リヒトvsイザーク


「器用なものよねー。あの2人にだけ、殺気を向けるなんて」

「こんなに近くにいるボクたちには、そんな雰囲気さえ察せなかったのに」


 何が起きたかわからない観客が多い中、オルトゥス観客席内部は落ち着いたものだった。いや、話題にはなっているけどサウラさんやケイさんみたいに慣れたものと感心していたり、やっぱすごい、と感嘆していたりと余裕があるというか。

 それもこれも、ギルさんという人を知っているからこそだよね。私? もちろん驚いているしそのレベルの高さに感嘆はしているけど、ギルさんだしな、って納得しています。


「ひえー。ギルさんえげつねぇーっす」

「あー、いいなーオレも殺気浴びたかったー」


 ワイアットさんが腕をさすりながらそう呟くのはわかる。でもジュマ兄、それはアウトだ。ただの変態発言だよ……!? 戦闘狂、恐るべし。


「メグは、何が起きたかわかった?」

「何にも感じなかったよ……」

「1番近くにいたのに気付かせないって、すごいんだねぇ」


 きょとん、としていたアスカは周囲の反応によって今何が起きたのかを把握したようだ。そうだよね、普通はこうである。私だって、ちゃんと見てなかったらわからなかっただろうし。膝の上に座っているというのに、だ。私のレベルがまだまだなのもあるだろうけど、これはギルさんの技術が高すぎるせいである。実力不足ってわけでは……!


「やはり器用な男ですね」


 クスッと隣に座るシュリエさんが微笑む。やはりこの人の反応はその程度のものでしたか。決して馬鹿にしているわけではなく、むしろ褒め称えているみたいな、誇らしげな雰囲気だ。仲間として自慢したい気持ちなのかな? それはとてもわかるよ! うちのギルさんすごい! 振り返ってギルさんを見上げると、罰の悪そうな顔でソッと顔を逸らされてしまったけど。耳、赤いですよー?


『おーい、さっさと試合始めろー? ったくよー、殺気の飛ばし合いだったら後でやれー』

『なかなか面白い見せ物だったわね。うふふ、でも決勝戦前に余裕だこと』


 この試合の解説は、お父さんとマーラさんだったみたいだ。面倒臭そうに、さっさと始めろと苛つきを隠さないお父さんも怖いけど、おっとりとした雰囲気なのに圧を隠し切れてないマーラさんも怖いですね……! ほら、そのせいで会場内が観客席も含めて静まり返ってるじゃないか。一般客を怖がらせるのはやめようね!


『はっ! そうですよぉ! 気も引き締まったところで決勝戦、開始しちゃってくださいねー!』


 場にそぐわぬ明るい声が響く。実況のカリーナさんもなかなかの強心臓だ。今はそれに救われたよ。そうそう、せっかく最後の試合なんだから、盛り上がっていこうね! ね!

 ようやく会場内の雰囲気が活気を取り戻し始めたところで、気を取り直した選手二人が所定の位置に着いて向かい合った。そうだよ、今はお互いが試合相手なのだ。ギルさんに対抗心を抱いてるのはわかったから、落ち着いて試合に集中してね!


『審判の手が振り下ろされましたぁ! 試合、開始でぇっす!』


 なんだかんだはありましたが、クロンさんの合図により、無事に決勝戦が始まった。どうなることかと思ったけど、今はリヒトもイザークさんも相手に集中しているみたい。……ただ、お互いに一歩もその場を動かないけど。

 いや、何もしてないわけではない。夥しい数の棘がイザークさんから放たれ、リヒトが魔術でその全てを転移させているのだ。ほぼ無音で行われているその攻防戦は、見るものを唖然とさせた。


「し、静かだね……」

「その割に高度だよねぇ。あ、場外に棘の山が出来始めた」


 私もアスカもなぜか小声で囁き合っている。別に静かにする必要はないいんだけど、あまりにも静かだからつい。

 イザークさんの全身から放たれる棘は思っていた通り、マシンガンのごとくリヒトに向かって飛んでいってるんだけど、それらがリヒトに届く前に場外へと転移されているのだ。たぶん、リヒトの周辺に転移の魔術が張り巡らされているから、物理的な攻撃は届かないんじゃないかな。もしかすると魔術さえも転移してしまうかも。何それ、チートじゃーん!


