夢の中で
「……なる、ほど。だが、本当にそれが可能なのか? それが出来りゃ、確かに一番いいが」
ショーちゃんを通じて私からの作戦が伝わると、お父さんが一番初めにそう呟いた。
まぁそうだよねー。でも信じてもらうしかないんだよなぁ。せめて、試させてほしいんだけど……。危険が伴うのは確かでもある。けど、一度死ぬよりよっぽどいいと私は思うんだ。
「ユージン、我はメグならそれが出来ると思うぞ」
「あん? なんでそう言い切れるんだよアーシュ」
腕を組んで悩むお父さんに対し、決意の色を瞳に宿した父様が援護をしてくれた。
「我は一度、メグに救ってもらったからな。夢の中で」
あ、そうだ。そうだったよね。父様の夢の中には、一度入り込んだことがある。人の精神に直接影響を与えてしまうことを知った時はものすごく怖かった。結果としていい方向にいってくれたからよかったものの、一歩間違えてたら取り返しのつかないことになっていたかもしれないんだもん。
「なんだよ、そりゃ。初耳だな……」
「俺は、経験したことはないがメグにそういう力があるということは知っている。ハイエルフの郷でいろいろと調べていたからな」
父様が例の夢での一件を皆に伝えると、お父さんは驚いたように目を見開いた。それから、ギルさんもそれが事実であることを告げてくれる。
そう。私がやろうとしているのは、私のハイエルフとしての特殊体質である、夢渡りだった。夢の中なら、魂同士で会えるんじゃないかなって思ったのである。
ただ夢だから、そこで魂と出会えるかは不明だ。私がリヒトの夢の中に入り、リヒトの魂を探し出すことから始めなきゃいけないから。
それに、意識してこの特殊体質を使ったことがないから、本当に行き当たりばったりなんだよね。でも、自分を信じるしかない。やってみるしかないのだ。
「……より確実にするためには、やはりリヒトに一度死んでもらうしか」
物騒だってば! 私はそれを避けたいから提案してるんだよぉ! もう、お父さんはー。ほんの少しくらい残しておいてほしかったよ、日本人としてのモラルみたいな何かを!
……そりゃあ、正直に言ってしまうとものすごく不安だ。だって、夢渡りの怖さを知って、もう二度とこの能力は使いたくない、使っちゃダメだって思ったから。ほんの少しの間違いで、人を廃人にしてしまえるんだよ? 恐ろしすぎて使えないよ。
けどね? それって根本的な解決にならないんじゃないかなって気付いた。あえて使わないようにと気を付けても、この能力が消えてなくなるわけじゃない。無意識下で能力が発動してしまうことだってあるんだもん。
まぁ、それは私が未熟だからにすぎないんだけど、そういうことがあるのなら、怖がって逃げるよりもちゃんと向き合うべきだって思った。
危険性を理解して扱いにさえ注意すれば、おかしなことにはならない。どんな道具や能力だってそういうものでしょ? 魔術だって下手したら人を傷付ける手段になるんだから。でも私は今まで一度も、魔術で人を傷付けたことはない。傷付けようとも思ってない。だから、きっと大丈夫。
リヒトの精神を傷付けずに、魂を分け合ってみせる!
「メグ。俺は、何をすればいい?」
リヒトが、倒れている私の身体を真っ直ぐ見つめながらそう言った。真っ直ぐな瞳で言うそのセリフを聞いて、私は思わずクスッと笑う。
あの時と一緒だー、って思い出したんだ。
人間の大陸に飛ばされて、ゴードンたちに捕まって。ボロボロになりながらどうにか逃げて、時間稼ぎをしている時にもリヒトはそう言ったよね。
あの時と、リヒトの本質は変わってない。自分に出来ることをするために、ちゃんと考えられるし、自分より幼い子ども相手に質問出来る。いつだって真っ直ぐだ。そういうところを見ると、勇者っていうのも納得しちゃうな。
『リヒトには、リラックスして眠ってほしい。リラックスするってところがポイントだと思う』
私の言葉を聞いて、ショーちゃんがみんなに伝えてくれる。
「ふむ、それならば我が魔術をかけてやろう」
「アーシュ、そんなことも出来んのかよ。便利だな」
「そこは素直に褒めればよかろう!? 便利だなどと、なぜ道具のように言うのだ!」
あ、ごめん父様。私もつい便利だな、って思っちゃった。いや、素直にすごいって思うよ、もちろん!
