思い出の骨付き肉


 予定通り宿に戻った後、リヒトによる簡単な健康診断が行われた。さすがに医療チームや父様たちのように細かくは見られないけど、とリヒトは言うけど、十分すごいことをしているからね? 普通は出来ない。


「目立った病気はなさそうだな。ただ、呼吸器系がちょっと荒れていると思う。激しい運動とか長時間の移動はやめとこう。身体も出来るだけ温めるか」


 喘息を持っている可能性もあるけど、さすがに判断までは出来ないとのこと。そういう不安があるのがわかるだけ助かるよね。予防出来ることはやって損はないもん。

 お薬まではだせないけど、栄養のある物をしっかり食べてもらうとか、シズクちゃんのお水を飲んでもらうだけでもだいぶ身体は楽になるはず。


「オルトゥス……えっと、私たちが所属するギルドに行けば、すごーく腕のいいお医者さんがちゃんと診てくれるからね」

「うあ、ありがとうございます。なんだか、あれもこれもやってもらっているから申し訳なくなっちゃう……お返し出来るものもないし」


 マキちゃんの気持ち、わかるなー! 自分に返せるものがないから与えられてばかりだと気になっちゃうんだよね。そして今はそんなマキちゃんに遠慮しなくていいんだよ、って言いたくなる方の気持ちもわかる。

 でもなぁ、この程度で慌てていると魔大陸に行った時にもっと縮こまっちゃうと思うんだよねぇ。


「マキちゃん。あのね、魔大陸って子どもにめちゃくちゃ甘いの。みんなで子どもを守ろうとするし、全力で甘やかそうとしてくる。私たちなんてまだまだだよ。これでもかっていうくらいあれこれ世話を焼いてくれるから、覚悟がいるのはこれからなんだよ……!」

「ひえぇ……」


 案の定、ぶるりと身体を震わせるマキちゃん。わかる、わかるよ……! これは魔大陸に渡る前に、甘やかされることにちょっとずつ慣れてもらわねば。


「なんか、メグが言うとすげぇ説得力あるよな」

「悪いことじゃ、ないはず、なんだけどね」


 リヒトとロニーが複雑な顔で微笑んでいる。気持ちはわかる、というところだろうか。

 だけど、この2人もかなり過保護になってきているからね? まぁ、私もそうなる気がするからなんとも言えないけど! 小さい子には笑っていてほしいもんねー!

 私も早くそっち側に行きたい。まだ甘やかされる側だもんなぁ……。ありがたいけども。


 そんな中、アスカだけがよくわからない、といった顔で首を傾げている。


「王様になった気分ですっごく楽しいのに。大きくなったらそうもいかないんだからさー、今のうちにたっくさんワガママ言っておいた方がいいよー?」


 まぁ、アスカはそうだろうね。その考え方がほんの少しでも出来たら私もマキちゃんも苦労しないのです。

 でも、アスカみたいに喜んで受け入れてもらえると、与える側も嬉しかったりするんだけどね。遠慮する子にも喜ぶ子にも等しく甘やかす、それが魔大陸の子育てである。


 さて、健康診断と対策決めが終わったところで本日の予定はここでおしまい。もう夕方だもんね。

 明日は最初にスカウトをしたアルベルト工房のセトくんのところに行かなきゃいけないし、マキちゃんのこともあるしでのんびりすることに決定。


「ぼく、お腹空いちゃった」

「燃費悪ぃな……」


 夕飯にはまだ少し早い時間なのに、さすがのアスカである。でもご飯をどうするかを決めておくのはいいよね。収納魔道具にある食事を出してもいいんだけど、また屋台で買ってもいいしどこかのお店に食べに行ってもいい。


 出来るだけ街でお金を使いたいし、体力的にも余裕はあるからと再び私たちは街へ向かうことにした。


「マキちゃんは行きたいところあるかな? 食べたいものとか」


 もしセトくんの答えが決まっていたのなら、明日はもうこの街を出ることになる。そうなると、マキちゃんは当分この街には戻ってこない。

 もしかすると、戻ってくることはないかもしれないのだ。もちろん、希望すればまた連れて行きたいとは思っているけど。


 そのことも含めて伝えると、マキちゃんは恥ずかしそうにもじもじとし始めた。これは何か食べたいものがあるに違いない。


「遠慮なく言ってみて?」

「え、えっと、その。ご馳走になる身で本当に図々しいかもしれないんですけど……」


 そう前置きをしてマキちゃんが望んだのは、この街で最も人気のある屋台の骨付き肉だった。がっつりお肉だけを食べられるのと、濃いめの甘タレが恐ろしく食欲をそそる香りを漂わせているから特に外で働く人たちに人気なんだよね。


 いつも人だかりがある人気の商品で、値段も決して高い金額というわけではない。ただ、ボリュームがある分、他の屋台の商品より少しだけ高いけれど。


「……時々、本当に時々なんですけど、お金がたくさん入った、っていう時にあれを1本買って、みんなで分け合って食べていたんです。それが、すごく美味しくて……」


 そっかぁ。マキちゃんにとっては思い出の食べ物なんだね。そういうことなら当然、夕飯は骨付き肉にしましょう!

 もう少し見て回ってからとも思ったんだけど、思いの外早く決まったことと、アスカのお腹の虫がものすごく抗議してくるのでまだ明るい時間けど食べることにした。そんな日があってもいいよね!


