手続き


「うわぁ、部屋の中もすごく綺麗!」

「でっしょー。この部屋は特に、だけどね。他の客室もなかなかのものだよ!」


 ドアが閉まって部屋の奥まで進むと、その豪華さに思わず感嘆の息を漏らした。まさしく高級ホテルだ。宿と呼ぶのが申し訳なくなるよ。

 大きめのベッドが二つ置いてあるし、クローゼットや棚はもちろん、軽い飲食が用意出来るような簡易キッチンもついているし、バスルームまで完備。すごい。


「今日はお風呂、一緒に入ろ? 私ね、いい香りのする入浴剤を持ってきたの! あ、入浴剤って知ってる?」


 どうやらルーンも湯船に浸かるタイプのようだ。っていうか、入浴剤なんてあるの!? もちろん知ってはいるけどこの世界に来て初めての物である。


「知ってる! けどまだ入ったことはないの」

「いい反応だね! グートは身体に匂いが残るからって入れるのを嫌がるんだよねー。それがいいのにっ。でも今日は遠慮なく使っちゃお」


 だからいつもグートの後にお風呂に入って入浴剤を使っているんだって。なるほどー。ふふ、今日の楽しみが出来ちゃったな!


「あとは、今日の夜! 寝かせないからねー?」

「え、ええ?」

「メグとは2人っきりでいろいろとお話したかったの! 女の子同士できゃぴきゃぴしたかったのー!」


 きゃぴきゃぴって。いや、でも、うん。実を言うと私もちょっとそういうの、やってみたいなって思っていたよ。

 同じ年頃の子と色んな話をするのは憧れでもある。前世の頃から割と単独行動が多かったから、とても新鮮なんだよね。でも、睡魔に勝てるかな?


「さ、部屋の確認も出来たし、早く1階に行こう? 街の散策も楽しみ! 美味しい物とか可愛い物があったらいいな」


 何かお揃いで買うのもいいよね、とルーンはどこまでも楽しそうだ。とてもダンジョン攻略のために来たとは思えないはしゃぎっぷりである。まぁ、ダンジョンに潜る時も今みたいにはしゃいでいるのだろうけど。

 私なんか緊張して震えちゃうようなタイプだから、なんでも楽しめるルーンが少し羨ましいな。でも、一緒にいるだけで緊張が解れるから助かるよ!


 私の手を取って部屋から出るルーン。

 なんだか、身体は成長しているけどルーンだけは昔から印象が変わらないな。そのことにホッとしてしまう自分がいる。私の周囲には成長とともにどんどん変わっていく人たちが多いからかもしれない。


 もちろん、すでに成人した人たちはそこまで大きな変化はないけど、ほら、同年代の変化を見ていると置いていかれそうって思っちゃうというか、不安を感じちゃうんだよ!

 だから、ルーンのその無邪気さは大人になっても失われないでいてほしいなって思った。


 宿の1階で待ち合わせた私たちは、早速ダンジョンの受付に向かう。そこは円形の広場になっていて、外周に沿って色んな屋台が並んでいた。簡単に食べられる軽食はもちろん、ダンジョンに挑むにあたって必要になる薬や道具なんかも売っているみたい。


 広場は思っていた以上に人が多かった。力試しをする人や、攻略しようと張り切っている人たちが多いからか、どことなく緊張感が漂っているというか、独特な雰囲気を感じる。


「こんにちはー。明日ダンジョンに潜る予定なんで、受付だけ先にしちゃっていいすか?」


 キョロキョロと周囲を見回しながらワイアットさんについていくと、いつの間にか受付場所に到着していたようだ。……あ、この人、見覚えがある。


「こんにちは。あっ、オルトゥスの方ですか! えっ、特級ギルドの方々がなぜここに?」


 そうだ、そうそう! 私が初めてこの世界に来て、ギルさんと一緒にダンジョンを出た時に話を聞いてきた人だ! わ、懐かしい!

 でも、あの時の私は隠蔽の魔術でその存在を隠されていたので、この人にとって私は初対面だ。顔に出ないように気を付けねば。キリッ!


「なるほど、子どもたちの試験に……。え!? ダンジョンの攻略を、子どもがですか!?」


 あ、これが一般的な反応ってやつだ。そうだよね、普通は子どもが出来るようなことじゃないもん。

 ずっと特級ギルドに所属していて、訓練をこなしている私たちの方が普通ではないのだ。普段、すごい人たちに囲まれて過ごしているから忘れそうになるよ……。


「大丈夫。危険があったとしても俺がいるし! その辺りの判断は見誤らない自信があるからさ。それに、こいつらならやれるって思ってるしな」


 ワイアットさんが自信満々にそう告げ、私たちに視線を向けた。流し目だ。普段、少年っぽいノリだけど、ふとした拍子に双子のオーウェンさんっぽく色気が漂うのは反則だと思います。これが、ギャップ……!


