屋台巡り


「ふーん、なるほどなるほどぉ」

「あ、ルーン」


 ヒートアップして私から離れたアスカは、グートと何やら舌戦を繰り広げ始める。その様子を困惑しながら見ていると、知らない間に隣に立っていたルーンが面白そうに呟いた。なるほどって何!?


「そんなに心配しなくても大丈夫よ、メグ! あの2人はライバル認定されただけだもの」

「ライバル? あ、そっか。同じくらいの年頃で、男の子同士だもんね」

「……ちょっと違うけど、まぁそれでいいと思うよ」


 大会で戦うことになるかもしれない同年代の男の子だもん。そりゃあ意識もするか。納得しているとクスクスと笑う声に振り向く。ケイさんが私たちを見て微笑んでいた。子どもたちのやり取りが微笑ましかったのかな?


「んー、メグちゃんは罪作りだなぁ」

「えっ、私?」

「ふふ、気にしなくていいよ。ね、屋台巡りに行くんでしょ? そこの2人」


 私が罪作りってどういう意味? なーんか釈然としないなぁ。まぁいいや。ケイさんが気にしなくていいっていうなら気にしないでおこーっと。未だに口喧嘩をしていたアスカとグートはケイさんの呼ぶ声にハッとしてこちらに戻ってきた。まったく、2人には注意をしないとね!


「もう、2人ともケンカはダメだよ! せっかく屋台巡り楽しみにしてたのに……2人がその調子だと、楽しいことも楽しくなくなっちゃう」

「うっ」

「うぅ、ごめん、メグ」


 腰に手を当てて戻ってきた2人にお説教である。内面的にはずっとずーっとお姉さんだからね、私! ここはビシッと言っておかないと。……でも、しょんぼりしすぎじゃない? 強く言い過ぎたかな?


「はぁ、なっさけない男たちねー! 放っておこ!」

「え、え、でもルーン」

「いいのいいの! 2人はそこで仲良くしょげてなさいっ。私はメグとデートしてくるからー」

「なっ、俺も行くしっ」

「メグとデートするのはぼくっ!」


 ルーンの手腕がすごい。なるほど、先に行っちゃうよー作戦か。子どもには効果抜群だよね。ついクスクス笑ってしまう。


「じゃ、みんなで行こうね!」


 2人にそう告げると、揃って恥ずかしそうに顔を赤くした。ケンカしちゃって気まずいのかな。でも子どもだし、すぐに仲直りしてくれるよね! そうなるように私も気を付けてこの2人を見ておこう。

 ケイさんとアシュリーさんによろしくお願いします、と頭を下げて、いざ出発! どんな屋台があるのかなー?




 仕事でこの街に来たことがあるらしいアシュリーさんを先頭に、私たちは屋台の並ぶ道を歩く。最後尾にはケイさんがいるから、私たち子ども組は間に挟まれている状態だ。

 アスカとグートの仲を深めてあげようよ、というルーンの提案にのって、私はルーンと2人で手を繋いで歩いている。時々後ろから、なんでコイツの隣で歩かなきゃいけないんだよ、みたいなアスカとグートの文句が聞こえてくるけど。仲良しまでの道のりは思っていたより長そう。


「なんだかあまーい匂いがするね、ルーン」

「お肉の焼ける匂いもするよー」


 あっちこっちからいい匂いが漂ってくるから目移りしちゃう。ルーンは肉食なようで、さっきからお肉系の屋台を見つけては目をキラキラと輝かせている。めちゃくちゃ可愛い。

 そんな私たちの様子を見ていたケイさんが、微笑ましそうに笑いながら、気になったものをとりあえず1つずつ買おうか、と提案してくれた。うっ、どれにしようかなぁ?


「わ、私! あのお肉食べたいぃ」


 真っ先に手をシュバッと上げて主張したのはルーン。選んだのはスモークターキーのようなザ・肉だった。もも肉をそのまま燻製にした豪快なもので、確かにこの匂いがこの辺りでは1番強く、食欲をそそる。じつは宴会で私はすでに食べたんだけど、すっごく美味しかった。ただ、多すぎて丸ごと1つは食べきれない自信がある。ちなみにスモークチークという料理らしい。

 買ってもらったスモークチークを嬉しそうに受け取ったルーンはヨダレを出さんばかりに肉を凝視している。先に食べていいんだよ? というケイさんの一言を聞いて、すぐに齧り付いた。


