秘密兵器


 倒れてしまったセトくんをこのままにはしておけないということで、工房の仮眠室に連れて行くことになった。もちろん、私たちも同行させてもらう。

 それにしても驚いた。まさか倒れちゃうなんて。


「いやぁ、予想外だったなぁ。すまんなぁ、天使様」

「い、いえ! むしろこちらこそすみません?」

「ぶはっ、まぁ疑問形にもなるよなぁ。でもメグのせいじゃねーよ。気にすんな」


 リヒトはそう言うけど、倒れてしまう原因を作ったのは私だもん。気にはなるよ。どうしようもないけど。


「そうさ、天使様はなんも悪くねぇ。というか誰も悪くねぇな。ま、予想外の出来事すぎて頭がパンクしたんだろ。そのうち気が付くさ」


 うん、確かに誰も悪くないってのが正解かも。むむ、アルベルトさんにまで気を遣わせちゃったな。過ぎたことは仕方ないんだから、切り替えていこう!

 目覚めた時に私が浮かない顔をしていたら、セトくんも気にしちゃうだろうし。よし、笑顔、笑顔!


 ぞろぞろと連れ立って仮眠室にやってきた私たち。全員が集まるにはちょっと狭い部屋だったけど、元々、彼とは落ち着いて話もしたかったのでその場にいさせてもらうことになった。


 ベッドに寝かせられたセトくんだったけど、意外とすぐに目を覚ましてくれた。うーん、という呻き声とともにゆっくりと瞼が開いていく。


「んー……はっ! あ、あれ? ここは、仮眠室? ゆ、夢、だったのかな……?」


 どうやら混乱しているらしい。ごめん、夢ではないです。

 上半身を起こして頭を掻くセトくんは周囲を見回し、人の多さに驚いたように目を丸くした。


 そして、その目が私を認識したところですかさず声をかける。ま、まずは話をー!


「こ、こんにちは! あの、大丈夫……?」

「っ、て、てんっ……!」


 声をかけるのとほぼ同時に、セトくんはさっきと同じように目を見開いて口をパクパクさせ始めた。こ、これはまずいのでは!?


「あーっ! 待って、待って、気をしっかりー! また倒れちゃう」

「ひぇ、天使様が、2人……!?」


 慌てて彼の背を支えたのはアスカだった。しかし、至近距離でアスカの顔を見たセトくんは、その美しすぎる姿にさらに身体を硬直させてしまう。

 しまった、人選ミス!!


「はい、落ち着いてー! ほら、とりあえず深呼吸だ。な? あ、俺はリヒト。よろしくな!」

「僕は、ロナウド。はい、水も、どうぞ」

「え、あ、え? は、はい。あの、僕は、セトです……?」


 再び倒れそうなところで私とアスカの前にグイッと割って入るリヒトとロニー。まずはセトくんの視界から私たちエルフを消す作戦のようだ。心中はとても複雑である。

 まだ混乱した様子のセトくんだったけど、リヒトとロニーによる強引な会話に、どうにか意識を保てたようだ。ホッ。


 ふむ。ここはひとまず、お任せするしかなさそうだね。


「むー。美しすぎるのも問題だねー?」


 2人の背後でコソコソと、アスカが顎に手を当てながら小声で呟く。

 そうなのかもしれないけど、アスカは本当に直球だなぁ。嫌味がないのがまたすごい。


「確かに天使様で間違いないけどさ、俺達、お前と話したいことがあるんだ。どうにか耐えてもらえねーかな?」

「ぼ、僕にですか? が、がががが頑張ります……!」


 冷静に話をしたことでやっとセトくんの心の準備が出来たっぽい。

 ちゃんと先に教えてやったのに……、とアルベルトさんがぼやいているのを見るに、聞かされた時は冗談か何かだと思って信じていなかったのだろう。

 まぁ、ある日突然、天使様が来たぞ、なんて言われても簡単には信じられないのもわかる。


 さて、いつまでもコソコソとはしていられない。私とアスカはそーっとリヒトとロニーの背後から顔を覗かせてみた。

 私たちに気付いた赤毛の少年は、肩に力が入ったままこちらに目を向けた。だ、大丈夫、かな?


「あ、あう、あう、ああ……天使……!」


 や、やっぱりダメかなぁ? でも、グッと拳に力を入れて耐えてくれたのが見て取れた。よ、よし! 意識は保てた!

 とはいえ、チラチラこちらを見てはブワッと顔が真っ赤になって、言葉にならない声を発するのは変わらない。なんか、だんだん見ていてかわいそうになってきた。それにこれでは話が全く進まない。


「あの、無理させるのもなんだし、私とアスカは部屋の外にいようか?」

「えっ……!?」


 話をするだけなら私たちはいなくても大丈夫だもんね。そう思っての提案だったのだけど、それを聞いて真っ先に反応したのもセトくんであった。そ、そんなに絶望的な顔をしなくても……!


 だって目が合う度に大慌てで、もはや涙目なんだよ? とはいえ、大丈夫ですからぁ! と必死で私たちを引き止めてくれているから、退室するのも気が引ける。

 フードを被ったり口元を隠してみたりもしたけど、目が合うのがダメっぽい。む、難しいな? どうしたものか。


「あ、そうだ。これならどうだろう」


 八方塞がりになりかけた時、私は閃いた。

 要は、緊張を和らげられればいいんだよね。自分で使うことになるとは思ってなかったけど、これなら笑ってくれるかも。


 そう思いついて取り出したのは秘密兵器! 父様のお忍び変装アイテム、鼻眼鏡である! 髭付き!! 

