専用訓練場


 次の日、目が覚めて外に出てみると、すでにみんなは働き始めていた。大会の準備をするべく、設営やら魔道具の調整、出場者の確認やトーナメント、審判などなど、やることはたっくさんあるもんね。私だっていつもよりは早めに起きたはずなんだけど、それより早くから動いてるなんて。昨日、あんなにお酒を飲んで大騒ぎしていたのに、大人ってすごい。


「眠らずに、そのまま仕事にいった人が、ほとんど、かな」


 ロニーのその言葉に余計に感心したよ。魔大陸の大人ってすごい。数日くらい眠らなくても平気なんだもんね。正直、私は大人になっても起きていられる自信がないよ。


 それにしても、昨日の夜は楽しかったな。チオ姉作の煮込みハンバーグは最高に美味しかったし、屋台で手に入れたという串焼きも本当に美味しかった。デザートにはケーキやプリンやゼリーもあって、ついつい食べすぎちゃった。

 もちろん、食べ物だけじゃない。ワイアットさんがギターを弾きながら歌ったのには驚いた。それもすごく上手いの! みんなその音楽に合わせて踊ったり、一緒に歌ったりしてずっと笑顔で、それがなんだかものすごく幸せだなって思った。私も踊ったんけど、お父さんになんだその盆踊りって言われたこと、絶対に許さない。


 みんなとたくさんお喋りして、笑って、すっごく楽しかった。こんなに大騒ぎして大丈夫かな? って思ったけど、そこはオルトゥス。防音魔道具を設置してありましたとさ。抜かりない……!

 私とアスカは子どもだからと早めに簡易テントに戻って寝た。まだまだ参加したかったんだけど、2人して舟を漕いじゃったためである。身体は素直だ。


 簡易テントは2人で1つの計算で用意していたらしく、私はギルさんと一緒だった。最近はずっと添い寝をしてもらってるから、それが継続されそうで安心したのは内緒である。

 だ、だって! ものすごく安心するんだもーん! 昨日はさすがに1人で寝たけどね。ギルさんにも宴会は楽しんでもらいたかったし。寂しくなんてなかったよ。……なかったの。


「メグ、何か、食べる?」

「んー、昨日いっぱい食べたからあんまりお腹が空いてないかも」


 ロニーの質問にお腹をさすりながら答える。ほんと、もう無理ってくらい食べたよ。それでもアスカに言わせてみれば「ぼくの一食分以下」らしいけど。アスカが食べる方なんだよ……!


「フルーツだけでも、食べる?」

「うん! そうする! ロニーは?」

「うん。僕も一緒に、食べる」


 どうやら、私を待っていてくれたみたいだ。相変わらずロニーは優しいな。顔付きも大人っぽくなったし、お兄ちゃんというよりはお兄さんって感じになったけど、中身は昔から変わらず穏やかで一緒にいて居心地がいい。2人でふふっと笑い合って外に設置してある簡易テーブルへと向かった。


「あ、メグ! おはよー!」

「アスカ! ……朝から食べるねー」


 テーブルには先客がいた。大きな器のスープとサラダが並べられ、山盛りのパンの入った籠を独占するような形でひたすら食べている。すごい。隣には優雅に紅茶を飲んでいるケイさん。そこだけ空間が違うような錯覚を覚える……絵になりすぎっ!


「特に朝は食べないと持たないんだよねー。シュリエが言うには、成長期だって。メグは? お腹空かないの?」


 くっ、アスカが無邪気に私の心を抉ってくる……! それはつまり、お前の成長期はまだか、まだ小さいままだな、って言ってるのと同じだぞっ! いいの、私はこれからなの……背も大きくなるし出るとこも出てナイスなバディになるんだから……ぐすっ。


「昨日、いっぱい食べてたし、ね。僕もそんなに、お腹空いてない、から」

「食べる量は人それぞれだから。リュアスカティウスはしっかり食べればいいし、メグちゃんは軽くにすればいい。大事なのは自分の適量を知ることなんだから」


 ロニーはさすがのフォローである。そしてケイさんの言葉には説得力がある。二人とも、大好き……! 苦笑を浮かべながら席についたロニーの隣に私も座り、収納ブレスレットからフルーツをいくつかテーブルに出す。アプリィとナババ、それにオランの盛り合わせだ。