 他にも別のお店でサラダを買って来たり、パンや飲み物を分担して買ったところで空いているスペースにみんなで座って食べ始める。せっかくなので、マキちゃんの思い出の骨付き肉からいただきます!


「んんっ、焦げ目がついてて香ばしくておいひぃ……!」


 こういうのはナイフとフォークでお上品にいただくものではない気がしたので思い切ってかぶりつくと、頬と鼻の頭にタレがつく。

 でもそんなものは後で拭けばいいのです。溢れんばかりの肉汁と甘いタレが合わさって口の中が肉パーティーである! 美味しいーっ!


 隣を見ると、マキちゃんも私と同じような状態で骨付き肉を頬張っていた。ふふっ、後で一緒に顔を拭こうね……。


 幸せそうに食べているマキちゃんを見つつ、私も食べ進めていたんだけど……。途中から、マキちゃんの頬を涙がぽろぽろと伝っては落ちていくことに気付いた。


「……おいしー、ぐすっ、おいしい、ね。ぅぐっ……」


 涙はどんどん溢れているけど、食べるのを止めないマキちゃん。きっと、お兄ちゃんたちとのことを思い出しているんだろうな。


 1人で丸ごと食べるよりも、3人で分け合って食べた時の方が美味しかったかもしれない。今、かなり良くしてもらっていても家族と離れる寂しさっていうのはそんなことでは簡単に埋まらないのだ。


 私も、もちろんリヒトやロニー、アスカだってマキちゃんの様子には気付いていたけれど、誰もそのことには触れなかった。いつも通り食事を楽しんで、いつも通り他愛のない話をして。そうしていたら、マキちゃんも時々クスクス笑ってくれて。


 顔は涙とお肉のタレでぐっちゃぐちゃだったけど、その笑顔はこれまで見た中で一番尊いものだった。


 食事を終える頃、マキちゃんの瞼が重くなってきているのがわかった。今日は心も疲れただろうし、たくさん泣いたもんね。


「マキ、寝ても、いい。ちゃんと運ぶから」

「で、でもぉ……」

「無理しちゃダメだよ。マキちゃんは今、身体を休めることが仕事なんだから」

「休むのが、しごと……」


 カクンカクンと頭が落ちそうで危なっかしい。マキちゃんの頭をソッと引き寄せて自分の肩に寄りかからせてあげた。


「大丈夫だよ。みんな、マキちゃんの側にいるからね」


 そのままゆっくりと頭を撫でると、マキちゃんはあっという間に眠ってしまった。わ、私、今お姉さんみたいじゃない!?

 えへへ、これまで私が色んな人にされてきたことをこうして誰かにお返しが出来るのが嬉しいな。


「アスカも食い終わったことだし、宿に戻るか」


 リヒトの言葉に小さく頷く。マキちゃんのことはロニーが軽々と抱き上げてくれた。私も運ぼうと思えば運べた、と思うんだけど……。たぶん途中で力尽きるし安定感もダメダメだから大人しくロニーに頼みます。


 休む場所は私と同じ部屋。男3人が同じ部屋で私だけ1人部屋だったからね。正直、ちょっと寂しかったからマキちゃんが一緒で嬉しい。


「うーん、宿の人に頼んで2人部屋にしてもらうか?」


 当然、私は1人部屋だったからベッドは1つだ。当然のようにマキちゃんをベッドに寝かせてもらったから、私はこのベッドでは寝れない。2人で寝るには狭いしね。


「私は床で寝るから大丈夫だよ。フカフカマットも毛布もあるし、へっちゃら!」

「そんなんでちゃんと休めるのか? いっそのことマキと一緒に簡易テントの部屋で寝てもいいんだぞ」


 リヒトもロニーもアスカも心配そうな顔になってる。やっぱり過保護だよねぇ。床に布団を敷いて寝るようなものだから問題ないのに。


「マキちゃんが目覚めた時、良く知らない場所だーってビックリさせたくないもん」

「そか。わかったよ。でも、なんかあったらすぐに言えよ? 寝ているだろうからって変な気を遣ったりもするな」

「わかった! 約束する」


 本当に約束を守るよ? そうすることがどれほど大事か、よく知ってるもん。

 逆に言わないと信用されてないんだってショックを受けるんだ。相手の気持ちになればわかる。


 ふふん、私だって失敗から学んでいるのだ。遠慮する癖はなかなか直らなかったけど、今はかなり改善されたはず。


「じゃ、ゆっくり休めよ」

「メグ、また明日ねー!」

「おやすみ、メグ」


 自分たちの部屋へと向かう3人を見送り、そっとドアを閉める。鍵もちゃんとかけて、ドアと窓の前には結界魔道具も置いて、と。

 何か不穏な気配を感じれば気付くし、精霊たちも知らせてくれるから大丈夫なんだけど、今はマキちゃんもいるから念のためね!


「ふふ、ぐっすり眠ってる」


 寝支度をする前にベッドで眠るマキちゃんの顔を眺める。泣いたからか、目が腫れているな。

 洗浄魔術をかけて、少し目元を冷やしてあげよう。あんまり冷たいと起きちゃうから、ほどほどの温度で、とシズクちゃんに頼む。

 出してもらった水をきれいなタオルにしみ込ませて軽く絞り、そっと目元に乗せてあげる。少し身じろぎしたけど、気持ちがいいのか口元に笑みが浮かんだ。


「よし、私も寝る準備しようっと」


 少しでも、マキちゃんの寂しさが和らぐといいな。それに、セトくんも。

 明日もどうか、いい日になりますように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る