へ行く。王様は女を持っている。王様はベッドを持っている。友よ選べと指を指す。ある夜女が消えている。我々は物ではありません。王様は途方に暮れている。女がいなければ君は来ない。それは違うと俺は言う。空のベッドで話をしよう。俺はこの日を待っていた。



15


家から駅への並木道、スーツの女が寝転んでいる。化粧が土で汚れている。見ないようにして通りすぎる。会社の前の駐車場、男がおいおい泣いている。声と背中が上司に似ている。見ないようにして通りすぎる。会社の中の私の机、自分が既に座っている。私は私の顔を見る。虚ろである。



16


戦士の訃報が伝えられた。操られ剣を取り落とし、抵抗できずにめった刺し。国中が喪に服す中、勇者は夜逃げを企てる。心を操る敵などいない、戦士はあのとき正気だった。正気で剣を手離して、笑顔のままで切り刻まれた。俺はあの目を見てしまった、二度と旅には出られない。



17


指輪と言葉を差し出すと、あなたはぼくに「本気なの?」と聞き、聞かれたぼくはその瞬間になにもかもなにもかもが嘘で本気でやりたかったことも本気で生きたかったことも今までひとつもなかったことに気がついて、でもそれでも生きていかなくてはならないので「そうだよ」と答えた。



18


今年も窓辺に冬が来た。夫の遺した茶を淹れる。ガラスの丸いポットの中に、ひらいた茶葉が舞いあがる。茶葉は異国の文字のかたち。見てごらん、言葉を覚える秘訣はね。彼のささやきが甦る。こうして毎朝、文字で淹れたお茶を飲むこと。本当ね。読めないはずの、異国の訃報が目に滲む。



19


腕時計が溶けてダリみたいになった。あららと思っているうちに、ヒゲが上向きにとんがってこれもダリみたいになった。腹に引き出しが湧きだした。脚が竹馬よろしく伸びだした。友人に泣きついた。奴は化け物的な俺を見て、ちょっと考えて「あんたダリ?」とりあえず一発殴っておいた。



20


骸骨貴婦人カトリーナ。私は彼女に憧れて、死ぬのが怖いと訴える。例え死んでもあなたのように、美しく優雅であれたらと。黒い眼窩がきょとんと答える。何を心配なさっているの、ご存知でしょう、私の姿、あなたのその肉の内にも、あらかじめ同じものが埋め込まれているというのに。


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