トーナメント戦開始!
心配はしてなかったけど、ジュマ兄とロニーが無事にトーナメント進出を決めたと聞いたときはホッとしたよ。他のオルトゥスメンバーは残念ながら予選敗退だったみたいだけど。他の選手もみんなすごい人ばかりだったもんね。正直、子どもの私じゃ誰にも勝てないどころか一撃も入らない気がするよ。
だからこそ、勝ち上がった人たちは本当に、本当にすごい人たちだってわかる。
「3回戦目がジュマ、5回戦目がロニーですね。おや、リヒトの名前もありますよ」
「さすがはリヒト。すっごく強くなってると思ったんだ! 応援はしたいけど、ジュマ兄やロニーにも勝ってほしいし、複雑だなぁ」
予選が終わり、休憩を挟んでトーナメント戦が始まる。休憩の間に配られたトーナメント表を見ながらシュリエさんが教えてくれた。知ってる名前があるとやっぱりワクワクしちゃうよね。
「いけ好かない青鬼は?」
「いけ好かない青鬼は4回戦目ですね。互いに勝ち上がれば次の試合でジュマが当たります」
その呼び方、定着してるんだ……そのことにやや引きつった笑いを浮かべながらも、ジュマ兄とラジエルドさんが戦うということになぜか私が緊張した。
たしか、前にオルトゥス防衛戦でも戦ったことがあるんだよね。その時はジュマ兄が逆転勝ちしたっていう。でも、それまではずっとやられっぱなしで見ていてヒヤヒヤしたわ、ってサウラさんが言ってたな。今回は大丈夫だろうか……ドキドキ。
『見てろよメグ。オレ、この大会で絶対優勝してやっからな! ラジエルドには余裕で勝ってやる! 名前呼ばしてやんぞ!』
さっき聞いたジュマ兄の決意表明を思い出す。あれを聞いたのは私だけなんだよね。だから、私だけでもその思いを信じて応援しないと。いつでも真っ直ぐで強さに貪欲で、ちょっと馬鹿なところがあるのはたしかだけど、優しい鬼族のジュマ兄。きっと、この大会でもっともっと強くなれるって信じてる!
「ふぅん。あ、トーナメント戦は会場も一つに戻るんだね。集中して試合が観られそう!」
「ふふ、そうですね。さっきまではどこを観ていいのかわからないって騒いでましたしね」
「うう、だって本当にどこ観ていいかわかんなかったんだよ。あっちでもこっちでも試合しててさ。動きが速すぎるし……それを全部見られるシュリエの方がおかしいんだよぉ」
正確に言えば、シュリエさんだけじゃないんだけどね。特級ギルドの大人は本当にさすがとしか言えないよ……! でもこの領域にロニーも到達してるんだよね。そう思うと本当にロニーの伸び代はすごいなってつくづく思うよ。自分はまだまだだって言ってたけど、予選も勝ち抜いてるし。
「あれ、これってロニーの2回戦目の対戦相手はリヒトって人じゃない? ぼくはリヒトのこと知らないけど、知り合いなんだよね?」
「え、本当!?」
聞こえてきたアスカの言葉に思わず反応してしまう。そっか、ロニーもリヒトも勝ち上がったら次は対戦するんだ……何その胸熱な展開。あの時のことを思い出しちゃうな。
もちろん、とっても大変な出来事だったけど、みんなで過ごしたあの日々は私にとって大事な思い出だ。辛いこともたくさん経験したけど、旅の間に楽しいことだってあったから乗り越えられたって思ってる。大事な思い出だって言えるのも、みんながいたからこそだもん。
「私も、リヒトのことをよく知っているとは言えないんですよ。オルトゥスの中ではメグが最も親しいと思いますよ」
「へぇー! ね、ね、メグ! リヒトってどんな人なの? 強い?」
懐かしい記憶を思い返していたら、アスカにグイグイと服を引っ張られた。リヒトのことかぁ。最近のリヒトのことはそこまで知らないから、昔一緒にいた時のことでいいかな。
「リヒトはね、なんと、人間なんだよ」
「え。えーっ! 人間って、あの人間? 最弱の!? うっそぉ。それなのにトーナメントに出られるくらい強いの!? おかしくない!?」
