具体的な目標


 翌朝、かなり早く起きた私たちは身支度をすませてお店が開くよりもずっと早くにアルベルト工房に来ていた。

 昨日の内にこれから通るルートや移動手段について話し合い、マキちゃんの旅支度も少し整えた。


 ほとんどは私たちが持っている物でどうにかなるけど、靴だけはしっかり本人に合った物を用意しないといけなかったんだよね。マキちゃんが履いていたものはすでにボロボロで、長旅には耐えられなさそうだったから新調したのだ。

 その度にまた身体を縮こまらせて謝り倒していたので、出世払いすればいいんだよ、と励ました。ええ、そうです。私はそれで申し訳なさを乗り越えました。


「お、おはようございます! 昨日は、すみません」

「いいって! 予想はしてたしな。けど、これからは倒れた場合……」

「はい! 引きずってください! なんなら蹴飛ばしてもいいです!!」

「いや、本気にしないで? マジでそんなことはさすがにしねぇからな? 俺らが鬼畜みたいだろ……」


 セトくんは本気で蹴飛ばされてもいいと思っていそうなくらい目がキラキラしている。リヒトはたじたじだ。

 きっと、セトくんは冗談を冗談とは受け取れないタイプだよね。素直すぎる!


「セト、この子はマキ。一緒に魔大陸へ勉強しに行く、仲間」


 そんなセトくんにロニーがマキちゃんを紹介してくれた。そうだったね。せっかく一緒に魔大陸に行くんだもん。学ぶ分野が違っても少しでも仲良くなってもらえたらいいな。


「仲間……? わ、わ、えっと、初めまして! セトって言います」

「は、初めまして、マキ、です」


 2人の挨拶は初々しい。緊張感がこっちにも伝わってくるよ。


「セトは年上なんでしょー? もっと気楽に話せばいいのに」

「アスカは年齢関係なく気さくだけどな」

「えへへ、だってその方が仲良くなれそうじゃーん」


 モジモジするセトくんとマキちゃんを見て、頭の後ろで手を組みながらアスカが口を挟む。

 リヒトの言う通り、アスカは年齢性別など関係なく話せるけど、人間だったらそういうタイプの方が少ないからね? 魔大陸でならアスカのような気さくな人たちはよく見かけるけど。


「焦らなくていいよ。ゆっくり、お互いを知っていこう?」


 なんにせよ、人との距離の縮め方にはそれぞれのペースというものがある。相性だってあるだろうしね。

 2人とも少しホッとしたように返事をしてくれたので私もホッと安堵の息を吐いた。


 これから、見るもの全てが初めての大陸に向かうのだから、ストレスは少ない方がいい。だから、出来るだけそういう心のケアを周囲にいる私たちがしていきたい。


「それじゃ、街を出たことだし移動の準備すっか」


 門兵さんに挨拶をし、街道を歩くこと数分。人通りがまばらになってきたところでリヒトが切り出した。その言葉を聞いてマキちゃんが首を傾げている。


「? このまま歩いていくんじゃ……?」


 あ、そっか。移動について話していた時、マキちゃんはもう寝ていたっけ。セトくんにもまだ説明していなかったよね。2人して疑問符を浮かべているみたい。

 きっと驚くだろうなぁ。驚きすぎて気を失ったりしないといいけど。


「それじゃあ時間がもったいない。俺らの全力疾走で次の街に向かう!」

「え。……え!? 走って行くんですか!?」

「まぁな。ああ、セトとマキは走らないぞ?」


 ビックリするセトくんにリヒトは簡潔に説明をし始める。


 そう、結局はこの街に着いた時と同じだ。魔術で力を底上げしつつ走る、という原始的な移動である。

 もっと人数が増えれば乗り物を考えるけれど、2人なのでロニーとアスカで背負ってしまえ、という結論に達したのだ。


 私たちの中に亜人はいないからねー。獣型になって騎乗したり荷台を牽くってことがまず出来ないので仕方ない。空を飛ぶ、という案もあったけどさすがに怖がらせちゃうかなって。

 それに、いくら膨大な魔力があっても消費が半端じゃなくなってしまう。たくさんあっても限界というものはあるのです。回復に時間がかかるこの大陸では、使えば使う分、回復にも時間がかかるからねー。薬に頼りすぎるのもよくないし。


「ものすごくスピードが出るけど、影響が出ないように魔術で保護するから。えーっと、つまり安全だから心配しないでね」

「え?」

「そうそう、ぼくらも絶対に落としたりしないしー」

「え? え?」

「うん。大丈夫。任せて」


 ロニーの背にマキちゃんを乗せながら私が声をかけると、セトくんを背負いながらアスカも笑顔でそれに続く。もちろん、ロニーも頼もしい発言だ。背負われた2人は何が何やらわかっていない様子だけど。


 でも、必要な説明はきちんとした。魔術に馴染みがないから理解しきれていないというだけで。こればかりは体験してみないとわからないかも。


 ただ、怖くて気を失ったりするかもしれないから、少しずつ速度を上げていこうという対策はしている。魔大陸に住む者たちのような強靭な身体や魔力耐性、魔術への慣れが一切ないのだ。普段以上に丁重に扱わないと。


「魔術の分担は前と一緒な、メグ」

「りょーかい!」


 百聞は一見に如かず。魔大陸に向かうのだから少しずつ慣れてもらいましょう! リヒトの指示で全員に魔術をかけていく。

 今回は補助の他に、セトくんとマキちゃんへの保護魔術もかけておく。この程度なら魔力消費もそこまで激しくない。たぶん。


 だって、魔力が多すぎてあまり細かい魔力量まで覚えていられないんだもん。父様が大雑把な魔術を使うのもそのためである。

 け、けど! 油断は大敵だから出来る範囲で把握するようにはしているよ! 私は父様とは違って、細かい魔力操作が得意だからね! 本当だよっ!