「さ、さすがは特級ギルドの方ですね。子どもといえど、それなりの敬意を払うべきでした。ダンジョンに潜るのは4名でよろしいですか? こちらの文面を読んでいただき、合意書にサインをお願いしますね」


 おぉ、切り替えた。子どもだからって侮ることなく対応してくれるのはプロの仕事だね。

 私たちは一枚ずつ書類を受け取ると、それぞれで目を通し始めた。


「う、うーん。難しい言葉ばっかりでよくわかんないよ」


 しばらくすると、ルーンが困ったように眉尻を下げてそう呟いた。まぁ、確かに難しい言い回しではあるかも。それでも、日本にいた頃の書類に比べてだいぶ優しいけど、こればかりは経験の差だよね。

 私はオルトゥスの受付で書類の整理も少し手伝わせてもらっているからそこまで苦ではない。要は慣れだ。なのでルーンに一つ一つ説明をしていく。


「えっとね、この部分は……ダンジョンの攻略中に得た戦利品は手に入れた人のものなので持ち帰ってもいいけど、それは自分のだ! って揉めることがあったとしてもダンジョンの管理者は何もしないよー、っていう意味だよ。他にも、どんな揉めごとがあっても当人同士で解決してねって」


 たぶん、過去にそんな感じの事件があって揉めたんだろうなぁ、と思うとやるせないねー。世界が違ってもクレーマーっていうのはいるものだし。本当、お疲れ様ですよ……。


「なるほどー! じゃあこれは?」

「ああ、それはもし命を落とすことになっても自己責任だから、文句を言ってこないでねって意味かな」

「ふぅん。基本的に何があっても責任は自分でとってねってこと?」

「あはは! ざっくり言うと、そういうことだね」


 そうなのだ。結局何が言いたいかというと、明らかにダンジョンの異変といえることではない限り、管理者は責任を負いませんよ、と言っているのだ。潔い。

 でもそのくらいの方がわかりやすくていいよね。ただ、命に関わることだとその怒りや悲しみをどこにぶつけたらいいのかわからなくなるのかもしれないけれど。


 そもそも、ダンジョンに挑むって決めたのも本人なわけだから、何があっても文句を言えないのは当たり前のことだ。私も、ワイアットさんがいるからって油断しすぎないように気を付けないと。


「ルーン、お前もいつかアニュラスの正式メンバーになるなら書類の読み方くらい慣れた方がいいんじゃねーの?」

「こ、これから頑張るもん。グートこそ、人と話すのが苦手なのをなんとかしないと、証人として致命的だし! 交渉なんて出来たものじゃないでしょ!」

「う、うるせー。俺だってこれからだよ!」


 なるほど、それぞれ得意分野が違うんだね。ルーンは交渉とか得意そう。無邪気に距離を詰めてちゃっかりといい条件をむしり取りそうだよね。

 一方でグートは事務作業とか文面の粗探しとか、そういうのが得意っぽい。2人で協力したらむしろ最強なんじゃない? 将来が怖いような楽しみなような双子である。


「はい、確認出来ました。挑戦は明日からですね? 準備をしっかりと……って、あなた方には必要のない助言でしたかね?」

「そんなことないすよ。注意点や助言は何度聞かされたっていいものだし」


 ワイアットさんの言う通りだ。私たちのためを思って注意してくれているのだから、ありがたい気持ちしかないよ!

 だけど受付の人曰く、そんなことはわかっていると突っぱねる人が多いんだって。うーん、色んな人がいるからなぁ。この人だって仕事なわけだし、親切で言ってくれているのに、大変だな。


「だから、そう言っていただけるとこの仕事も捨てたものじゃないなって思えます。明日また、お待ちしていますね」


 受付の人はそう言うと嬉しそうに笑って頭を下げた。本当に嬉しそうだ。この人のためにも、明日からは油断なく望まないとね!


「ねね、もうこれで終わりでしょ? 散策タイム? 自由時間!?」


 広場から出ると、ルーンが待ちきれないといった様子でワイアットさんの服の裾を引っ張っている。可愛い。


「ん、自由時間でいいけどー、約束は守れ。絶対に個人行動はしないこと。俺はあんたたちを預かってる立場だし、目を離すわけにはいかないからさ」

「もちろん! 勝手にどこかに行ったりはしないよ! ねーねー、ワイアット! 私、お買い物がしたいの!」

「うはー、女子の買い物かー。りょーかい、りょーかい。……おいグート。もしかしてコレ、長くなるヤツ?」

「……諦めてください」


 ひゃっほー! と喜ぶルーンと背後でコソコソ語り合う男性陣の温度差がすごい。

 しかし私はルーンの味方だ。だって買わなくても色々見て回るのは楽しいもん。少し長くなっちゃうのは仕方ないのである。私もワクワクしてきたかも!


「あの、陽が暮れる頃には終わらせますから。私も、じっくり見て回ってもいい、かな?」


 しかも、同年代の友達とのショッピングだよ? あれなんかどう? これも可愛いよね、とかお話しながら見て回るのなんて、何年ぶりかって話ですよ!

 自分でもソワソワが隠しきれていないのがわかる。だからやれやれ、って気持ちを隠せない生温い眼差しも甘んじて受け止めますとも。


「よぉし。今日は覚悟を決めるとするかねー。グート、頑張ろうぜ」

「こういう機会は滅多にないですしね。ワイアットさんがいてくれてよかったです……」


 ごめんね、男子たち! あんまり長引かないように気を付けるから! すでに目をキラキラと輝かせて前を行くルーンに駆け寄り、隣に並ぶ。レッツ、ショッピーング!

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