デジャヴ


 次の日の朝はマキちゃんのピャッ!? という小さな悲鳴で目を覚ました。

 何かあったのかと思って飛び起きると、慌てたようになんでもないんですぅ、とマキちゃんが手をブンブン振っている。

 あー、なるほど。まぁまぁ、落ち着いて。


「き、昨日はあのまま寝ちゃったんだ、って気付いて……! しかもたくさん泣いちゃったし、それで、変な声が出ちゃって、その!」


 時間を置いて我に返ると恥ずかしくなったりするんだよね、わかる。すっごくわかる。

 大丈夫だよ、と微笑むと、マキちゃんは顔を真っ赤にして膝を抱えて縮こまった。


「わ、私、パニックになって家を飛び出したり、食べながら大泣きしたり、迷惑をかけてばっかり……!」

「無理もないよ。気にしないで、って言っても気になるだろうけど……。だからね、いつか自分に出来ることが増えた時に、今度はマキちゃんが誰かの助けになってあげて?」


 私はこの考え方でだいぶ気にすることが減ったからね。親切の輪はこうして広がっていくのだ!

 マキちゃんはまだ戸惑った様子だったけど、一応は納得したようで小さく頷いている。うんうん、今はそれでいいよ。


「というわけで、今日も朝から私に甘やかされてね! 私の服があるからそれに着替えよー!」

「えっ、えーっ! そ、そんなに綺麗な服……!」

「諦めて! 大人しく親切にされなさーい!」

「あわわわわ!」


 ふふふ、なんだか楽しいな。自分がこうして誰かのお世話をするようになるなんて。皆さんが困惑する私に対して嬉しそうにあれこれ手を出していた気持ちがよくわかる。

 あの時の自分は本心から困惑していたけど、結果的にありがたかったからね。こうして手の出し方も次の代へと同じように伝わっていくのだ。

 強引? わかっています! 親切は押し売りします!


 とはいえ、あんまり装飾の多い服はマキちゃんも落ち着かないだろうからシンプルなデザインのものを選んだよ。持っている服は大体サイズ調整機能が魔術で付与されているので、私よりもずっと小さくて細いマキちゃんが着ても困ることはない。


 それにしても、本当に細いな。まずはしっかり食べてもう少し太ってもらわないと。保護されたばかりの私も、こんな感じだったのかなぁ。


「わ、ぁ。すごく、着心地がいいです」

「よかった! マキちゃん、すごく似合ってるよー!」


 褒め言葉も忘れません。似合っているのは本当だしね! フワッとしたマキちゃんのショートカットは首筋が見えるから、襟付きのワンピースにして正解だ。目の色と同じ緑系統の色を選んだもの我ながらなかなかのセンスではなかろうか。


「じゃあ、リヒトたちの部屋に行こうか」

「は、はい!」


 さて、今日は約束があるからね。私もササッと身支度を済ませると、マキちゃんと手を繋いで部屋を出た。


 リヒトたちの部屋に向かうため通路を歩いていていると、ちょうど部屋のドアがあいて3人が出てくるのが見えた。おぉ、同じタイミングだったね。


 最初に部屋を出てきたアスカがすぐに私たちに気付き、駆け寄ってきた。ものすごくニコニコしている。


「2人とも、おはよう!」

「おはよう、アスカ。リヒトとロニーも!」

「ねぇねぇ、マキ。それってメグの服でしょ? 似合ってるよー! かわいい!」

「ぴゃっ!? あ、ああああありがとうございますぅ……」


 思ったことをそのまま言っちゃう王子様なアスカはマキちゃんには刺激が強かったようだ。顔が真っ赤で倒れてしまわないか心配になっちゃう。


 倒れると言えば、セトくんは大丈夫だろうか。今日これから会いに行くけど、また倒れられたら困るなぁ。


「倒れないだけえらいぞ、マキ」

「さ、さすがに倒れたりはしませんよぅ」


 どうやらリヒトもちょうど同じことを考えていたらしい。マキちゃん、これがねぇ、初見で卒倒した人がいるんですよ。別れるころにはだいぶ耐えてくれるようにはなったけど。

 でも会うのは5日ぶりだし、リセットされてまた卒倒しちゃったりして。それは困るなぁ。話が進まないし、何よりセトくんが心配になる。

 やっぱりアレの出番かなぁ。アレとはもちろん鼻眼鏡のことである。


「一応、かけてもらった方がいいかも、ね。緊張も、解れるかも」

「えぇ、やっぱり着けなきゃだめ? せ、せめてセトくんのいる工房で着けさせて……!」


 ロニーが楽しそうにクスクス笑う。言っていることは一理あるしそれは構わないけど、着けたまま街を歩くのは遠慮したい! というか、ロニーも楽しんでるでしょ。


「ぼくは面白いから、今から着けてもいいよ?」

「変な目立ち方をしちゃうからやめて……!」


 魔族が怖いという印象はなくせるかもしれないけれど、変な人たちと思われるのは嫌だ。もしくは、外国人が変な漢字のプリントされたTシャツを着ていたりするあれみたいで微笑ましく思われるかもしれない。


 いずれにせよ、私は恥ずかしいので嫌です! あの時はなんとかしなきゃと思っていたし、人の目もたくさんあったわけじゃないから躊躇せず着けられただけだもん! 羞恥心は人並みにあるもん!


