リーグ戦
「メグ! 無事か!?」
2度目の循環が終わり、ギルさんとショーちゃんの話し合いも終わった頃、観客席にお父さんが駆け込んできた。あれ、解説席から離れて大丈夫なのだろうか。もうすぐ成人部門が始まるんじゃ?
「頭領、ここに来て大丈夫なの?」
そう思っていたのは私だけではなかったらしい。サウラさんが呆れたような、諦めたような眼差しでお父さんに声をかけている。
「押し通した」
「……大体わかったわ」
サウラさんじゃなくてもお父さんのその一言だけで大体わかったよ。たぶん、ここにいるみんなが察したよね。大会の進行を遅らせてたりしないだろうか。本当、申し訳ない……! 後でマーラさんには謝らないと。
「んー、でも、魔王も来たがったんじゃない? よく大人しく待ってるね?」
そこへ、ケイさんが苦笑を浮かべながら聞いてきた。たしかに、私の異変に父さまだって気付いたはず。誰よりも先に駆け付けてきそうなものなのに。
「ジャンケンで勝った」
「ジャンケンで決めたんだ……」
うっかり私がツッコミを入れちゃったじゃないか。まぁ殴り合いで決めるよりずっと平和だけど! 私が半眼でお父さんを見ていることに気付いたのか、お父さんはホッとしたようにその緊張した表情を緩めた。心配かけてしまったのは私だもんね。ちゃんと、大丈夫だってことを伝えよう。
「ごめんね、心配かけて。でもこの通り、どうにか大丈夫だよ」
「そうみたいだな。でも、さすがに肝が冷えたぞ」
「う、本当にごめんなさい」
パッと両腕を広げて無事ですアピールをしたものの、お父さんの顔はまだどこか心配顔だ。だから、大会が終わったらまたハイエルフの郷に行こうと思ってることも伝えておいた。きっと賛成するだろうな、と思ってたんだけど、お父さんの反応は私の予想とは違うものだった。
「それは、いいかもしれないな。だが……」
んん? どうしたんだろう。なんともハッキリしない返事だ。さっきのギルさんの反応といい、ショーちゃんからの発言といい、色々と不安になってしまう。ちゃんと、その時がくれば教えてくれるってわかってはいるけど、ここまで引っ張られるってことは、それなりに重大な話なんだろうなって想像がつくわけで……不安になるなっていう方が難しいよ。
「んな顔するな。思ってたより早いが……もうすぐ全部教えてやる。そうだな、大会が終わった後でどうだ?」
「頭領!?」
ポンと私の頭に手を置いたまま告げたお父さんの言葉に、ギルさんが驚いたように声を上げる。お父さんの提案にも驚いたし、ギルさんの声にもビックリしたよ。近くにいたレキも軽く目を見開いている。
「これ以上、黙ってられねぇだろ。不安は残るが、たぶんこれはあいつが絶対大丈夫だって言ったところで変わらねぇ」
「それは、そうかもしれないが……」
あいつ? あぁもうわからない。気にしたくないのに気になる言い方やめてもらえないかなぁ。
「アーシュにもあいつにも俺から伝えておく。だからギル、腹括れ。メグ、お前もだ」
「私?」
「ああ。むしろお前が一番、辛い思いをするかもしれない。他ならぬお前のことだからな。けど」
約束したもんね。話してくれるって。それが、もうすぐってことなんだ。それはそれでなんだか緊張する。辛い思い、か。それは物理的に痛い思いをしたりするのだろうか。それとも精神的に? 覚悟の方向性だけでも知りたいところだ。ウズウズ。
「これさえ乗り切れば、お前はもう大丈夫だ。暴走しそうなその魔力の問題も、全部解決する。だから、不安かもしれねぇが、頑張れるか」
「……そんなこと言われても、何をどう頑張ればいいのかも、どんな覚悟をすればいいのかもわからないもん。そんな曖昧な説明で返事なんて出来ないよ」
私はちょっとだけ頰を膨らませて言い返した。そりゃ拗ねもするよ。肝心なことをまだ教えてもらえてないのに覚悟決めろだなんて、納得出来るわけがないのに。お父さんはそんな私を見て困ったように笑う。そんなこと、お父さんだって重々承知なのだ。
「そりゃそうだな。悪い。じゃあ……せめて、俺たちのやることを信じてくれ。これならどうだ?」
私に目線を合わせるように屈むと、お父さんは私の両手を取った。その眼差しからは逃れられないみたい。私もしっかりお父さんに目を合わせたて軽くため息を吐く。もう、ずるいんだから。
「……わかってて聞いてるんでしょ? お父さんは、私がやれるって思ってるんだよね? なら、きっと大丈夫。私は、そう判断したお父さんのこと、信じてるよ」
そう言うと、お父さんはわずかに瞳を揺らしてそうか、と嬉しそうに告げた。なんだか照れ臭くなっちゃったな。それを誤魔化すように私は笑うと、そういうわけだから早く戻ってとお父さんを急かした。
「成人部門の試合、楽しみにしてたんだから! お父さんが戻らないと始まらないよっ」
「わかったわかった。ギル、メグのことは注意して見ててくれよ」
「もちろんだ」
グイグイと追い出すようにお父さんを押し出すと、ようやく静かになった。心配させたのは私だけど、あんまり時間はかけられないもんね。試合も観たいし!