『決勝戦が一番地味ってどうなんだよ、おい』

『斬新ねぇ。でも華やかさがないだけで二人の魔術はかなり高度なものよ? 一見同じような攻防戦に見えて、イザークも棘の一つ一つ、付与する魔術や毒の種類を変えているみたいだし』


 何それ、えぐい。あれだけの棘を飛ばしてて、一本一本効果が違うってどんだけなの!? 涼しい顔してやることがえぐすぎるよ、イザークさん。当たってみないとどんな症状が出るかわからないってことでしょ? え、解毒剤を準備するのも一苦労じゃないか。

 解説のお父さん曰く、本人はどの棘ににどんな効果があるのかくらいは認識してるだろう、って。……本当、特級ギルドのメンバーは化け物揃いですか。


『ん、イザークが動いたな』

『あら本当』


 まるで縁側でお茶を飲みながら会話してるかのようなノリだな、解説者の二人。まぁいい。イザークさんに注目してみると、少しだけ焦ったような表情に見える。一方のリヒトはまだ余裕そうというか、腕を組んでイザークさんを静かに見つめたままだ。


『棘に仕込んだ魔術阻害も全く効果がないからだろうな。これまではそれだけで勝負がついていたんだろ。少しも動揺が見られないリヒトにアプローチを変える必要があるって思ったんじゃねぇか?』


 なるほど、イザークさんも色々と考えてあの攻撃を繰り返していたんだね。それでも状況が変わらないことに焦りを見せ始めたって感じかな。っていうか、リヒトのスペックの高さにも驚かされるんだけど!?


 さて、イザークさんはどう出るのかな。ドキドキしながら見守っていると、イザークさんの全身から霧のようなものが吹き出し始めた。だんだん試合会場が白い霧で埋め尽くされていく。


「あれって、もしかして毒?」


 アスカの漏らした疑問にシュリエさんとギルさんが同時に頷いた。


「普通なら風で吹き飛ばそうと考えるでしょうけど、風だけでは全てを飛ばすことは出来ないですね。目には見えないほどの細かい粒子は避けきれないと思います」

「リヒトの仕込んだ転移魔術も、本人が認識したものだけを転移出来るからな。認識しきれない細かな毒の粒子を吸い込むかもしれない」


 ひぇ、それって会場全体に広がることもあるんじゃ? 私がそう言うと、それはたぶん大丈夫だろう、とギルさんが解説席の方を指差した。指差した先には……父さま? それまでゆったりと座っていた父さまはその場に立ち上がると、スッと掌を宙に向けて弧を描くように動かした。その瞬間、薄い膜が試合会場をドーム状に覆う。イザークさんの放った霧が全てその膜の中に収まってしまった。お、おぉ。


「あれはどんな微弱な魔力も逃さないだろう。さすがは魔王だな」

「ただ、力でゴリ押しって感じですね。繊細な魔術操作はやはり苦手なのでしょう。まぁ、それでも魔力量で抑えられるのが馬鹿げてますが」


 細かいことはわからないけど、父さまのあの膜は魔力量にものを言わせた結果なんだってことはわかった。どのみちすごいってことも。

 はー、周りがすごい人ばっかりで感覚が麻痺してきちゃうよ、もう。こういうのを見たら、私たちの未成年部門は本当に子どものお遊びだったのかなって気がしてくる。いや、未成年部門に出場したメンバーも、一般的な大人相手なら十分脅威なのはわかってるんだけどさ。どうしてもねー……。


 っと、観客に被害が出ないのはよくわかった。それなら、リヒトは!? 大丈夫なのかな? 防ぎきれない毒を吸い込んじゃうんじゃ……! 転移で外に逃れることは出来るだろうけど、そうなると場外でアウトだし。だんだん真っ白になっていってその姿がよく見えなくなっていく。


「リヒトなら大丈夫だ、メグ」

「え……?」


 私がリヒトを心配をして前のめりになっていることに気付いたのだろう、ギルさんがポンと肩に手を置いてそう言ってくれた。チラッと振り返ってギルさんを見ると、真っ直ぐ会場を見下ろしながら口角を上げている。


「俺に喧嘩を売るくらいだ。むしろここで負けたら俺が叩きのめす」


 悪ギルさん出たこれ。なんだかちょっと、楽しそう……? 


