寡黙な花

ぱすた

第1話・邂逅

叙情的な夕闇に浮かぶ、君の影。壮美な雰囲気に満たされた教室の一角に佇む、筆舌に尽くし難い程に優美な君。決して言葉を紡ぐことの無い君の表情から汲み取れる感情は、希薄の一言に尽きる。静寂に溶ける君は、何も変わらない。

勇気なんて言葉は、僕には縁の無い言葉だと思っていた。一生涯、使う機会の無い言葉だと思っていた。


「一緒に……お祭り行かない?」


でも、僕は言葉を絞り出した。君の瞳を見据えて、握った拳に滲んだ汗を振り払って、言葉を投げ掛けた。

一生涯、使う予定の無かった勇気を振り絞る時節に、強い焦燥感が背中を押した結果なのだろう。

口を飛び出した言葉は、僕の手の届かない場所に行って仕舞った。もう、無かった事には出来ない。静寂さえ喧騒。一瞬で吹き出す冷汗に嫌悪感を感じる暇さえ無く、居た堪れない感情が後悔の念を駆り立てる状況に、呼吸さえ止まった儘、ただ僕は待った。君の返答。何かしらの応答を、只管に待った。

「……」

やがて、時は一瞬。永遠のような刹那。君は、小さく揺れた。僕の視界の端で、君は揺れた。風の所為と言われて仕舞えば、僕は否定できないだろう。

「え?」

見逃して仕舞った君の挙動。勢い良く顔を擡げた先で、微風に戦ぐ君の髪。灼けた夕日を背に立つ君の表情を伺うことは叶わない。

でも、君は揺れた。


僕の勇気の発露に、君は頷いた。

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