大人への階段


「なるほど、ウルバノは主人を決めたんですね」

「く、クロンさんっ!」


 私が戸惑っていると、どこからともなく現れたクロンさんが納得したようにそう言った。いつも通りの完璧なメイド服姿だ。って、そうじゃなくて。


「あの、どういうことでしょう?」


 いまだに膝をついたまま動かないウルバノの真っ直ぐな瞳にしどろもどろになりながら、私はクロンさんに説明を求めた。クロンさんはフッと目元を和らげ柔らかく、微笑んだ。


「巨人族は、戦士の血筋です。何かを守るために戦う戦士。種族柄、主人と決めた相手や物を生涯守ることを誇りに思う者たちです。大体は集落の長や集落そのものを守ると決めて生涯を終えますが、ウルバノは独り身。そして出会ったメグ様を生涯守りたい相手と決めたのでしょう」


 な、なんだそのカッコいい種族……! いやいや感心している場合じゃなくて! そんな、そんな大事な物が私でいいのだろうか。申し訳ないような、でもウルバノがそこまで立ち直ってくれたことが少しだけ嬉しいような、複雑な心境だ。


「認めてやってください、メグ様。ウルバノはまだ子どもですし、今もこれから先も、メグ様の方が能力的には上回っているかもしれませんが……。ウルバノがようやく見つけた生き甲斐です。今すぐ側に付き従うわけでもありませんから、どうかあの子の目標になってもらえませんか?」


 私からもお願いします、とクロンさんは軽く頭を下げた。うっ、そんな風に言われたら断れないよ。そもそも、嫌だとか断る気は最初からないんだけど……。


「ほ、本当に私でいいの?」

「メグ様が、いいんです。巨人族は、強い者に憧れるから……。メグ様の戦いを見て、オレは、追い付きたいって、思って。仕えるなら、この人がいいって思ったから!」


 ウルバノが、こんなにもはっきりと自分の意見を言うのを初めて見た。真剣、なんだ。私が精霊と契約したり、特殊能力を使う時と同じように、心に従った結果、そう決めたんだね。

 それなら、受け止めるべきだ。この縁を大事にしたい。


「じゃあ、約束しよう?」

「約束、ですか?」


 私は小指を差し出して、ウルバノに提案をする。


「うん。強くなって、ウルバノが自分に自信を持てるようになったら、また言いに来て! そうしたら、認める。その時までに、私もウルバノが仕えるにふさわしい人に近付く努力をするから」


 今、認めてしまうのは簡単だ。でも私も突然すぎて、精霊以外の誰かの主人になるなんて、心構えが出来ていないから。だから、準備期間が欲しいなって思ったのだ。お互いにもっと成長したその時には。


「! はい! 必ず、言いに行きます!」

「うん。お互いに頑張ろうね」


 その時には、新しい関係が築けると思う。未熟な者同士、頑張っていこう。そういう決意を込めて、私たちは小指を絡ませた。


「なーんか、すごいことになってない?」

「ルーン!」

「う、ウルバノ、お前、結構やるヤツだったんだな……」

「グートも! どうしたの?」


 約束を交わしてウルバノも立ち上がった時、どうもやり取りを見ていたらしいルーンとグートがこちらにやってきた。声をかけるタイミングを窺っていたという。


「お別れをちゃんと言っておきたいなって思ってねー。それとお祝い! メグ、優勝おめでとう!」

「お、おめでとう、メグ」

「ありがとう、2人とも!」


 これから挨拶に行こうと思っていたところだったから、すれ違いにならなくてよかったよ。それと、2人にお祝いを言われてそういえば優勝したんだった、って思い出したのは内緒だ。だって! それどころじゃなかったんだもん! 優勝だって大ごとなのになんてこった!