「い、今、魔術をかけたんですか?」


 おそるおそるセトくんが聞いてきたので肯定すると、セトくんはマキちゃんと目を合わせて一緒に不思議そうな顔をしている。


「何かが変わったような感じは、しない、ですけど……」

「魔力がないと感知も出来ないんじゃないかなー。ちゃんと保護されてるよー。大丈夫!」

「そ、そうなんですね。不思議だなぁ……」


 マキちゃんの質問にアスカが明るく答えると、実感がないからやはりよくわからないのかセトくんはまだ首を傾げていた。


「実際に走り出せば嫌でも体感すると思うぞ。めちゃくちゃ速いのに圧を感じないし、飛んできた小石なんかも当たらないしな」


 リヒトの言う通り、実際に走り出せば嫌でもわかるだろう。というわけで! リヒトを先頭にしていざ、次の街へと出発進行ーっ!




「あーっ、楽しかったっ!」

「それなら、よかった」


 移動すること30分ほど。小さな町が近付いて来たので2人を背中から下ろすと、それぞれ違った感想を聞くことが出来た。

 マキちゃんは途中からキャッキャと楽しそうに声を上げていて可愛かったなー。


「す、すごかったです……! こ、怖かったですけど」

「絶対に落とさないって言ってるのにぃ。しがみ付くからぼくの方がビックリしちゃった」

「す、すみません!」

「ううん、平気だよ。そうじゃなくてー。セト、まだ慣れない? 怖かったら移動方法を考え直すよ?」


 一方、セトくんはやっぱり怖かったみたいだ。それも仕方ないよね。スピードはそこまで出していなかったと思うけど、この大陸で生活していたら体験することのない速さではあるもん。

 アスカの言う通り、無理はさせない方針だからきついのであればちゃんと考える必要があるのだ。


 けど、セトくんは首を横に振って笑顔でそれを否定した。


「怖かったのは確かですけど、だいぶ慣れてきましたから大丈夫です!」

「えー、本当に? 無理だけは絶対にしちゃダメだよ? ぼくたち、別に急いでいるわけじゃないんだからー」

「本当に本当です! アスカさんが途中で色々話しかけてくれたおかげで、最後の方は景色も楽しめましたから!」


 どうやら嘘ではなさそう。それなら、引き続きこの移動方法で良さそうだね。

 でもそっか、アスカってば気を遣ってセトくんに話しかけてくれていたんだね。さすがである。


「そう? それなら良かった。でも! 移動だけじゃなくて何か不安があったり辛かったりしたらぜーったいにすぐに言ってよね! 我慢はしない! 約束!」

「わ、わかりました! アスカさんは、優しいですね……。いつか、アスカさんの像も作りたいなぁ」

「えっ、本当!? それは嬉しいかもー! ぼく、メグの像の隣に飾ってほしいー!」


 アスカの像か。それはかなり美しいものが出来上がりそう! しかも私の石像を作った人の弟子が作るだなんてロマンがあるよね。私がモデルでなければもっと素直に喜べたんだけど……。

 いや、言っても仕方ないことをいつまでも考えるのはやめよう。あの像は本当に素敵な仕上がりだったんだから!


「ぼ、僕にそこまでの腕はまだないので……! それに、石ではまだ作品を作ったことがなくて……!」

「そーんなの簡単だよ。魔大陸で修行してさ、いつか作ってくれればいいんだよー!」


 自分はまだまだです、と両手を振るセトくんに対し、アスカはどこまでも前向きな答えた。上達することを疑っていもいないその様子に、セトくんはじわじわと頬を赤く染めていく。


「え、えっと。その、も、目標に! 目標にさせてください!」

「え? うん。そういう話を今ずっとしてたよね? ぼく、待ってるね! セトがおじいちゃんになったとしても待ってるから」

「はい! 必ず!」


 案外、目標っていうのはこういうなんてことのない会話から生まれるものなのかもしれないな。少なくとも、今セトくんには明確な目標が出来たのだ。

 師匠のような作品を作りたい、というものからアスカの石像を作りたいっていう明確な目標に。早速、具体的な目標が出来たみたいで私も嬉しくなっちゃう。


「私も、いつか目標が出来るかな……」


 ポツリ、と呟いたのはマキちゃんだ。おぉ、影響を受けてマキちゃんの刺激にもなったのかな。


「出来るといいね。ゆっくり探してみよう?」

「ゆっくり……。はい! これから、ですもんね」


 でも、焦りは禁物。よく焦る私が言うのだから間違いない。情けないけどね!

 でも、なんとなくマキちゃんと私はタイプが似ている気がするんだよね。遠慮しがちなところとか、それでいて周囲に置いて行かれないかって焦りを感じるところとか。


 もしかしたら、一人でなんとかしようって溜め込むタイプだったり? 無きにしも非ずだ。ちゃんと魔大陸に渡る時、引継ぎで言っておかないとね。

 まぁ、オルトゥスの人たちならその点も抜かなく気付いてフォローしてくれるだろうからあんまり心配はしていないけど!


 ワクワクするなぁ。まだスカウトは2人しかいないけど、こうして少しずつ増えていくのかなって考えると嬉しくなる。もちろん、全てがうまくいくわけじゃないってわかってはいるけど。


 この調子で、他の街でもいい出会いがありますように! 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る