「ね、食べたら2人も訓練に行くでしょ?」


 そんなんで足りるのかと言いたそうに首を傾げつつも、話題を変えてくれたアスカにちょっとだけホッ。試合に出場するメンバーは準備の手伝いはせず、訓練をするようにと言われているのだ。私たちの付き添いであるギルさん、シュリエさん、ケイさんが交代で私たちを見ていてくれることになっている。今日はケイさんなんだよね。すぐさまもちろん、と言いながら首を縦に振った。


「ぼく、すっごく強くなったんだから! 未成年部門では優勝しちゃうかも!」

「おおー、自信満々だね! そこまで言うんだもん、本当に強くなったんだろうなぁ」

「メグだってそうでしょ?」

「うん! いっぱい頑張ったんだから!」


 アスカのこういう前向きなところ、好きだなぁ。訓練でお互いにどれだけ強くなったか確認し合おう、と笑う。


「ロニーも一緒に訓練するの? あ、でも物足りないかな……」


 それからロニーの方を向いて聞いてみる。成人部門に出るから、訓練も私たちよりずっと厳しいものだったと思うし。人間の大陸で一緒に頑張っていたあの頃が懐かしいなぁ。あれからケイさんの指導の下、毎日欠かさず訓練を続けてきたんだもん。ロニーは本当に強くなったのだ。


「たぶん、別メニューに、なると思う。でも、2人の訓練、少し見てから、やる」


 ロニーがケイさんに目線だけで確認をとると、ケイさんはにこりと微笑んで頷いてくれた。


「ほんと!? やったー!」


 一緒に出来たらなー、という期待の籠もった眼差しに気付いたのだろう。私が喜ぶのを見て、ケイさんとロニーはクスッと笑った。ワガママ言っちゃったかな? ロニーだって試合に出るわけだし、訓練の時間を取っちゃうのは申し訳なかったかも。


「ロニーはまだ成人したばかりで大人と戦うんだよね? 周りが強敵ばっかりで緊張しちゃわない? えっと、本当に付き合ってもらって平気?」


 心配になってそう聞いてみたら、ロニーはふわりと笑って答える。


「きっと、勝てないと、思う。でも、挑戦しがい、あるし。それに、簡単に負ける気も、ない」


 それからそっと私の頭を撫でて、2人の訓練を見るのも修行の1つだから平気だと言われてしまった。


「そっか。よーし。じゃあ、みんなで頑張ろうね!」


 そんな私たちを見ていたアスカが、空っぽになった食器を片付けながら元気にそう告げる。それに合わせて、私とロニーもおー、と拳を挙げて笑った。……それにしてもアスカ、いつの間に食べ終わったんだろう?




 食後の休憩も兼ねてゆっくりお散歩をしながらみんなで訓練場所へと向かう。なんでも、大会のために専用の訓練場まで用意してくれているのだそう。もちろん、担当はオルトゥス。


「ほわぁ、すごいと思ってたけどやっぱりすごい」

「なぁに、その感想? おっかしいの!」


 訓練場に一歩足を踏み入れたところで素直な感想が思わずもれた。アスカには笑われたけど……いや、だって本当にそう思うんだもん。

 建物自体はただの小屋なんだけど、オルトゥスがそれで終わるわけがない。当然、固定異空間魔術が仕込まれており、ドアを開けると軽い運動が出来る空間が広がってます。し、か、も! ごった返しにならないようにと、それぞれのギルドごとに部屋が分かれているのだ! 訓練なのだから、慣れない相手もいる中でやるよりリラックスして臨めるだろう、との考えもあるんだって。

 もちろん、ここで出会った別のギルドの人を誘って訓練することも可能。そういった人たち用の部屋も用意されているのだ。すごいでしょ、オルトゥス! 私が考えたわけじゃないし用意にもなーんにも関わってないけど鼻を高くしちゃうのだ。ふふん。


 で、私たちがやってきたのはもちろん、オルトゥス専用の部屋。というか訓練場である。すでの奥の方ではジュマ兄と出場する他の2人が身体を動かしていた。よぉく目を凝らさないと速すぎて何してるのか捉えられないや。やっぱりすごいなぁ。


「はっ! もしやロニーもあんな風に動けるの……?」


 成人部門に出場するのだから、そうじゃなきゃ太刀打ち出来ないもんね。私の知らない間に、ロニーもそんなに強くなってたってこと!?