「なんか、メグの強さとかさっきのこの子の姿を見てたら、負けてられないな―って思ったよ。うーっ、悔しい! 次に会った時は、もっと強くなってるんだから。覚悟しておいてよねっ」


 ルーンはふわふわのツインテールを揺らしながら軽く地団太を踏みながらそう宣言した。ふふっ、負けず嫌いだけど向上心のあるルーンは、見ていて気持ちのいい性格だな。もちろん、その時は私だって負けないよ、と言い返しておく。


「俺も。今度は勝つからな! でも、本当に強かったよ、メグ」

「ありがとう、グート。グートだってすごかったよ?」

「あ、ありがと。あ、あのさ。それで俺、いつかメグに勝てるくらい強くなったらさ、その」


 ルーンと入れ替わるように前に出てきたグートは、なにか言い難そうに目を泳がせている。なんだろう? 変な様子だったけど、まだ話は続いているようなので黙って続きを待つ。


「っ、その! 俺が勝てるようになったら、言いたいことがあるから! あの、待ってて、くれるか?」

「言いたいこと? 今じゃダメなの?」


 いまいち話についていけなくて首を傾げると、グートがウッと声を詰まらせた。あれ、変なことを聞いちゃったのかな。なんだか顔が赤くなっているけど……。


「えっと、言いたいことっていうのは、えーっと、俺、俺と……っ」


 グートが何かを決心したように口を開きかけたその時、視界の端にコソコソと動く3人の影が見えてパッと振り向く。すると、黒くて長い髪をサラリと流した女の子、ハイデマリーと目が合った。わ、ビックリした!


「青春ですねー? ふふっ。ああ、あたしのことはお気になさらず。さぁ、続けて?」

「あ、ちょっとハイデマリー! 良いところだったのにぃ!」


 なにやらニマニマと嬉しそうなハイデマリーの隣には、白銀の髪をお下げにした女の子がいる。あの子は確か、初戦でグートと戦ったステルラのピーアちゃんだ、


「……2人とも、だよ。ピーア、お前もだ。あー、ごめんねぇ。邪魔するつもりはなかったんだけど」


 それから同じくステルラの成人間近な男の子、マイケまで! あれ、なんだか未成年部門に出場した人たちが集まってるな?


「ちょっと、ちょっとぉ! ぼくがいない間になんか楽しそうじゃんっ」

「あ、アスカ」


 ひょいっと私の後ろからポンと背中を叩いてきたアスカも来たところで、本当に勢揃いしちゃったみたいだ。なんだかすごい。でも、みんなと最後に挨拶したいって思っていたから嬉しいな。


「あ! ごめんね、グート。それで、なんだった?」

「……やっぱ、いい。俺が勝った時に言うから、待ってて」


 ついグートの話が途切れちゃったね。がっくりと肩を落として拗ねたようにグートは自分の話を終わらせてしまった。本当にごめん……。


 せっかく揃ったのだから、ということで、私たち子ども組はそれぞれの今後について語り合った。みんな成人したら、今回出場したギルドに所属して活躍するのが夢だという。

 やっぱりそうなんだね。それぞれ、優秀な人材が育っているみたいで各特級ギルドもさぞ安心だろうな。私も頑張らないと。


「あ、でもメグはいつか魔王になるもんね? 今の魔王様が若いから、まだまだずっと先のことだとは思うけどさ」


 話の流れで、アスカがそんなことを言い出した。そうだ、私はいつかは魔王になる。魔を統べる者に。


 前まではそれを聞くと、心が苦しくて仕方なかったんだけど……。なんだろう。今はそんな苦しさは何も感じない。迷ってる部分はあるよ? オルトゥスにいたいっていう願望は今もあるし、魔王になることを渋る気持ちもある。でもなんていうか、気持ちが軽くなったっていうか。


 これも、魂を分け合えたおかげかな。魔力が安定しているから、こんなことくらいじゃ精神も揺るがなくなっているんだ。リヒトのおかげだね。


「そう、なるのかな。でも、先のこと過ぎてまだ想像がつかないや」


 だから、笑いながらそう答えた。アスカも他のみんなも、それはそうだよね、と一緒になって笑い合ってくれる。それが無性に嬉しく感じた。


 私にも、仲間が増えたんだなってそう思えたから。たとえ所属ギルドが違くても、共に目標に向かって頑張る友達で、仲間なんだもん。すごく心強いよ!