「まぁそこは私にもよくわからないんだけどね。でも、そうだなぁ……魔力をたくさん持ってる人間だからじゃないかな」
ちなみに、頭領も人間ですよ、とシュリエさんが補足説明をすると、案の定アスカはさらに驚いたように大声を上げた。まぁビックリするし、信じられないよね。わかるよ。
でもお父さんもリヒトも、正確にはこの世界の人間じゃないから、みんなの知る一般的な人間と同じとは言えないんだけどね。その辺は伏せておく。ややこしいからもっと大きくなってから伝えようと思う。
「それでね、私がリヒトと出会ったのは20年くらい前なの。その時はまだリヒト、子どもだったんだよ」
「え? でも今は大人に見える……そっか。人間って成長のスピードが早いんだよね。それで……短命だって聞いたことがある」
アスカは心なしかしょんぼりとしてしまったみたいだ。うん、それは誰もが思うことだよね。私だって心の奥の方ではいつもそのことが引っかかってるから。レオ爺のことも思い出すし。
「あれ? でも頭領はすっごい長生きじゃない? 亜人と同じくらい」
そして気付くのだ。お父さんのおかしさに。悲しい気持ちになりそうなところを別の疑問で上塗り出来たからお父さんには感謝である。
ちょうどいいタイミングだと思うので、私はお父さんと父さま、つまり魔王とのことを簡単に説明してあげた。私も最初に聞いた時は、こんなことがあるんだーって驚いたものだ。異世界すごいって単純に思ってたな。
でも魂を分け合う、なんてことはこの世界でも異常なことなんだよね。ファンタジー現象すごいってだけではないのだ。魔王である父さまとお父さんだから出来たことである。
……ん? 今、何かが引っ掛かったぞ? なんだろう。この違和感。
「魔王さまって、本当にすごいんだね。そんな魔王さまと魂を分け合える頭領もすごいや。選ばれた人って感じー」
選ばれた、人……? ドクン、と自分の心臓が脈打つのがわかった。
「あ、でもそれならメグもいつかそういう日が来るのかな。大きすぎる魔力でちょっと大変なんでしょ? メグもいつかは誰かと……」
「アスカ、メグ、試合が始まるぞ」
アスカが最後まで言い切る前に、ギルさんが私たちに声をかけた。まるで、今の会話を遮るみたいに。
「あ! 本当だ! メグ、トーナメントの一回戦始まるみたい! どっちが勝つか、当てっこしない?」
「え、あ、うん! そうだね、やってみようか」
たぶん、今の会話は「核心」をついた。ギルさんや、お父さんや父さまが、いつかその時がきたら話すって言ってた、その話の核心を。
ギュッと、私を支えるギルさん腕の力が強まった気がした。……うん、わかってる。大丈夫。
「……聞かないよ。まだ」
「……っ」
まだ、その時じゃないんだもん。ね? 信じてるんだから。
『どんどんいきますよぉー! 3試合目はオルトゥスのジュマ選手対シュトルのダスティン選手! 鬼族と
『ダスティンの毒は強烈だって噂だからなぁ。一撃でも喰らったらいくらタフが売りのジュマといえど、動きが鈍るんじゃねぇか?』
『あら、でもオルトゥスの赤鬼は引くほどタフだって聞いているわよ? 猛毒も全然効かないって』
『げ、どんな身体してんだよ、あの鬼』
トーナメント戦が始まってしまえば、私やアスカは試合に釘付けとなった。だって本当にすごいんだよ! 私たちも、大人になったらあのくらいになれるのだろうかと不安になるほどに。や、無理でしょ……本気でそう思うよ。
動きは速すぎてよく見えない時が多いし、一瞬の間に何回駆け引きしたの? ってくらい攻撃がえげつないし。たまたま、第1、第2試合の出場者が頭脳戦派だったってことかもしれない。
その点、ジュマ兄なんかは単純な攻撃だからわかりやすいかもしれないな。いや、でもジュマ兄はこの大会で戦い方を変えるっぽいし、どうかな? そんなに大きな変化はしないかな。
というか、これまでの試合はいつも通りだったし、まだ迷ってる可能性もあるよね。ジュマ兄、どうする気だろ? 毒だし、さすがに避けるかな?
