※開示不明書取扱注意

フーテンコロリ

発端と偽名

佐川利 洋次郎 (さがわり ようじろう)


彼は変わり者だ。


特に変わっているところといえば巷で人気のこの渋谷区の大手ファミレス店の晴れた賑わいの中で私を前にしてこの砂漠にいるような呆けぶりである。視線が先程から定まっていない。酒でも飲んでいたのだろうか、いやまだ水曜昼の12時だ。あり得るはずはない。


「君が何故呼ばれたかわかるね」


私は右手で冷えたアイスコーヒーのグラスを左手の方へ押し流しながら呆けた猿のような線の細い顔をした佐川利の顔を覗いた。まるで若手女性刑事と事件第一目撃者だ。


「ふーん……」


私に興味がなさそうだ。私は仕方なく携帯を取り出して仲間に連絡を取ろうとする。


視界の隅で佐川利の口が動いたのが見える。




「…君は君で、君は君なのかい?…」


突然、佐川利が目を見開いて驚いた私の目を見つめた。そして、私の携帯を掴みながら小さく呟いた。


「やっぱりだ、君ぐらいしかいないもんね…君なんだよ、君」


「大丈夫か?頭を冷やせ…さが…!?」


一瞬、佐川利の目が赤黒く光を発した気がした…………








GamE OveR



やりなおしますか?


はい

いいえ←






ここから先はゲームが進みません


ここから先はさがわりさんがプレイヤーとなります



あなたの名前は?


あかさたなはまやらわ

いきしちにひみ り

うくすつぬふむゆるを

えけせてねへめ れ

おこそとのほもよろん


削除 空白 変換 確定 決定





佐川利 洋次郎


で よろしいですか?


はい

いやだ←



ようこそ現実世界へ


あなたはこれから


佐川利 洋次郎として


現実世界をプレイしていただきます








ご健闘を、お祈りします………










……うご…めい……し…で、…あ…た。…


…本日、午後未明…渋谷…で…じけ…はっ…



あたりは静かだ。


それもそうだ、なぜか理由は知っている気がする。


よく、わからない。


でも、知っている。


目の前にある風化した階段に座り、今にも植物が芽生えそうな汚れた大衆弦楽器を奏でている女は…


知らない。


あたりには霧が地を這う海のように立ち込めている。


「ごきげんよう、あなたにはあなたがいない。あなたがいることであなたはいなくなる。あなたはいなくなる」


女は煌びやかな音色を響かせながら、何か言っている。


「君を知らない」


知らないのだ。仕方ない。


「あなたはようじろう?」


朝が終わる。きっと今は朝だった。多分、朝だったはずだ。


霧が晴れていく。


しかし、霧が消えていくと世界はぼやけはじめて。


見えなくなる。




渋谷区 コンビニエンス

30.2.14 (sat) 午前 二時



動き出せば全員殺してしまいそうな殺気を、彼は持っている。確かにそれは凶器だが。しかしそれは何も持っていない彼にはどうしようもない。どうしようもないものなのだ。


「ようじろうくん、大丈夫かい?」


天照 (あまてらす) さんは御行儀が良くて困る。


「あまさん、髪の毛。伸ばし過ぎです」


天照さんは髪の毛がお隣の新宿駅まで伸びてるもんだからこのコンビニに客足は無い。


客が来たといえばついさっき絵描きの延熹のところの弟子の小鬼達がイタリア映画のマフィアだかのように流れ込んで来た。


佐川利は指輪を親指にはめているからそんなことは大丈夫に過ぎない。だってほら、親指なら魔除けに十分で世界を7回は救える。


「ようじろうくん、怒ってるでしょ?」


「ええ、もちろんです。すぐに彼等を排除します」


延熹のとこの小鬼達は一目散に目黒へとひた走り出す。しかしまた、彼等はコンビニエンスの中を荒らしてしまった。決して彼等に悪気はないのだ。だって彼等、鬼は鬼でも小鬼なんだから。ええ、弱いから。


「あまさん、もういいです?」


佐川利は嫌そうな顔をして鼻腔から鼻毛をつまみ出す。


「じゃあ、宴だね!」


天照は懐から扇を出してはためかす。そんなことしたもんだから地球は四角くなっちまって、いやしかし角っこの人は辛いだろうな。だってバランス取るだけで人生終わっちまうのだもの。


佐川利はめんどくさくなって目を閉じて眠った。




占いは好きかね?


嫌いかね、嫌いならもうこの話はやめにしよう。また明日、いや明日ってのは本当はもーのっ凄く昨日の話なのさ。うんうん、君は理解してるみたいだ。大変よろしい。


ぺんしるを取って丸を描いてごらん。するとあら不思議、佐川利くんになってしもうた。



地球が生命を産み、育て、そして滅ぶ。その繰り返し、リズム、拍子、グルーヴ、蜿、イメージ、感覚、スパーク、快感。何が正しいか何が楽しいか、そんなんわからんでよろしい。


まあ全ての発端といえば佐川利くんが偽名だったってことかな。


「君、佐川利 洋次郎じゃないでしょ」


私は左手に触れた冷えたグラスを静かに握る。


「ふーん…あなた、僕の名前知ってるの?」


「私は私で、君は君だよ。洋太郎くん」


私は自分の長い黒髪を優しく撫でて笑った。










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