「おいしーっ」

「ふふっ、よかったねルーン。でも、食べきれる?」

「こんなの、おやつよ、おやつ!」


 そう言いながら一心不乱に頬張るルーンはとても幸せそうだ。でもそうか、おやつか……これが。ルーンもすごく食べる子なんだなぁ。羨ましい。


「あ、ぼくはあれが食べたいっ」

「俺はあっち! 肉が巻いてあるやつ」


 続いてアスカが肉まんのようなものを指差して言い、グートが肉巻きおにぎりを指差して言う。2人も肉食である。それぞれケイさんとアシュリーさんに買ってもらっめ手渡された2人は、互いに自分の持っているものと相手の持っているものを交互に見ている。


「……それも、美味そうだな」

「そっちも……」

「半分ずつ食うか?」

「いいの? やったー! グート、いいヤツじゃん!」


 おお、食べ物によって友情が芽生えた! 美味しいものは正義だね、やっぱり。


「メグちゃんはどれにするか決めたかい?」

「あ、えーっと」


 そこへケイさんに声をかけられてハッとする。少し迷って私も控えめに言った。


「あの、アレ……いいですか?」

「ん? ああ、アプリィキャンディーだね。ふふっ、メグちゃんは選ぶものも可愛らしいね」


 私が選んだのはいわゆるりんご飴だ。だってだって、私の拳より小さなりんごに飴がコーティングされていて、キラキラと綺麗で美味しそうだったんだもん。チョコバナナやクレープも気になったけど、私の軟弱な胃は未だに昨日の宴会料理が響いているのだ。要するに胃もたれ。あまりガツンとしたものが食べられないのである。運動したのにまだお腹が空かない……!


「はい、どうぞ」

「わぁ、ありがとうございます!」


 ちなみに、これらの資金はオルトゥス持ちである。あ、ルーンとグートはアニュラス持ちだけど。つまりギルドのお金ってことだ。

 ここで飲み食いするものに関してはギルドでお金を払うって初めから決めているのだそう。経済を回す目的もあるこの大会だから、遠慮なく使って欲しいと言われているからだ。私たちギルドのメンバーが美味しそうに食べ歩きすることで、それを見た他の人たちも釣られて買う、っていうのを狙ってるんだって。宣伝効果だね!


「あまーい! 美味しいっ」


 一口りんご飴を齧った瞬間、口いっぱいに甘さと爽やかなりんごの風味が広がってもうそれだけで幸せー! ほっぺに手を当てて幸福を味わっていると、みんなから微笑ましげに見られてしまった。道行く人まで!? は、恥ずかしい。

 でもこうして注目を浴びたおかげで、私たちが購入した屋台にお客さんが集まり始めた。宣伝効果が早くも! やったね!


「お、お前さんたち、うちの焼き団子も美味しいよ!」

「うちの海鮮焼きは特別なタレが塗ってあるから美味いぞー」


 だからなのかなんなのか、他の屋台の人たちからもたくさん声をかけられてしまった。ま、待ってー! そんなには食べられないよ!? え、アスカは食べるって? グートも? あ、ルーンまで! ケイさんやアシュリーさんも食べ始めたからここら辺で売ってるものは制覇したのでは? という勢いだ。みんなすごぉい。

 私? りんご飴をちびちび食べながらその様子を見てたよ。ごめんね、戦力にならなくて……くすん。あ、でも海鮮焼きを少し食べたよ。醤油ベースのタレの香りには勝てなかったのだ。帆立のような食べ応えのある貝はとてもジューシーで大変美味でした! でもお腹いっぱい。私の胃ぃ、もっと大きくならないかなぁ?




 屋台料理を満喫した私たちは、その後少し散歩をしてから広場の拠点まで戻ることにした。街がどんな感じなのか見ておきたかったしね。

 基本的に石造りの街並みは素朴な雰囲気で結構好きだ。ただ、砂が多いからどうしても埃っぽくなっちゃうけどね。この辺に住んでる人たちはお掃除が大変そうだなぁ。専用のお掃除魔道具とかがあれば売れるかもしれないよね。風を上手く使えばどうにかなりそうな気もするけど……すでにそのくらいは考えられてるかな? 今度お父さんに聞いてみよう。


 そうこうしている間に、だんだんと陽が暮れてきたので、私たちは専用の広場に戻ることにした。アニュラスも広場の奥の方に拠点を作っているっていうから、きっと近くだよねとルーンと笑い合う。


「……」

「わっ、あれ、どうしたんですか? アシュリーさん」


 突然、先頭を歩くアシュリーさんが立ち止まった。その足に思い切りぶつかったルーンが不思議そうにアシュリーさんを見上げて問いかける。すると、アシュリーさんは無言でスッと腕を上げて向かっていた方向を指差した。ん? なんだか、騒がしいな?