「メグー! お、なんだこんなところにいたのか」

「おー、ちびっ子大集合だなー」


 ワイワイ話をしていると、お父さんが私を呼ぶ声が聞こえてきた。ルーンとグートのお父さんであるアニュラスのディエガさんも一緒だ。


「マイケ、ピーア。挨拶は出来ましたか?」

「イザークさん!」

「はい、もう大丈夫です!」


 続いて、ステルラからはルド医師の甥っ子さんであるイザークさんがお迎えに。近くで初めて見たなぁ。そのままさようならの挨拶をしただけで立ち去ってしまったから話までは出来なかったけど、一目だけでも近くで会えてよかったかも。いつか、話も出来るといいな。


「ハイデマリー! 勝手にウロチョロすんなって言ったんだし! いい加減言うことくらい聞けし!」

「あーあ、うるさいエピンクが来ちゃいましたね。では皆さん、またどこかでお会いしましょうね!」

「うるさいエピンクとはなんだし! っとに生意気なガキなんだしっ!!」


 そして、シュトルからはエピンクが。なんか、初めて会った時の印象とはガラッと変わって見えるなー。ハイデマリーに振り回されている様子が、なんだかおかしいや。


「それじゃ、メグ。また会おうね! 絶対だよぉ?」

「もちろんだよ、ルーン! 手紙も書くからね」


 今回で一番仲良くなった気がするルーンとは両手でブンブン握手をした。サバサバしていて明るいルーンといると自然と笑顔になっちゃうよ!


「グートもまたね! 本当にちゃんと教えてね?」

「うっ! わ、わかってる! 絶対に!」


 隣にいたグートとも、仲良くなれたよね。だってちゃんと会話が出来るようになったもん。苦手な女の子との会話もだいぶ慣れてくれたのかな? だとしたら嬉しい。


 ディエガさんに連れられて去って行く二人を見送っていると、ようやくこれまで隠れていた父様が姿を現した。みんなが委縮してしまわないように配慮してくれてたんだよね。わかるよ! 気遣いの出来る父様、えらい!


「子どもたちの会話に思うところは山ほどあるわけであるが……。ともあれ、ウルバノが仕える者をメグに決めたこと、我は嬉しく思うぞ」

「ま、魔王様……!」


 父様はまず、ウルバノに声をかけると、心底嬉しそうに微笑んだ。ウルバノも嬉しそうだ。でも山ほどある思うところって何。


「はぁ、そしてメグ。またしても暫しのお別れかと思うと……我は寂しいぞ」


 あ、やっぱりそうなるよね。知ってた! 父様は寂しがりなのだ。仕方ない。娘の仕事だと思って父様にハグである。自ら胸に飛び込むと、父様は嬉しそうに私を受け止め、抱き締め返してくれた。でも、そのまま抱き上げようとする動作に、私は待ったをかける。


「ど、どうしたのだ?」

「あ、えーっと」


 自分でも、なんで突然ストップをかけたのか、すぐにはわからなかった。でも、自分の心と向き合えば理由は単純なものだとわかる。ソッと父様から身体を離し、ちょっぴり目を逸らしながら私は正直に白状した。


「なんか、は、恥ずかしくて……」


 顔が熱い。そう、今日は朝から変なのだ。そして流れる沈黙。い、居た堪れない……!


「ユージン。これは、もしかして」

「ああ。……ついに来てしまったな」


 そんな沈黙を破ったのは父様だった。そして神妙な面持ちで納得したように頷くお父さん。な、何……?


「成長期だ……!」

「……へ?」


 うわぁぁぁ、と頭を抱えてこの世の終わりと言わんばかりに呻き出す父2人に、私はうまく反応を返せなかった。だって、そんな深刻な雰囲気で何が飛び出すかと思ったら、そんなこと?