「あんな風に、動けるかは、わからないけど……たぶん?」

「うおぉ、すごい! ロニー、修行いっぱい頑張ってたもんね!」


 私が褒め称えると、ロニーは恥ずかしそうに頰を人差し指で掻いた。奥ゆかしい。


「よし、私たちも頑張ろう!」

「おー! まずは準備運動からだね!」


 みんなの様子やロニーのことを知ったからか、私たちのやる気スイッチがオンになる。アスカと2人で早速ストレッチから開始。しっかり身体を解して、準備運動をし、軽く走りこむ。走るにはちょっと狭いけど、その分、何周もすればいいだけだもんね!

 私たちが通るたびにジュマ兄たちがニコニコと笑顔を向けてくるのがちょっと気恥ずかしいけど……応援してもらってるのがわかって嬉しくもある。ちなみに、ロニーもここまでは一緒に付き合ってくれた。私たちのペースに合わせてくれてるみたいだ。ほんと、優しい。


「二人とも、模擬戦をしてみたらどうだい? 審判はロナウド。審判をするのもいい勉強になるからね」

「ん、わかりました」


 一通りのアップを終えたところで、ケイさんがそんな提案をしてきた。模擬戦か……アスカとやるのは初めてかも。一緒に訓練はしてたけどね!


「よぉし! ぼくが勝っても泣かないでよ? メグ!」

「む、アスカ、それはこっちのセリフだからね!」


 嬉しそうにそう宣言したアスカに負けじと私も言い返す。お互いに笑顔である。意地悪で言ってるわけじゃないけど、それぞれ本気のセリフだ。アスカは私のライバルなのだから!


「ルールは、もう、覚えた?」

「もっちろーん!」

「うん、覚えたよ!」


 ロニーの確認にアスカとともに元気に返事をする。この大会での試合のルールだ。これは各ギルド間で相談して決めたのだという。成人部門も未成年部門も同じだそう。


 一つ、武器の使用は禁止。その代わり、どんな魔術を使用しても構わない。一つ、勝利の条件は相手を場外へ出すか、相手が意識を失う、負けを認めた時とする。一つ、命の危険がある攻撃は禁止。一つ、試合の制限時間は大会でのみ使用する砂時計の砂が落ちきるまで。お父さん曰く、40分ほどだそう。な、長くない? 休憩も挟まないんでしょ? と聞いたところ、亜人の体力なめんな、と返されてしまった。むしろ短いくらいだ、とも。


 でもそれ以上長くすると大会が終わらなくなるからこれくらいが妥当なんだって。それもそうか。一瞬で終わる試合もあれば、時間いっぱいかかる試合もありそうだしね。どちらにせよ怖い。


 あとはこれだ。バテるようじゃ、まだまだだって。私? バテる気しかしないよ! うわーん! でも、泣き言なんか言わないで頑張るんだから! ちなみに引き分けの場合は審査員である各ギルドの代表たちの協議で決まるんだって。ルール違反なんかもギルドのトップが見張ってれば確実だし、魔道具の設置もあるから安全対策もバッチリである! その魔道具ってのも、ものすごい物なんだけどね。割愛するよ……すごい物が多すぎるんだもん。


「じゃ、やってみようか。2人とも、準備、して?」


 頭の中でルールを確認したところで、ロニーの合図。よし、模擬戦とはいえ、精一杯やるぞー! よろしくね、精霊たちみんな



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先週、コミカライズ版特級ギルドへようこそ!@comicの2話後編がニコニコ漫画の方で公開されております。

鼻水泣き顔メグがとても良きです。ぜひご覧になってみてください!

まだまだ無料で見られますよー!

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