「あー、なるほど。メグちゃん、見知った人が到着したようだよ」

「見知った人?」

「そう。気配でわかるんじゃない?」


 ケイさんはすぐに気付いたみたいだ。気配、か。探ってみよう……と思ったけど探るまでもなかった。ちょっとそちらに意識を向けただけで私にもそれが誰かすぐにわかったのだ。


「父さま!」


 魔王一行が、到着していたのである! 魔王の魔力は色んな人たちに影響を与えてしまうからと、父さまは常に身体に纏う魔力を消しているのですぐには気付かなかったけど……その圧倒的な存在感と美しさにより、みんなの注目を浴びていた。

 こうして人混みの中で見るとその人とは違うオーラのようなものがよくわかる。ただ歩いているだけなのになんであんなに存在感を出せるのか本当に不思議なんだけど、それが魔王ってやつなのかなー。

 私もいつかあんな風になってしまうのだろうか。……行く先々で注目を浴びてしまうのはちょっと嫌だなぁ。まぁ、今は魔王国の皆さんを引き連れているから余計に目立つのかもしれないけど。


「ああ、メグ。2日ぶりだな」


 私を見つけた瞬間、わかりやすく顔を綻ばせた父さまが嬉しそうに声をかけながら歩み寄ってくれた。その笑顔の破壊力は凄まじく、見ていた人たちが数人ほど気を失った。いわゆるキュン死というやつだ。なんかごめんなさい。でもこればかりはどうしようもない。


「え、えっと、父さまたちも広場へ向かうの?」

「うむ。メグたちもか? ユージンから魔王国の拠点はオルトゥスの隣だと聞いておるぞ」


 本人に悪気はないし、特に気にしてもいないようなので、私もあえて見ないフリをして質問をすることにした。でもそれにより、ウキウキとした可愛らしい魔王、というものが出来上がってしまったため、さらに数人が倒れるのを視界の隅で確認した。あー、こりゃだめだ。気にしてたらキリがない。さっさとこの場を移動した方が良さそうだ。


「じゃあ、一緒に行こ! 案内するね!」

「め、メグが、自ら……!?」


 だから父さまの手を取って早く早く、と手を引いたんだけど……あ、あれ!? 余計に人が倒れたよ!? なんで!? 父さまが感動で震えるのはわかるけど!


「はぁ……お前さ、自分の容姿のこと、未だに自覚ないのな」

「あ」


 呆れたように父さまの後ろから顔を見せたリヒトの言葉にハッとする。そうだ、私ったら美少女の部類に入るんでした。そ、それこそもうどうしようもないじゃないーっ! というか今気付いたけど、ルーンたちもみんな固まっちゃってる! 魔王が目の前にいるってそんなに重大なことなのね。ちょっと意識が足りてなかったよ。素直にごめんなさい。


「んー、とにかく早く広場に行こうか。アシュリーはルーンとグートをお願いね。アスカ、ボーッとしてないで行くよ」


 やや混沌とした現場を仕切ってくれたのはケイさん。た、頼りになるぅ! アシュリーさんに背中を叩かれたルーンとグートがハッとして我に返り、慌てたように再び歩き出す。なんだか動きがロボットみたいになってる。

 ふと横を見ればアスカもちょっと緊張しているみたいだ。亜人とは違うエルフだから、まだ魔王の影響が少なく済んでるみたいだけど。


 それにしても、ぎこちない雰囲気になっちゃったな。うちのザハリアーシュ様がすみません、というクロンさんの淡々とした声が聞こえてきたのが余計にみんなを緊張させた。な、なんとも居た堪れない……カオス!!



────────────────


【宣伝】

特級ギルドへようこそ!4巻は6月10日発売です!

まだ先ですが、予約はスタートしておりますのでぜひに。

かなり加筆してありますー!

書影も出てます!ちもし先生の素敵で爽やかなイラストをぜひご覧になってみてください!


いつもお読みいただきありがとうございます!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る