「あの、アレってなんですか?」


 首を傾げるのはマキちゃん。あ、そうだよね。せっかくだから見せてあげようと収納魔道具から出そうとした時、先にアスカがトントンとマキちゃんの肩を叩いた。


「これだよー!」

「ぶはっ、アスカ、不意打ちは卑怯だぞっ」


 鼻眼鏡を装着した状態で両手をパッと顔の横で広げたアスカはノリノリである。

 しかしリヒト、まだ慣れないのね。飽きもせず笑いのツボにハマってお腹を抱えている。


「ふ、ふふっ、あははっ! 何それぇ! 面白い!」

「あ、笑ってくれたねー! どう? マキも着ける?」

「いいんですか?」

「いいよー、ほら!」


 着けるんだ? 意外とマキちゃんってばおちゃめさん。アスカと2人でキャッキャと盛り上がっている。

 王子様なアスカのイケメン力で大慌てだったマキちゃんだったけど、鼻眼鏡のおかげであっという間に仲良しになってくれたみたい。大活躍だね、鼻眼鏡。使いどころなんかないと思っていたけれど。


「んんっ、と、とりあえず朝飯食いに行こうぜ。マキは特にしっかり食わねーとな! ぶふっ」


 咳ばらいをして仕切り直したリヒトだけど、やっぱり吹き出している。勇者の弱点は鼻眼鏡……!


 とにかく、この場で騒いでしまっては他のお客さんに迷惑がかかる。ロニーと私がアスカとマキちゃんの背を押して、1階の食堂へと下りていく。

 ささ、マキちゃん、少しずつ食べる量を増やしていこうね!




「お、おっきいお店……」


 朝食をゆっくり摂った後は、すぐにアルベルト工房へ向かった。マキちゃんは大通りには初めて来たらしく、ずっとキョロキョロ辺りを見回していたな。

 時々、目が2つじゃ足りないって言いながら興奮気味に観察する様子に微笑ましくなる。魔大陸に行ったらもっと驚きそう。知恵熱を出してしまわないか今から心配である。


「この街で一番大きなお店なんだって。奥に工房もあるんだよ!」


 すでに内部を知っているアスカが自慢げに紹介している。それに目を丸くして何度も頷くマキちゃん。2人とも可愛い。


「お店、見たい?」

「えっ!? で、でも、今日はこのお店の人に大事な用があるんじゃ……あの、私と同じように勉強したい人がいるんですよね?」


 店内に入ってからはもう、目が棚の商品に釘付けだもん。きっとゆっくり見たいはず。私としても見てもらいたいなぁ。


「答えを聞きに行くだけだから、みんなで行かなくても大丈夫だよね? 店内で待っていたらダメかな?」


 決して鼻眼鏡をかけたくないからではない。いや、ちょっとだけある。あの時のテンションにはなかなかなれないんだよ! ごめんね!

 そ、それに、工房は物がたくさんあってぞろぞろ集まったら邪魔になっちゃうし。ね、ね?


「ま、それもそうだな。俺とアスカで行ってくるか。マキの時はロニーとメグだったし」

「任せて! ばっちり話を聞いてくるよー」


 お、意見が通った! 言われてみれば確かにマキちゃんの時は私とロニーが中心だったかも。アスカも乗り気だし、せっかくなので頼みます!


「本当にいいんですか?」

「いいよ。周りのことは、気にしないで。自由に見て? メグも」

「うっ、バレてる!?」


 だって、結局まだ全部は見ていなかったから……! そんなにソワソワしていたかな、私?


「ご、ごめんね?」

「ははっ、いいって。じゃ、行くぞアスカ」

「はーい! メグ、待っててね?」


 さすがに仕事を忘れて浮かれすぎだよね。反省。でも、スチャッと鼻眼鏡を装着したアスカにリヒトと同じタイミングで笑っちゃった。リヒト、笑わないで話が出来るかなぁ?


「私の他に、一緒に魔大陸に行くかもしれない人、ですよね」


 そんなリヒトとアスカの背を見ながら、マキちゃんがポツリと呟く。私はすぐにそうだよ、と答えてマキちゃんの肩に手を置く。


「もし、セトくんが魔大陸に行くって決めてくれたとしたら、マキちゃんとは仲間になるね。一緒に魔大陸で頑張る仲間」

「仲間……」


 マキちゃんは何度か「仲間」という単語を繰り返し呟き、勢いよく顔を上げた。わっ、ビックリした。


「仲間が増えたら、嬉しいです!」


 そして、目をキラキラさせながらそう言った。うん、そうだよね。マキちゃんも1人より仲間がいた方が心強いよね。私たちとは途中で別れて知らない人と魔大陸に向かうことになるんだもん。


 当然、迎えにきてくれる人たちはみんな優しくしてくれるはずだよ? でも、また一から関係を作っていかなきゃいけない。見知らぬ土地で。


「一緒に魔大陸で頑張る仲間がもっと増やせるように、私たちも頑張るね」


 不安な気持ちはきっと、みんな同じだ。それなら、一緒に頑張れる仲間が多ければ不安も少しは解消出来るかな?

 ということは私たちがスカウトを頑張ればいいということである。そのための旅なのだから。


「ありがとう、メグちゃん」


 マキちゃんはフワッと嬉しそうに笑う。

 あ、まただ。また、どこか懐かしいような不思議な感覚。なんだろう、この気持ち。嬉しいような悲しいような、なんとも言葉にしにくい感情。

 懐かしい、のかな。でもマキちゃんとは今回、初めて出会った。それなのに懐かしいなんて。デジャヴ?


 もしかしたら、どこかで似た人と会っているのかもしれない。前世含めて出会った人はたくさんいるからね。

 夢中になって商品を見るマキちゃんを見ながら、私はそんなことを考えていた。

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