『おーっと、ジュマ選手ぅ、ダスティン選手の毒を正面から受け止めましたぁ! それでも勢いは止まらない!? え、すごぉい!』
……変わらなかった。本当に大丈夫なのか心配になるよ!? いくらタフだからってあんなにたくさんの毒を浴びて……攻撃してる側のダスティンさんが軽く引いてるように見えるんだけど、気のせいじゃなさそう。
「はー、全くジュマは何度言ってもダメね。あのスタイルを崩す気はないのかしら」
額を抑えながらサウラさんが盛大なため息を吐いているのが見えた。心配、というよりもったいないって思ってるんだろうな。
うーん、ジュマ兄はまだ決断出来てないんだな。あの決意はどこ行っちゃったんだろ。それとも、この試合ではいつも通りで勝てるって、そんな風に思ったのかな。
結局、その数10秒後に試合はジュマ兄の勝利で終わったけど……なんともいえない気持ちにはなってしまった。ぼたぼたとジュマ兄の髪から垂れてるあの滴はおそらく全部、毒だよね……本当に、規格外である。
「まぁ、鬼っていうのは状態異常の耐性が元々優れているからな。特にジュマは同じ鬼の中でもタフだから、猛毒もちょっとピリッとする、くらいにしか思っていないんだろう」
あー、今ジュマ兄の思考がわかった気がする。ちょっとピリッとするくらいなら、まぁいいかって思ってそう。もはや感覚の違いだ。まぁいい。そこは本人の判断に任せるしかないもんね。ただ、次はラジエルドさんとの試合だから、ちょっとは戦い方を変えるんじゃないかなって思うよ。うん、しっかり観ておかないとね!
それからあっという間に5試合目のロニーの試合が始まった。その前のラジエルドさんの試合が秒で終わったから、あっという間っていうのもあながち間違いではない。もちろん、ラジエルドさんの勝利だったよ? 皆さんの舌打ちがこの場に響いたのはいうまでもない。
ちなみにロニーの対戦相手は火を使う亜人で、ロニーより大柄な人だったから心配になった。
「そういえば、私、ロニーがちゃんと試合するのを見るのは久しぶりかも」
これまで訓練でその動きは見ていたし、模擬戦をチラッと見たことはあったんだけどね。ロニーは身体の力を抜いてジッと相手を見つめて立っている。相変わらず小柄ではあるけど、筋肉質になったロニー。成人になって顔つきも凛々しくなったけど、今みたいに真剣な眼差しをしているとそれがよりよくわかる。
「頑張って、ロニー」
知らず、応援の言葉が口から出てきた。その数秒後、試合開始の合図が出される。
相手はすぐに火の魔術を繰り出した。大きな火の玉をいくつもロニーに目掛けて放出している。い、いくつ出したんだろう。数え切れないくらいだ。一方のロニーは大地の自然魔術を使って壁を作り、その火の玉をうまく避けている。でも数が多いなぁ……よく見えない。
『ロナウド選手、土の壁をうまく使っていますねぇ!』
『うむ。防御に使うだけでなく、身を隠すのにも使っておるな。気配の消し方も一級品。まだ若いからこそ今後の成長が末恐ろしいぞ!』
父さまにそこまで言わせるなんて、ロニーすごい。実際、ロニーの動きには無駄がないように見えた。時に身を隠し、隙を見て相手に攻撃を加えて。土の壁に仕込んであったのだろう、草花の自然魔術により茎が伸びて相手の動きを阻害したりもしてる。まるでトラップの壁だ。
でも相手もここまで勝ち上がった猛者。壁を逆に利用して足場にし、ロニーに攻撃を繰り出してくる。そんな攻防がいつまでも続くかと思ったその時、決着の瞬間は突然やってきた。
「うっわ、ロニーってばすっごい力ーっ!」
アスカが思わずそう言ってしまうほど、それは見事な一撃だった。ロニーは壁の後ろに隠れていた相手を壁もろとも殴り飛ばしてしまったのだ。ひえっ。
相手選手はそのまま場外に吹き飛び、地面に着地してなおその勢いは止まらず、数メートル先でようやく止まった。
『試合終了ですぅ! 勝者は、オルトゥスのロナウド選手ぅ! ものすごいパワーでしたねぇ!』
最後は物理で決めたロニーに、私は隣のアスカとハイタッチして喜びを分け合った。
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