初めてのスカウト


「す、すみません。僕、好きな物の話になると止まらなくて……」

「その気持ちは、わかる。気にしないで」


 ロニーに声をかけられたセトくんは、ハッとなって身体を縮こませた。私にもその気持ちはわかるからどうかあまり気にしすぎないでね。

 私が迂闊に声をかけるとまたパニックになってしまいかねないので心の中で念じておいた。伝われっ!


「師匠さんは、本当に腕のいい職人だったんだね。セトは、自分で弟子入りを頼んだの?」

「そ、そうです! まだ小さかったんですけど、毎日通って毎日頼み続けていたらついに折れてくれて。嬉しかったなぁ。最初は掃除とか片付けとか、そのくらいしかやらせてもらえなかったけど、工房を見るだけでも新鮮で、毎日がとても楽しくて……。って、ごめんなさい! またペラペラと僕ばっかり……!」


 ふふ、どうしても夢中になっちゃうんだね。ロニーは気にせず好きなだけ話してほしい、と伝えた。

 うん、私も賛成。中身のない話ってわけじゃないもんね。その中に色んな情報もあるからぜひともたくさん話してもらいたい。マイユさんの自分大好き語りとはわけが違うのである。


「師匠が亡くなる数年前に、ようやく木彫り細工を見てもらえるようになったんです。これまでも、余った木材で作るのが趣味で、それを見た師匠が口を出してくれるようになって。お前はなかなか筋があるな、って、言ってくれ、て……」


 途中まで話して、セトくんは涙ぐんだ。ああ、胸が痛むなぁ。その気持ちはとてもわかるよ。私も、大好きな人を亡くした経験があるもん。


「グスッ。ああ、すみません。えっと、なんでしたっけ。そうだ、僕、師匠の言葉は色々覚えているんですけど、特に好きな言葉があるんですよ」


 グイッと腕で涙を拭ったセトくんは、すぐに笑顔になって再び話し始めてくれた。特に好きな言葉、か。なんだろう?


「自分の好きを大事にしろ、って。悩むこともあるだろうが、結局は自分の好きがお前の助けになるからって。おかげで迷わずにいられるんです。僕は目で見たものを形として残せる職人になりたい。便利な物作りも大切ですけど……あの石像のように、記憶を形として残せるのはやっぱり憧れなんです!」


 セトくんも師匠さんも、役に立たない物を作って何になるって散々言われてきたんだって。だけど、師匠さんは好きだから作る、それ以外に理由なんかいらないって笑っていたそうだ。そのうち、理解してくれる人が現れるからその人のために作れ、と。


 なんだかいいなぁ、そういうの。好きでやることって上達も早いもんね。そういう気持ちが原動力になるんだろうな。


「そういえば、魔大陸にはそういうのないよねー? 人型の石像ってほとんど見たことないや」

「あー、人型は確かに見たことないな。魔王城には動物の像なんかがあるけど。でもあれは魔術でパパッと作ったものだって聞いたことがある。やっぱ、人の手で作りだしたものとは温かみが違う気がする」


 確かに、何の役に立つんだろうって思う人はいると思う。魔大陸の人たちなんて余計にそう思う人が多いんじゃないかな?

 でもリヒトの言うように温かみがあるから、見ているだけで何かしらを感じ取ってほしい。そういう、芸術を楽しむという文化があってもいいはずだ。まだ人間の大陸にも浸透しているわけではなさそうだけど。


「こういう文化が、魔大陸にもあったら、いいね」


 ちょうど、私が思っていたことをロニーが口に出した。


「気に入る人はたくさんいると思うー! ぼくも好きだし!」


 いち早く反応をしたのはアスカ。そっか、アスカもいいな、って思ってくれたんだ。もちろん、私もすかさず賛同をしたよ! ついでに意見もちょっと添える。


「手作りは一点物だし、アニュラスに見てもらったらその価値もわかるんじゃないかな?」

「お、それはいいな。商業ギルドトップの目利きは確かだし。ただ価値の有無は職人の腕次第になるけど」


 こういうのは専門家に任せるのが一番である。ダンジョンの攻略に行った時、お店に並ぶ品物を見るルーンたちの目はすごかったもん。間違いなく、アニュラスの大人たちも見る目があるはずだ。

 ちゃんと見定めて、商品に見合った価値を付けてくれるだろう。そういう実績と信頼があるのだ。


 っと、先走って考えてしまったけどその前に大事なことがあったね。まずは職人をスカウトするところから始めなければ。声をかけるのは当然、目の前にいる彼である。


「ね、セト。君は、魔大陸で勉強する気、ない?」

「魔大陸で……。えっ!? ぼ、僕が魔大陸に行くんですか!?」


 ロニーが本題に入ると、セトくんはわかりやすく動揺を見せた。まぁそうだよね。その性格からして、反応は予想出来ていた。

 たぶん、断るんじゃないかな? 自分には無理だって。


「む、無理無理無理ですよぉ! まだまだ未熟ですし、アルベルトさんへの恩返しもまだですしっ!!」


 当たりー。いや、当たってほしかったわけではないよ?

 でも、恩返しかぁ。セトくんはしっかりしているな。それならなおさらこのチャンスは掴んでほしいんだけどな。


 というわけで、説得はここから始まるのだ! ロニー、任せたぁっ!


