中央の王城へ


 東の王城からいくつかの街を経由して、私たちは中央の都へと到着した。途中で立ち寄った町でも魔大陸は怖くないよ、学ぶ意欲のある人を募集しているよ、など抜かりなく宣伝もしましたとも。

 でも、今一緒についていくという人はセトくんとマキちゃん以外には見つけられなかった。まぁ、すぐには決められないよね。


 でも、前向きに考えたいって人は結構な数がいたと思う。今の仕事や生活をすぐには放っていけない、っていう理由で断る人が多かったからね。

 なので収穫としては上々である。心を決めたらいつでも連絡してもらえるように手配はしたので、今後少しずつ増えていくかもしれない。


「ぼ、僕みたいにすぐに出発する人の方が少ないんですね……」

「セトの場合はアルベルトさんの理解があったからな。学ぶなら出来るだけ早い方がいいって考えだったし」


 それも理由の一つではあると思うけど、一番は……身寄りがなかった、というのが大きいと思う。あまりいい理由とは言えないけど、事実これは本当に大きい。それはマキちゃんの場合も同じだ。


 家族や今の安定した仕事を、一時的にとはいえ投げ出して他の地へ行くというのは、なかなか即決出来ることではないよね。


「さて、と。魔大陸からの迎えは今日の夕方頃に到着するっていうからさ、ひとまず俺らの宿を探そうぜ」


 中央の都は、コルティーガ国の首都のような場所。だからこの国でスカウトした人たちは一度、ここに集まることになっている。

 こまめに往復するのは時間のロスになるし、スカウトした人たちをいつまでも連れ回すわけにもいかないしね。なので鉱山の転移陣を起動するひと月を目安に、集まった人たちの大陸間移動をするんだって。


 というわけで、この都で人材を一時的に預かる人が魔大陸から派遣されることになっているのだ。


 他の調査隊も似たような感じで拠点に人材を一度集める、という同じやり方をとっている。私たちの場合はリヒトがいるので、一度この都に魔力の印をつけてしまえばあとはリヒトが転移で連れて行ってくれることになっているんだけど。いやはや、まさしくチートだ。


 でも他の調査隊はその都度、移動することになるだろうから大変そうだなぁ。スカウトした人たちを各自で向かわせることも出来るけど、何かあった時にフォロー出来ないもんねぇ。


「たぶん、だからこそ最も大きな国を、リヒトのいるこのチームに、任されたんだと、思う」

「え? あ、そっか!」


 ロニーの説明にポンと手を打つ。なるほど、転移出来るリヒトがいれば広いこの国の移動も一瞬だ。他にも、移動手段があるチームほど広い国を任されているんだって。

 実はしっかり考えられていたんだね。てっきり、一度この国を旅したことがあるから選ばれたんだと思っていたよ。それも理由の一つだったとは思うけど。


「ねぇ、この都には皇帝がいるんでしょ? 東の王城の時みたいに挨拶に行かなくていいの?」

「あ、それがあったね!」


 アスカが思い出したように言ってくれたおかげで私もハッとする。

 というか、これ各王城で挨拶しなきゃダメってことかなぁ。ということは、皇帝への挨拶も入れて北、南、西とあと4回もお城に行かなきゃいけないってこと?

 ……こ、これは必要なことだ。うん。頑張れ私。


「それなら、俺だけ一緒に行けばいいよな。ロニーとアスカはオルトゥスから来た人と合流するまでセトとマキのこと頼むよ。街歩きしてもいいし、休んでもいいし」


 さすがにセトくんとマキちゃんを連れては行けないもんね。なぜって、たぶんこの2人の方が緊張で倒れてしまいかねないもん。

 現に、皇帝の名前が出ただけで硬直しているし。普通はこうである。無理もない。


「都についたばかり、だから。少し、休もうか?」

「そうしよー! ぼく、お腹空いちゃった」


 彼らの緊張を解すためか、ロニーとアスカがにこやかに提案してくれた。ありがたいね! 2人もホッとしたように肩の力を抜いているし。


「あ、あの、メグちゃん」

「ん、なぁに? マキちゃん」


 そうと決まれば早速お城に向かおうとしたところでマキちゃんに呼び止められる。

 やっぱりこの子にメグちゃんって呼ばれるとほんわかした気持ちになるなぁ。でも今のマキちゃんはどことなく緊張しているように見える。チラッと見てみればセトくんも。どうしたのかな?


「メグちゃんは、皇帝様に挨拶するほど、すごい人だったんです、か……?」


 あ、そういうことか。あれ、言ってなかったっけ? ルディさんたちには言ったけど、マキちゃんは知らなかったかも。セトくんにも説明はまだだったか。


「私自身はなにもすごくはないんだけど……」


 なんか、自分で言うのは恥ずかしいな。2人の反応が予想出来るだけになかなか言い出せない。

 すると、その気持ちを汲んだのかむしろ逆に空気を無視したのか、アスカがヒョイッと間に入ってきた。


「あははっ、メグだって十分すごい人だよー! あのね、2人とも。メグはねー、魔王様の娘なんだよ!」

「えっ、魔王様の!?」

「あ、そういえば、師匠が言っていたっけ。あの石像の天使様は魔王様の娘だって! ああああなんで忘れていたんだろう、僕の馬鹿!!」

「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて! 興奮しないで、大声出さないでぇぇぇ!!」


 案の定、特にセトくんが大騒ぎしてしまいましたとさ。は、恥ずかしいからお願い、落ち着いてーっ!!