「ギルさん、また膝の上に乗ってもいい?」
クルッと振り返ってギルさんに笑いかける。もちろん、ギルさんは断らない。穏やかに微笑みながらスッと両手を広げてくれたので素直にその腕の中に飛び込んだ。そのまま流れるような動きで私を抱き上げたギルさんはさっきも座っていた席へと向かい、私を座らせる。もはや定位置。この安定感と安心感はプライスレス!
心配だし不安だし、怖い。そして私が本音ではこう思ってるってこと、ギルさんもお父さんも気付いてると思うんだ。それでも何も出来ないんだ。私を待ち受けている試練のような何かから、私が逃げてはいけないからだよね。
どうせ起こることなんだから、待ってる間に慌てても泣いても震えてても仕方ない。みんなにも迷惑かけちゃうし。だからここは大会を楽しむことに集中するって決めた。ロニーやジュマ兄を応援しなきゃいけないから、忙しいのだ。
「ロニーもジュマ兄も、勝てるといいな」
「対戦相手にもよるだろうな」
「そっかぁ。ギルさんだったら、誰にも負けない?」
「勝負に絶対はない。だが、負ける気がしないのはたしかだ」
さすがはギルさんである。私もギルさんが負けるのなんか想像もつかないけど。でも、それでもお父さんや父さま、シェルさんなんかには勝てなかったりするんだよね? それもなんだか不思議な気分だなぁ。そもそも、お父さんが戦う姿は一番想像出来ないかもしれない。
「あれ? 試合会場が増えた!」
ギルさんと会話をしていると、隣からアスカの驚いた声が聞こえてきたので私も会場に目を向けた。たしかにアスカの言う通り、会場が増えてる。だだっ広い中、戦うスペースは一箇所だったのに、今は3つに増えている。同時に試合をするってことかな。
「成人部門の参加人数は多いですからね。時間短縮のために予選は同時に3箇所でリーグ戦をするそうですよ。最終的に勝ち進んだ6人で先ほどのようなトーナメントを行うのです」
そっか、さっきは子どもだからすぐ終わったんだもんね。元々、魔大陸に子どもは少ない上に、戦える子どもとなるともっと少ないわけだし。一方、大人は倍以上の参加人数がいるから同じようにしてたら1日じゃ終わらないもん。
「というわけですので、早速見送りましょうか。成人部門は試合の回転が早いですから、参加者は会場近くに移動するんですよ」
「そうなの!? 応援の言葉をかけにいかなきゃ!」
せっかく腰を落ち着けたところではあったけど、私の時もみんな見送ってくれたんだから私もやらないなんて選択肢はない。ぴょんとギルさんの膝から飛び降りると、私はとっとこ控え室に続くドアの近くに駆け寄った。そこで、今まさにドアノブに手をかけようとしていたジュマ兄を引き止める。その後ろにはロニーと他の皆さんもいて、一斉にこちらに振り返った。
「見送ってくれんのか、メグ!」
「それはもちろん! ……みんなは来ないのかな」
「メグやアスカならともかく、オレら相手じゃ勝手に頑張れとしか思わねーんじゃねぇの?」
みんなそれぞれ今いる場所から動かずに頑張れーとか声はかけているけど、わざわざ見送りに来たのは私だけみたいだ。アスカは試合会場の変化に夢中になってるし。それはそれでなんだかなぁ?