 私はすかさず鼻眼鏡を装着した。スチャッとね!


「ぶっはっ! め、メグ、おま、お前それぇ! 魔王様のヤツだろ! 何で持ってんだよ!!」

「あははははは! 何それぇ! 面白ーい! ぼくも着ける!」


 厳密に言うと、お父さんが面白がって作らせたものを私が父様にあげたのだけど、まぁいい。

 欲しがるアスカにも同じ鼻眼鏡を渡すと、アスカも戸惑うことなく装着。


「どお?」

「んふっ、アスカ変な顔ーっ!」

「メグだってかなり変だからね? あはっ、楽しいっ!」

「や、やめ、2人ともっ、ひー、腹、痛ぇ……ぶはっ!」


 仮眠室には鼻眼鏡を着けたエルフが2人に、お腹を抱えて笑い転げるリヒト、だっはっはっ、と一緒になって笑うアルベルトさんに、静かに肩を震わせて笑うロニー。それから、ぽかんとした様子のセトくん、というカオスな空間が出来上がっていた。

 笑いたくば笑うがいい! もはや目的のためなら笑い者になっても構わないという心持ちだぞーっ!


 さて、これならセトくんはどうかな? 緊張は解けただろうか?

 そう思ってドキドキしながら眼鏡越しに目を合わせると、数秒後にセトくんがプッと吹き出した。


「ふ、ふふっ、あははっ! も、もう、天使様ってば、お茶目なんですね! あはははっ」


 やったー! 笑ってくれた! 鼻眼鏡作戦成功だー! 絵面に締まりがないけど結果オーライ! アスカと思わずハイタッチ!


 よしよし、これで話も進められるね。そう思って鼻眼鏡を外そうとしたのだけど、ああっ! というセトくんの叫び声で手が止まる。


「とっ、取らないでくださいっ! まだご尊顔を見るのは、み、みみみみ」

「わ、わかった! 取らないっ!」


 慌てて眼鏡を着け直す私とアスカ。どうやらしばらくはこのままでいなきゃいけないらしい。


 え、この状態で真剣な話をしなきゃいけないの? ま、まぁいいか!

 ただ、リヒトが笑いのツボから抜け出せたらいいんだけど。あ、呼吸困難になってる。無理そうである。


「僕が話すから、大丈夫。ふふっ」


 戦力にならないリヒトを横目に、自身もまだ少し笑いつつもロニーが話を引き継いでくれた。頼りになるぅ!

 でもあんまりこっちを見ないで、って言われてしまった。ちょっぴり切ない。アスカと2人、すごすごとロニーの背後に移動した。

 なにこの状況。いやいや、冷静になっちゃダメだ。私まで笑いのツボにハマりかねない。


「セト。魔大陸では今、人間の大陸から、勉強に来る人を探しているって話、聞いている?」

「は、はい」

「僕達は、天使像を作った人に、声をかけたいって思った。けど、もういないって聞いた。だから、弟子である君の話を、聞きたいんだ」

「ああ、師匠のことですね? わかりました、なんでも聞いてください!」


 セトくんは師匠さんの話になった時、ほんのわずかに切なそうに目を細めたけれど、とても嬉しそうにも見えた。亡くなってしまったのは悲しくても、本当に尊敬出来る師匠さんだったんだなってそれだけで伝わってくるよ。


「師匠は、よく天使様のことを話して聞かせてくれました。空に浮かんで見えた微笑む天使様は本当に愛らしくて、見ているだけで幸せになったって。だから、石像を作ってほしいと国から依頼があった時は嬉しい気持ちとともに責任の重さを感じたって言っていました」


 師匠さんはそう言いつつも、目に焼き付けた私の姿をなんとか形にしようと何年も時間をかけたのだそう。そして出来上がった石像に本人も誇らしげにしていたという。な、なんだか照れちゃうな。


「僕はその石像を見て、自分もいつか作れるようになりたいって思ったんです。だって、あんなにも美しい像は初めてで……! でも師匠はいつも、実物はもっと美しく、愛らしかったとも言っていましたね。自分の仕事には誇りを持っていましたし、出来には満足していましたけど」


 セトくんの師匠語りは止まらない。心なしか早口になってきた気もする。


「大げさだって思ってました。絵画や像って、大抵は実物よりも美しく出来るものじゃないですか。だからそんなわけないって。そう、思っていたんですけど……」


 うんうん、そういうものだよね。実物を美化させて作る、なんていうのはよく聞く話だもん。

 あの像も本当に綺麗だった。すごく恥ずかしかったけど、それは本音だよ?


 ……ん? あれ? セトくんの様子が変だぞ? 顔が蒼ざめてない?


「じっ、実物の方が美しいなんて、そんなこと、あ、あああああるんですね……! 本当にすみませんっ! ぼ、僕は、なんて罰当たりなことを考えていたんでしょう! あぁぁぁ……」

「ま、待って!? 石像の方がずっと綺麗だよね!?」


 そんなわけないのに! と、とりあえずまた落ち着いてもらわないと。

 赤くなったり青くなったりで感情がジェットコースターになっているみたいだ。普段からこうなのかな? こっそりアルベルトさんに聞いてみる。


「ああ、普段も何かと顔に出やすい素直なヤツだが、ここまで激しいのは俺も初めて見たな。こりゃ夜にでも知恵熱出すかもな! だっはっはっ!」


 笑いごとなの!? 本当に知恵熱が出たらどうしよう。よし、こっそり解熱作用のある薬を後で渡しておこうっと。


 さ、ロニー! そろそろもう少し先まで話を進めてください! あっ、こらアスカ! 欠伸しないのっ!

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