「で、メグ。その夢渡りはちゃんと出来そうか?」
お父さんからの一言に、内心ではギクリとする。あはは、それは私が一番知りたいよ。
チラッと私の身体の方に目を向ける。本当に顔色が不健康な白さで、死んでるんじゃないかって感じだ。うまくいかなかったら、私はこのまま。というか、うまく夢渡りが出来たところで身体に戻れるかもわかんない。全てがわからない状態である。
だけど、弱気になんてなってる暇はないよね。諦めない根性だけは自信があるんだから。
『ま、見ててよ。きっとなんとかなる!』
私は笑顔でそう言い放った。ショーちゃんにしかそれは見えても聞こえてもいないけど、ショーちゃんはそれを正確に伝えてくれたよ。ありがとうね。
「ならば我らも、メグを信じるとしよう。……結局、ギル殿との力比べは出来ずじまいだが」
「リヒトを一度殺すという目的以外に、メグの魂を分けるに相応しい実力かどうかを見極める意図もあったんだが……そうも言ってらんねーしな」
そ、そんな理由も含まれてたんだ……。でも、リヒトは大会で優勝してみせたし、十分な実力を持っていると思うんだけど。
「俺は、今後ももっと上を目指しますよ」
「ふっ。それは当然であるな。……準備は良いか、リヒト」
「……はいっ、お願いします!」
口ではああ言ってるけどたぶん、みんなリヒトの実力についてはある程度認めてくれてるんだと思う。リヒトを見る眼差しはみんな少し厳しいながらも優しいのがわかるもん。
ふぅ……。不安なのはみんな同じだよね。リヒトもどことなく緊張しているのが見ていてわかる。もちろん、当事者ではないお父さんや父様、ギルさんからも緊張感が漂ってる。私たちを心配してくれてるんだなぁ。はやく安心させてあげたい。
父様の指示に従い、リヒトは横たわる私の隣に仰向けに寝転んだ。それから片手でそっと私の左手を握る。なんとなく夢で繋がりやすいようにな、ってリヒトは笑った。気持ちの問題ってことだね。
それから私の右手は、ギルさんが握ってくれている。それが妙に嬉しくて、涙が出そうなほど安心出来た。さすがはギルさんだ。私の一番の心の支えでいてくれてる。すごくすごく心強いよ!
「ではリヒト、目を閉じよ」
父様の声を聞き、リヒトがゆっくりと瞼を下ろす。それを確認した父様は横たわるリヒトに手を翳して魔術を放った。とても温かくて穏やかな魔力だな。どこまでも優しい父様の心が伝わってくるようだ。
「あとは、信じて待つしかない、か。もどかしいな」
ゆっくりと、夢の世界へと落ちていくリヒトを見ながら、お父さんが小さな声で呟いた。何も出来ないもどかしさは、私もよく知っている。でも、信じて待ってて。
魂だけの私はふわりとお父さんの背中にギュッと抱き着いた。もちろん、気付いてはもらえないけれど。続いて父様にも。
それから、ギルさんにも。
「……?」
気付かれないはずなのに、抱き着いた瞬間ギルさんだけはふと顔を上げた。それから、不思議そうな表情で周囲を見回している。もしかして、気付いた……?
『影鷲、勘がいいの。ご主人様が、今順番に抱き着いていったのよー』
そこで、ショーちゃんが種明かし。うっ、なんかバラされると恥ずかしいな。私が甘ったれみたいじゃないか。甘ったれだけど。
「そうか。頑張ってこい、メグ。……待っている」
でも、ギルさんからこうして勇気がもらえたのだから、甘ったれでもいいかもしれない。
『待ってて! 行ってくる!』
次にどう動けばいいのかだなんて考えてもいなかったけど、自然と私はリヒトの頭側に回って額と額をくっつけた。なんとなく、こうするのがいい気がしたってだけである。
自分でもよくはわからないけど、たぶんそれでいいんだろうな。考えずに、思うがままに動いた方が今は良さそう。
リヒト、貴方の夢の中にお邪魔させてもらうね。頭の中で一言そう告げてから、私は目を閉じて意識を集中させた。
気付けば、私はただ真っ白なだけの空間に立っていた。ここがどこなのかは、感覚でわかる。リヒトの夢の中だ。
なんでだろう、不思議と全てがわかる。ここが真っ白な世界なのはまだリヒトがハッキリとした夢を見ていないからであることや、このまままっすぐ行けばリヒトの魂と出会えることが。
だから私は迷わず歩を進めた。長いような、短いような道のりを。時間の感覚なんてわからないけど、不安に思うことはない。
次第に、リヒトが夢を見始めたのか景色が変わってきた。ぐにゃりと空間が歪み、すぐに見覚えのある景色へと変化していく。
ここは、魔王城だね。リヒトが魔大陸に来て一番たくさん過ごした場所。
『クロン! クロン、待ってくれ! 俺は君に伝えたいことが……!』
『いいえ、リヒト。私はそれを聞くわけにはいきません』
『なんでだよ……。これまでは何度も聞いてくれてただろ』
通路でリヒトがクロンさんと話してる。というか、言い争ってる? こ、これは聞いてもいいものなのだろうか。
『……これまでと、今とは違うんです』
『何が違うんだよ。そんなに、俺の近くにはいたくないっていうのか……?』
うっ、たぶん、聞かれたくはない場面だ。そしてこれはリヒトの過去の夢。たぶんだけど実際にこういうやり取りをしたことがあるんだと思う。なぜかそれがわかったからこそ、いたたまれない。
だけど、私はリヒトの魂と会わなきゃいけない。ここを避けて通るわけにはいかないのだ。ごめんっ!