「逆に来られてもちょっと気恥ずかしいしな。でも、未成年部門の優勝者が激励の言葉をくれんのは嬉しいぞー!」
「ちょ、ジュマ兄っ! 恥ずかしいからやめてー!」
「優勝したメグに言われると、気が、引き締まる、ね」
「ロニーまで!」
応援しにきたのに私がからかわれている。解せぬ! でも、楽しそうに笑ってるから、緊張は解せたかな? そもそも緊張なんてしてるのかって話ではあるけど、ジュマ兄以外は人並みに緊張くらいするだろうし、役に立てたと思いたい。
「もー。でも、応援してる! みんな頑張ってね!」
グッと拳を突き出してエールを送ると、みんながそれぞれコツンと拳を合わせてからドアを通って行ってくれた。なんだか私の方が元気をもらったような気分だ。パタンと閉まったのを確認して、私は再びとっとこギルさんの元へと向かう。それから膝の上によじ登った。
「乗せてやろうか?」
「じ、自分で乗るの!」
何でもかんでも甘えるわけにはいかないのだ! 私だって成長してるんだから。でも膝の上には乗ります。見えないから、そう、見えないから仕方ないの! アスカやサウラさんだって膝の上に乗せてもらってるもん。ね! ね!
「よいしょ、と。ふぅ」
やっと膝の上に落ち着いたところで一息つくと、背後からクスッという笑い声が聞こえてきた。ギルさんである。なんかおかしかったかな?
「なぁに?」
「いや、成長しているんだな、と思っただけだ」
「ふふふ、そうでしょ?」
「少しだけ、な」
「少しでも! 成長は成長だもん」
そうだな、とギルさんはポンと私の頭に手を置いた。子どもなのは事実なので、こういう子ども扱いは甘んじて受け入れますよ!
それから少しして、成人部門の予選が始まったみたいだった。さっきみたいに実況と解説があるのはトーナメント戦になってからなんだって。まぁ、一度に何試合もしてるこの状況じゃ、実況も大変だし、わかんなくなっちゃうよね。みんな、勝ち上がれるといいなぁ。
「あ! あそこにいるの、さっきのいけ好かない青い鬼じゃない!?」
隣でシュリエさんの膝の上に座っているアスカが突然声を上げた。そ、その言い方……! でも、アスカも怒ってくれてたんだね。そのことにちょっと癒された。
「ああ、そうですね。いけ好かない青鬼で合ってます」
「あらほんと、いけ好かない青鬼だわ。勝ち上がってるじゃない。ま、実力は確かだものねぇ」
シュリエさんは真顔で、サウラさんは面白くなさそうな顔でアスカに答えている。ちょっと? いけ好かない青鬼がゲシュタルト崩壊しそうなんだけど? 皆さん地味にお怒りのようで私は少々、居た堪れなさを感じるよ……!
「んー、ロナウドも勝ち上がったみたいだね。ついでにジュマも」
「えっ、本当!?」
「本当だよ。ほら、あそこ」
背後から聞こえたケイさんの声に振り返ると、ケイさんはクスッと笑って私の目線に合わせて屈み、指差してくれた。ほっぺとほっぺが触れ合う距離にちょっぴり照れる。
示された先に目を向けると、たしかにロニーの勝利と審判が手を上げているところだった。うー、こんなに早く決まるとは! 試合、見られなかったなぁ。
「まだリーグ戦の途中だからな。次に進めるとわかるのはもう少し勝ってからだろう」
「まぁそうなんだけどね。今のロナウドが負けるとは思わないから」
「勝負に絶対はないぞ」
「そりゃあね。でもボクは愛弟子の勝利を疑ってないよ」
クスクスと至近距離で笑うケイさんはどこか誇らしげだ。そうだ、ロニーの師匠はケイさんなんだもんね。ロニーはとても優秀な弟子だろうから鼻が高いだろうなぁ。うん、私もロニーがトーナメントに進出することを信じて、その時の試合を楽しみにしてようっと。
その後は、各ギルドの有力選手についての情報を聞きつつ、大人の迫力ある試合に圧倒されながらリーグ戦を観戦した。体感で約2時間後、リーグ戦終了の合図が会場内に響いた。
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