 私は、これまで視てきた予知夢の印象が強く残ってるからか、ギルさんとリヒトの関係がギスギスしているんじゃないかなって思ってた。だからどことなく気まずくて……。二人の関係が良くないのは、仲違いするのは悲しいなってずっと不安だったんだ。


 だけど、もしかして仲が悪いわけじゃ、ないのかな? つい会場を見るのも忘れて見つめたギルさんの表情は、ちょっと意地悪な様子ではあるけど眼差しは優しいし、なんていうか成長した弟子を見るかのような、そんな印象を受けたから。

 2人が戦う未来は避けられない。でも、それはちゃんとした理由があっての正式な決闘みたいなものなのかもしれない。そこまで考えて、私はピンッときた。


 魔王である父様が、リヒトに出した最終試験のようなものが、ギルさんに勝つこと、だったりするんじゃない?


 そうだよ、そう考えればしっくりくるよ! リヒトがずっと敵視していたのも、それを受けてギルさんが特に何も言わないのも、それなら納得出来る。

 たぶん、最終試験の内容をギルさんも知っていたんだ。いや、これも全部想像ではあるんだけどさ。試験だなんて勝手に決めつけてるけど、そんなものを受けてるなんて聞いたこともないし。でも優勝するのが課題っていうくらいだから、その可能性は高いかなって思うんだよね。かなり前にそんな話題をチラッと聞いたような気もするし。

 ギルさんに勝つだなんて、昔聞いていたら冗談だと思ってただろう。だけど、今は無謀とは言い切れない実力をつけてきてる。


 リヒトが魔王城に住むようになってしばらくしてから、ずっとギルさんに対する態度がおかしかったのも、最終目標だったからって考えれば辻褄があうもん。命の恩人なのに、突然敵意を剥き出しにするなんておかしいと思ってたから。


 そうなると、なんでリヒトはそこまでの強さを求められてるんだろう。強くなるのがリヒトの目標ではあったから、目標は高くって父さまが決めたっていうならそうなのかもしれないけど……。私は知らない別の目標があったりするのかもな。今度、その辺をリヒトには聞いてみたいものだ。


「ほら、無事だっただろ」

「えっ、あ! 本当だ」


 ギルさんの声にハッとして会場を見る。すると、白い毒の霧で埋め尽くされた中に、人一人分の浸食されていない空間があった。

 ……自分の周囲に結界を張った? え、でもそれって、父さまが作り出したどんな微弱な魔力も通さない完全な結界ってことで……。リヒト、本当に魔術の腕がハイレベルなんだけどっ!?


『どうやら、リヒト選手は無事なようです! しかし、ここからどうやって反撃を……? んん? リヒト選手の手から何やら光る剣が現れましたぁ!』

『あら。今大会での武器の使用は禁止じゃなかったかしら?』

『んー。いや、問題ねぇな。あれは魔術で作り出した、魔術だけを切り捨てられる剣だ。物理的な攻撃力はねぇよ』


 確かに、リヒトの右手には白く光り輝く剣が握られている。お父さんの解説を聞いて目を凝らしてみたら、本当に魔力で出来ていてビックリ。ゆ、ゆ、勇者みたぁぁぁい!

 物理的な攻撃力はない、ってことは、あの剣で身体を切りつけられたとしても無傷のままってこと? うーん、わかってても反射的に避けちゃいそう。


『なら問題はないわね。でも、すごいものを作り出せるわね。どっかの頭領みたい』

『……ハッキリ俺みたいだって言えよ、マーラ。遠回しに言うと嫌味に聞こえる』

『嫌味だもの』

『そーかよっ』


 結構神秘的でシリアスな場面だと言うのに、お父さんとマーラさんのやり取りでうっかり気が抜けちゃうよ。まぁでも確かに、自分の知っているものをなんでも具現化してしまうお父さんと似たような魔術ではあるよね。

 やっぱり、異世界転移という共通点があるから魔術も似るのかなぁ?


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