「あー、恥ずかしかった」

「メグの大騒ぎでも注目集まってたからな?」

「うっ、それを言わないでぇ」


 ロニーたちと別れ、私とリヒトは中央の王城前にやって来た。この辺りはほとんど人がいないから落ち着くなぁ。前も同じことを思ったけれど、普通はお城の前の方が緊張するんだよね。でも私には静かな環境の方がが落ち着くんだよ……。


「お、お待たせいたしました! あの、騎士団長が確認をしたい、と」

「ああ、構いません」


 お城を守る騎士さんに声をかけるとすぐに城内から騎士団長と呼ばれた大柄な男性がやってきた。緊張でソワソワしていた騎士さんと違って、ピリッとした雰囲気を纏っている。


 強そうだなぁ……。魔術有りで戦えばたぶん勝てる相手だとは思うけど、こういう気迫みたいなものは私には出せないから少し憧れる。


「申し訳ない。規則なので合言葉を頼みたい」

「合言葉?」


 リヒトがその言葉に首を傾げている。合言葉、か……。あ、お父さんが教えてくれたっけ。リヒトに頷いて見せてから私は一歩前に出た。


「では。『コルティーガは闇の中』?」

「『民の道標となる光であれ』。合っていますか?」


 確か、他の王様たちと違って皇帝に会うには絶対に必要なやり取りなんだって言っていた。ここで間違えていたら別の場所に案内されるとかなんとか。間違えてないよね、って心配になる。ドキドキ。


「はい、確かに。魔王様のご息女メグ様、そしてリヒト様。ようこそおいでくださいました。皇帝陛下の下へご案内いたします」


 はぁ、良かったぁ。安堵のため息を吐くと、リヒトにも騎士団長さんにも小さく笑われてしまった。だ、だってぇ!


「失礼いたしました。メグ様は天使像とそっくりでしたし、一目瞭然だったのですがね。これも決まりですから」

「い、いえ! 気にしないでください!」


 実は顔パスでした、っていうのもそれはそれで微妙な心境だよぉ。はぁ、天使像はここでもやっぱり有名なんだね。

 当然、この街にも飾られているのだろう。まだ見てないけど見に行くべきか否か悩むところである。


 皇帝に会うのだから謁見の間に通されるものだと思っていたけれど、案内されたのは客室だった。東の王城と同じような理由かなぁ。

 気遣いはいいのに、と思う反面、堅苦しいのは苦手だから正直言えば助かる。ありがたや。


「ああ、中央の都へようこそ。私が現在の皇帝カーチスだ」


 皇帝さんは40代前半くらいの男性で、とても穏やかな印象だ。私が会ったことのある皇帝さんではない。

 確か、当時はルーカスさんって名前だったような。あれから年数が経っているからもしかして……。


 そんな私の表情を汲み取ったのか、皇帝カーチスさんはふわりと微笑んで先代は隠居生活をしている、と教えてくれた。うっ、顔に出るタイプですみません。


「今、先代にも伝わるよう使いを走らせているのだ。きっとあなた方に会いたがる。どうか会ってもらいたい」

「それは、もちろんです!」


 あの時、ルーカスさんはまだ若かったから、今は60代か70代くらいかな? まだご存命でよかった。あの時はお世話になりましたって言いたいもん。


「それともう一人、会いたいと言っている者がいるのだが……」

「もう一人、ですか?」


 皇帝さんの他に思い当たる人なんていたかな、と考えかけてすぐに思い至る。


「ライガーさん!」

「あ、ライガーさんか。俺も会うのはちょっと久しぶりだな」


 東の騎士団ライガーさんだ。あの事件の時、ちょっとお世話になったしお世話をした人である。

 事件の後は、ラビィさんとリヒトの面会時に立ち会ってくれた人でもあるんだよね。私とロニーがラビィさんあてに書いた手紙も届けてくれて、とても感謝しているのだ。


 当時、30代半ばくらいだったから、今は皇帝さんよりもお年を召されているだろう。会えるなんて嬉しいな!


 しばらくの間、皇帝さんと旅やスカウトについて話をしていると、部屋のドアがノックされる。どうやら先代皇帝ルーカスさんとライガーさんが来たようだ。ドキドキ。


「失礼します!」


 案内の人がドアを開けると、ドアの向こう側から2人のご老人がゆっくりと室内に入ってきた。

 ああ、懐かしい。年は取っているけれど、面影が残っていてすぐにわかった。


「ああ……素敵なレディになられたな。こうしてみると、本当に我々とは流れている時が違うのだと実感する」


 先代皇帝ルーカスさんが、とても嬉しそうに顔を綻ばせてそう言った。


「……お久しぶりです。覚えていらっしゃいますか? 貴女に怪我を治してもらったこと、自分は今も覚えています」


 それからライガーさんも目を細めて胸に手を当てている。年はとっているけれど、相変わらず筋肉質でたくましい体型だ。背筋も伸びていてとてもご老人とは思えない。

 胸がいっぱいになりながらも、私は収納魔道具からハンカチを一枚取り出した。それから、ライガーさんに差し出す。


「もちろん覚えています。ほら、いただいたハンカチは今も大事に持っていますよ!」

「ああ……っ」


 ライガーさんは震える手でハンカチを手に取ると、感極まったように涙を流す。その姿を見ていたら、私も色々と思い出して鼻の奥がツンと痛くなるのを感じた。


 ああ、年月が過ぎていたんだなぁって改めて実感した。

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