「……どうした」

「あ、ギルさん」


 悶え苦しむ父たちを、私とアスカ、そしてウルバノが困惑しながら見ていると、恐らく私の影から現れたのだろう、ギルさんが来てくれた。正直助かります。


「私に、ついに成長期がきた、って」

「成長期……。ああ、なるほど」


 端的にそう伝えただけで、ギルさんはすぐに理解したように頷いた。え、わかるの?


「つまりアレでしょ? メグが一気に成長しちゃうから、親としてさみしいってことだよ! ぼくも、郷で成長期の始まりを迎えた時、大人たちが残念そうに騒いでたもん」


 あ、そういうことか。っていうかアスカはすでに成長期の始まりを迎えてたんだ!? だから最近はものすごく食べるって? そ、そのせいもあったんだ。知らなかった……!


「メグの場合、昨日の件で一気に心の成長が促進されたのだろう」

「……心当たりがありすぎる」


 わかってしまえばなんてことはない。そうか、朝からギルさんの近さにドキドキしたり、父様の抱っこが恥ずかしかったりしたのも、そのせいなんだ。

 うっ、理解は出来るけど恥ずかしいものは恥ずかしい! いつか来るとは思っていたけど、こんなにも劇的に心境が変化するとは思ってもみなかったよ!


「ってことはー、メグはこれから2、30年の間に心と体が急激に成長するってことだね! きっと美人さんになるだろうなー! ぼくはすごく楽しみ」

「へっ!? や、やめてよ、アスカ! からかわないでっ」


 ちょっと前までは可愛い男の子の言うことだな、くらいにしか思わなかったこんな発言も、今聞くと妙に恥ずかしい。恐るべし成長期!!


「も、もういいから! 帰るよ! じゃあ、父様、ウルバノ! また手紙書くからねーっ!」


 恥ずかしさでどうにかなっちゃいそう。とにかくその場から逃げ出したかった私は慌ててオルトゥスの拠点方面に向かって駆け出した。背後から父様たちの何かを叫ぶ声が聞こえた気がしたけど、ま、また今度ね!


「メグ」

「わわっ」


 前も見ずに走っていると、難なく並走してきたギルさんに呼び止められる。驚いてスピードを緩めると、ギルさんは少しだけ困ったように微笑んでいた。


「俺とも、今後は少し距離を取るか?」

「えっ。それは、その……」


 ギルさんのことは大好きだ。それは変わらない。というか、みんなのことも、思う気持ち自体は変わらないのだ。ただ、距離が近かったり、妙に意識する言動が気恥ずかしいだけで。だから、別に距離を取りたいとか、そういうつもりは……。

 そう思ってゴニョゴニョと呟いていると、スッと屈んだギルさんが私の耳元でこう囁く。


「悪いが、メグがどう思おうと……俺はお前から離れるつもりはない」

「!?」


 ────生涯、な。


 姿勢を戻し、私を見下ろしながら笑ったギルさんは、そのままマントを翻して前を歩き出す。思考も、身体も、一時停止してしまった私を置いて。


「……っ! ギールーさーんーっ!!?」


 からかわれた。絶対に今、からかわれた! でも、敵いそうにない……! 真っ赤になっただろう火照る顔を冷ますためにも、私は慌てて走り出す。頬に当たる風が気持ちいい。


 だけど、この心臓のうるささはどうしてくれよう。今後、ずっとこんな調子で色んな人たちから心を乱されるのだろうか。はぁ、早く大人にはなりたかったけど、これはなかなか大きな壁である。


 こうして私は大人への階段を一歩踏み出した。期待と不安を胸に、真っ直ぐ前へと。


────────────────


これにて、第3部少女期前編は完結となります。お付き合いいただきありがとうございました!

励みになりますので面白いと思ってくださった方、コメントやレビューをぜひに……(欲しがり)

だって!頑張ったの!ほめて!(直球)


次回、第四部は1月以降にスタート予定です。1月9日には書籍6巻も発売となりますのであわせてどうぞ、応援のほどよろしくお願いいたします……!


ここまで続けられているのも、読者の方々のおかげです!


今作が少しでも、皆さまの癒しや元気となりますように。


阿井りいあ

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