『……ええ、それでいいですわ。リヒト、もう私に構わないでください』
『そう、かよ……』
振り返りもせずに、クロンさんが歩き去って行く。その後ろ姿を見つめるリヒトの目はすごく切なげで……。何とも言えない苦しみがダイレクトに私にも伝わってきた。
人の夢に入り込むと、その時の感情に引っ張られそうになるんだな。父様の時もそうだった。ここで、感情に飲み込まれてはいけない。私はグッとお腹に力を入れてまた一歩踏み出した。クロンさんが立ち去ったことで、道が開いたから先へ進まないと。
『くそっ……!』
悔しそうに俯くリヒトの横を通り過ぎる。今ここにいるリヒトは、リヒトの魂じゃないから。これは夢の中のリヒト。
このリヒトに干渉したら、過去の思い出に別の感情が混ざりこんでしまうのだ。この記憶はリヒトにとってとても苦いものかもしれないけど、触れちゃダメ。この辛さや苦しみは、リヒトが変わらず抱えなければならないものなのだ。
なんにもわからなかったのに、不思議だな。そういうことが手に取るようにわかるんだもん。ハイエルフの特殊体質、ハイスペックすぎる。今からこの能力を使うぞ、と思って使えばちゃんと夢渡りが出来そうだ。
無意識に渡った場合はまず、そのことに私が気付く必要があるけど……。今後はそこが課題かな。
よし、なんとかこの力とも付き合っていけそうだ。これも、暴走魔力を抑えられるようになったら解決するだろうし、色々と希望が見えてきたぞ。
夢の中のリヒトを通り過ぎ、私は直感にまかせてさらに先に進む。すると、次第に景色が薄れていく場所に出た。後ろを振り返ると、相変わらず魔王城の中の景色がハッキリしているけど、前を見るとその景色が薄れている。この辺りがリヒトの夢の端っこってところだろう。
私はさらにその先へと進んだ。また真っ白な景色に変わっていき、そして。
「……見つけた」
ただの真っ白な空間で、リヒトが膝を抱えてフワフワと浮いている。これがリヒトの魂だと、すぐにわかった。
さて、どうやって起こそうかな。うーん。……でもまずは、これかなー。私はコホンと咳ばらいをし、リヒトの耳元で声をかける。
「リヒト。私だよ、メグ。とりあえず……服を着てくれないかなぁ?」
「ん、う……。メ、グ? 服、って……う、うわぁぁっ!!」
意外とあっさりと目を覚ましたリヒトはすぐに状況を理解し、そして慌てたように後ろを向いた。
いやぁ、ははっ。そういえばお父さんの話でも、父様は全裸だったっけねー。だっ、大丈夫! 見てない! 見てないからっ! そんなに睨まないでっ!
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【お知らせ】
特級ギルドへようこそ!
5巻が発売されて1週間ほどですが……
6巻の予約も開始いたしました!
発売日は新年2021年1月9日です!
T Oブックスオンラインストアでは表紙イラストも公開されております。絵師様は引き続きにもし先生です。
もうね、天使ですよ……!メグ天使!
そしてこの背景と構図に見覚えはないですか……?(*´ω`*)
幼女編の完結巻である6巻も、どうぞよろしくお願いいたしますー!
また、1〜5巻やコミカライズ1巻も引き続きよろしくお願いしますね!ヽ(´▽`)/
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