「未熟だから、勉強、する。魔大陸の技術も取り入れたら、セトはもっと成長できる。その成果を、ここに持って帰ってこられる、よ?」

「え、戻って来られるんですか?」


 んん? あれ? セトくんってば、ものすごく驚いてない? しかも予想外のところで。も、もしかして、魔大陸に行ったら帰って来られないと思ってたり……?


「当たり前だろ。もちろん、魔大陸に残りたいってなったらその選択も取れるようにする。故郷のために技術を身につけて、成長してから戻って来たっていい。そこは自由に決めていいんだ」


 リヒトが説明を引き継ぐと、セトくんは知らなかった、とさらに驚いたように口の中で呟いた。やっぱりそう思っていたんだ。

 ええ? なんでそんな認識になっちゃっているんだろう? まるで恐怖の大陸じゃないか。良くない、良くないぞー? 魔大陸のイメージが悪くなりかねない。


「ほぉ、そうだったのか。たぶんだが、みんな魔大陸に行ったら戻って来られないと思ってるぞ?」

「な、なんでまたそんな誤解が……」

「未知の大地だからなぁ。不安と恐れがそういう噂になっちまったのかもな」


 アルベルトさんまで! うーむ、よくわからない存在な上、中途半端な情報だけが耳に入るとそんな噂が広まってしまうんだなぁ。

 うん、直接この大陸に来てよかった……! 他の調査隊も同じことでビックリしてそうだな。


「と、とにかく! 魔大陸はそんなに怖い場所じゃないよ! 魔術は普通に飛び交っているし、魔物もいるけど……人の住む場所は安全なところが多いから!」

「そーそー! それに引率するぼくたちが絶対に守るしー」


 せめて、ここにいるセトくんとアルベルトさんの誤解はしっかり解いておかないとね! アスカと並んで両拳を握って熱弁すると、ブフッとリヒトが吹き出した。

 あ、まだ鼻眼鏡を着けたままだったね。締まらない……!


「で、ででででも、その、突然すぎて、決められません! す、すみません……」


 セトくんは身体を縮こまらせてペコペコと謝っている。ああ、そんなに頭を下げなくても大丈夫だよー!


「もちろん、すぐに決めてとは言わないよ。アルベルトさんの、許可もいるだろうし」

「おう。返事はまた次の時でいいんだ。行くにしろ、やめておくにしろ、心が決まったらここに連絡してくれ」


 震えるセトくんの背に手を回し、ロニーが穏やかに微笑む。落ち着くよねー、ロニーの手って! おかげでセトくんもほんの少しだけホッとした表情になってくれた。

 一方でリヒトは収納魔道具から紙を取り出すと、セトくんではなくアルベルトさんに差し出した。セトくんはまだ成人したばかりだというし、ここで働いているわけだから責任者に渡した、ってところかな。


「ここ、って……契約書、か? こんな大事なもん、管理出来るか自信がねぇぞ?」

「問題ねーっすよ。それは特殊な紙とインクで出来てるんで、関係者以外は内容が読めないし、紛失してもすぐ戻ってくる。当然、燃やしたり破いたりも出来ないぜ!」

「……ちょっとお前さんが何を言ってるのかわかんねぇ」


 あー、リヒトもだいぶ染まっているもんね。オルトゥスの技術力が凄すぎて感覚が麻痺しているのだ。思わずクスッと笑ってしまったよ。

 初めて会った時なんか、収納魔道具の存在だけでものすごく驚いていたのに、懐かしいなぁ。立派に驚かせる側になって……。仲間が増えたなぁ。しみじみ。


「あー、とにかく。色々と心配しなくても大丈夫ってこと!」

「な、なんかよくわかんねーが、大丈夫だってことはわかった」


 うん、それだけわかってくれればオーケーである。

 とはいえ、今日聞いたばかりで色々と混乱もしているだろうから、まずは落ち着いてもらい、魔大陸への留学がどういうものかを知ってもらう。その上で色々と聞きたいことも出てくるだろうから、私たちは5日ほどこの街に滞在すると伝えた。


「5日後にまたここに来るからさ、質問があったらその時答えるよ。セトの答えが出てればそれでいいし、まだ考えたかったらそれでもいい」

「焦る必要は、ない、よ。僕たちは、長命だから。いくらでも、待つ」


 そう。ゆっくりでいいのだ。急ぐ必要はどこにもない。というかたぶん、人間の方が「大丈夫?」って心配したくなるほど心構えがのんびりだと思う。


 何はともあれ、セトくんにとって最良を自分で選んでほしい。私は一歩前に出て、そーっと鼻眼鏡を外した。せめてここを出る前くらいは、ちゃんと顔を見てほしいもん!


「でも、来てくれたら嬉しいって思うよ。きっとすごくいい経験になるから。たくさん考えて、悩んで、自分で道を決めてね」

「ひゃっ!? ひゃい……!」


 やっぱりセトくんを緊張させることにはなってしまったけど、倒れなかったからちょっとは慣れてくれたのだと思いたい。


 さて、後はもう立ち去るのみ。いつまでもここにいたら仕事の邪魔になっちゃうからね!

 私たちはまた5日後に、と言い残し、ぞろぞろと部屋から出て行った。

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