Rainy day

 我が家の庭には、春になるとウサギがやってくる。

 茶色のウサギだ。耳は短い。

 かわいい。

 かわいい、が、これは流石にもふれない。野生動物なのだ。


 今日は暖かいな、などと思うと、いつの間にやら庭木の下に丸くなっている。

 本当は庭の畑に植えている野菜を齧られないように追い払うべきところなのかもしれないが、そんなことが出来るはずもない。

 私は家の中から、ネコと一緒になって遠巻きにその姿を見つめるだけである(ネコが何を思ってウサギを凝視しているかは考えないことにしている)。


 こんなことを書くと流石にばれてしまうかもしれないが、私の住まいは田舎だ。

 前を見れば山。

 後ろを振り返ればもっと高い山。

 左右には広々とした畑。


 田舎生活の利便不便は数えれば枚挙に暇がないが、特にこの場で述べるべきとも思わないので、何も言うまい。


 さて、そんな私の家には、春になるとウサギがやってくる。

 ふふ。都会人よ、羨ましかろう。


 ここで問題です。

 春にはウサギ。

 では、梅雨時になるとやってくる動物は、なーんだ。


 それはね……ヒキガエルさ!!(迫真)


 なんだ、カエルか、と思うことなかれ。


 彼が現れるのは決まって夜中だ。

 田舎の夜は暗い。街灯など殆どないのだから当然だ。

 しとしとと雨の降る夜、私が仕事を終え帰宅すると、駐車スペースから玄関までの道の脇で、突然「ガサッ」と音がするのだ。


 これには驚かされる。

 初め見た時は冗談抜きで飛び上がった。

 

 びくびくしながらスマホのライトで足元を照らすと、そこに私の握り拳二つ分はあろうかという巨大なカエルがいるのだ。

 のっしのっしと私の前を歩いていく。


 私は慌てて家に逃げ込み、家人に報告した。


「ぱない。サイズがね、ぱない」


 珍しく私が動揺したことはどうやら察してもらえたようだったが、ではそのカエルをどうするのか、という段になると、どうすることも出来ないという結論に帰着せざるを得なかった。


 何故かって、ゴキブリやムカデが出たのとは違う。

 脊椎動物だ。

 そしてデカい(重要)

 どこかへ逃がすか?

 どうやって?

 しかも、カエルは別に害獣じゃない。

 寧ろ虫を食べてくれるのだから益獣の部類だ。

 今のところ鳴き声がうるさいということもない。


 ううむ。


 結局、我が家は彼を受け入れることで大筋の合意を見た。


 その後、しとしとと雨の降る夜は、帰宅後、彼と鉢合わせるようになった。

 最初こそ驚いたものの、確かに彼が私に対して何をするということもない。

 ただそこにいるだけだ。


 私はせいぜい、うっかり踏まないように足元に注意していればいいだけだ。  

 邂逅も三度、四度ともなればさしたる驚きもない。

 そしてよく見てみれば、カエルというのもこれはこれで中々愛嬌のある顔をしている(これは恐らく、私が日頃カメの顔を見慣れているからだと思われる)。

 

 のそり。のそり。

「やあ、今日もいい雨だね」

 

 私は次第に彼の存在にも慣れ切り、どころか気軽に挨拶をさえするようになっていったのである。


 そんなある日のこと。


 やはりしとしとと雨の降る夜。

 もう梅雨は開けたと気象予報士が宣言したにも関わらず、湿気が取れる気配は全然ない。

 むしろ夜に降る雨でさえ生暖かくなるのだからたまらない。

 私は運転中には必需の眼鏡を仕舞い、玄関へと急いだ。

 そこでドアノブに手をかけ、あることに気づく。


 カエルがいない。


 おかしいな。

 ここの所雨の日には必ずいたのに。


 私は雨滴にまみれるのも構わず眼鏡を掛け直した。

 よくよく庭を注視してみる。

 が、やはりいない。

 何か動くものの気配もない。


 私の脳裏に嫌な想像が湧いた。

 先述の通り私の住まいははっきり言って田舎にあるが、だからこそ生活の供として車が欠かせない。

 当然交通量もそれなりで、そんな道路が半分山道みたいな場所を通っているのだから、不幸な事故というのもそれなりに起こる。

 路上にイヤなものを見る機会もないではない。


 まさか。

 冷や汗が伝う。

 どうしよう。道路を探すか?

 いや。でも。しかし。


 そして、しばし逡巡した私の足元に。


 のそり。


 と、変わらずマイペースな歩みで、ヒキガエルが姿を見せたのだった。


 どうやら今までテラスの下に入り込んでいたらしい。

 私は肩を撫でおろした。

 のそり、のそり。

 カエルが私の前を横切っていく。


 挙動不審な私を見かねて姿を見せてくれたのだ、などと考えるには、私にはロマンスが足りない。ただ、わたしが彼の姿にほっこりとさせられたのは動かし得ぬ事実だった。


「いるならいいんだよ」


 私は彼の背中にそう告げて、玄関の戸を開けたのだった。


 ……その後、夜の雨が冷え始め、昼間の空気が乾いてきた頃、ぴたりとカエルに遭わなくなった。

 そのまま冬が過ぎ、そして今は三月。

 いずれ温かい日が続けば、庭にウサギが現れるだろう。

 私はその先の梅雨の夜を、今から楽しみにしているのである。

 

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