Ⅲ 幻影

 私はゆっくりと庭園を歩いた。

 エルシャンローズの花は七年前と変わらず大輪の見事な花をつけている。

 庭は今もエイブリーが管理しているのだろう。

 青々とした芝生に枯葉は一枚も落ちていない。


 庭園は少し緩やかな上り坂になっていて、その先は青いエルシーアの海が見える。グラヴェール屋敷は岬のふもとに立つ高台にある。

 そして、かつてリュイーシャと語り合った大理石の長椅子が、五十歩ほど前方に、エルシャンローズの茂み越しにちらりと見えてきた。


「……?」


 きらりと何かが光った。長椅子の方で。

 さては海面が輝くのを見誤ったか。


「……!」


 私は目の前の光景に一瞬息を詰めた。

 あの長椅子に誰かが寄りかかっているのか、きらきらと日の光を反射する金色の髪が、海から吹く風に軽やかに舞っているのが見えたのだ。


 まるで全身を雷にでも打たれたように、前につんのめるように両足が停止する。白昼夢をみているのだろうか。


 私は思わず眼鏡を外して目をこすった。


 この庭園に足を踏み入れてから、リュイ-シャの幻影を追っていた。

 ありもしないものを見ようとしている自分がいた。

 もう一度、あの人に逢いたいと望む自分が――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る