sideケイ


「一緒に食べなくていいのかい? ギルナンディオ」


 たまたま。そう、たまたま見てしまったんだ。何をって? そりゃあ、ギルナンディオの様子がおかしい瞬間を、だよ。普段だったら珍しいものを見たなってだけで済ませるよ? 何か悩んでいたとしても、相談をされない限りは干渉する気はないからね。冷たいかもしれないけど、触れて欲しくないことだってあるじゃないか。これはボクだけでなく、オルトゥスのみんなが心掛けている暗黙のルールみたいなところもあるしね。もちろん、有事の際は全力で味方になるってスタンス。


 でも、今回のこれは、ちょっと手助けが必要だろうなって思ったんだ。んー、なんでかって言われても、なんとなくとしか答えられないんだけど。だからお節介なのは承知で、つい声をかけちゃったんだよね。


「……別に俺は食事は必要ない」

「そうだろうけど、いつもはメグちゃんと一緒に食べるじゃないか」


 ボクたちは大人だから、数日食べたり寝たりしなくても問題はない。食べた方が力が出たりするのは確かだけど、微々たる変化だしね。だから食事も睡眠もほぼ娯楽。オルトゥスに所属してからはボクもほぼ毎日食事を摂ってるんだけど、これはいいよね。美味しいものを食べるのは気分が上がるから。寝るのもなかなか気分がいいし。

 だけど、この男はオルトゥスに来てからも、それまでの生活スタイルを変えることはなかったんだ。食事も睡眠も数日に1回。それが自分のリズムなんだって、頑なに変えようとしなかった。それが、メグちゃんが来てからというもの、メグちゃんが気に病まないようにとちゃんと毎日食事も睡眠も取るようになったんだ。改めて、メグちゃんの影響力ってすごいなって思う。


「アスカが来てるんだ。別に俺がいなくてもいいだろう」


 んー、やっぱりどこか様子がおかしい。いつも通り無表情で必要以上に喋らないけど。メグちゃんの方を見ようとしない時点でおかしいよね。


「少なくとも、咄嗟に目を逸らすなんてことはしない方がいいと思うけどね」

「っ……目敏いな」


 否定しなかっただけよしとしようかな。一応、自覚はあったみたいだし。そう、さっきボクが見たのはその瞬間だったんだ。ギルナンディオはそれまでジッとメグちゃんを見つめていたというのに、メグちゃんがギルに気付いて目を向けた時にサッと逸らしてその場から去ってしまったその瞬間を。


「オルトゥスのナンバーツーともあろう男が、逃げるなんてね」


 思わずクスクスと笑ってしまう。あまりにも貴重な反応だったからね。おっと、そう睨まないでくれよ。ごめんってば。


「ねぇ、メグちゃんを見なくていいってことは、今夜暇だろう? ちょっと付き合ってよ」

「……いや」

「メグちゃんのことで話があるんだよね」


 断ろうとするギルナンディオに、先手を打つ。何だかんだ言って、メグちゃんのことなら聞いておきたいと思うに違いないからね。そして、その目論見通り、ギルナンディオは眉間にシワを寄せながらも了承してくれた。案外、扱いやすいんだな。新発見だ。


「そう、時間は取らせないよ。ボクの行きつけのバーがあるんだ。そこに行こうよ」

「飲むのか」

「いーじゃない、たまにはさ。ちなみに、今日しかこのことについて話す気はないからね」


 人前に顔を晒すのを嫌がるこの男は外で食事をするのを極端に嫌がる。でも、この一言を付け加えればきっと来るって思ったんだ。なかなか卑怯な手を使ったなって自覚はあるし、ギルナンディオもそう思ってると思う。

 でも、こういう機会って必要だと思うんだ。ギルナンディオ、君は少しメグちゃんから離れた場所で、自分を見つめ直すのがいいと思うんだよ。常に一番近い場所にいるんだから。その保護者目線を、ほんの少しだけ崩してやりたいんだよね。


 さっさと先を歩くボクの後を、ギルナンディオが付いてくる気配を感じながら、ボクはそんなことを考えていたんだ。




 行きつけのバーは人気店なだけあってそれなりに賑わっていた。お客さんやマスターはボクらを見ると一瞬目を丸くしたけれどすぐに目を逸らしてそれぞれお酒を口にする。僕らはオルトゥスのメンバーとしてこの街では有名だからね。何か仕事の最中かもしれないと、みんな空気を読んで知らないフリをしてくれるんだ。こういうところ、好きなんだよなぁ。


「マスター、いつもの席空いてる?」

「もちろん空いてますよ、ケイさん。お飲み物は?」


 いつも女の子と来る時も同じ席に座るから、そのあたりマスターも心得ているのかなんとなく空けておいてくれる。バーの隅にあるボクの指定席。もちろん、先に他の人がいたら譲るけどね。ここは内緒の話をするのに向いてるんだよね。


「いつも通り。この店の人気のカクテル2つよろしく頼むよ」

「かしこまりました」


 最初は必ずこれを頼むんだ。美味しいし、この店を知ってもらうためにもこれは飲んでもらいたいしね。まぁ、今日は相手がギルナンディオだし、知ってもらったところで意味はないんだけど。だって、この男が誰かと飲みに来るとか想像がつかないから。ボクだって今回は強引に誘ったわけだし。


「俺は飲むつもりは……」

「バーに来といて何も飲まないのはマナー違反でしょ。いいから座ってよ」


 それもそうだと思ったのだろう、ギルナンディオは運ばれてきたカクテルを一度眺めると、マスクだけを下げてから少し口に含んだ。うまいな、と呟いたその一言に、マスターと一緒に思わず顔を綻ばせる。


「そうでしょ? たまにはこういうところも来た方がいいよ」

「む」


 オルトゥスのカフェも夜はバーになるからお酒は飲めるけど、ここでしか飲めないお酒もあるんだから、とボクは続ける。ありがとうございますと嬉しそうにお礼を言ったマスターは、それ以上長居することなくカウンターへと去っていく。さすが、プロは違うね。

 それを見届けたギルナンディオはサッと軽く手を振ってボクらの周りに防音の結界を張ったのがわかった。この場ではボク以外それに気付いた人はいないだろうな。そのくらい、違和感のない魔術の発動だった。ま、いつものことだけどね。


「でも、ギルナンディオがこんなに素直にバーに来てくれるとは思わなかったな。もしかして、これが初めて?」


 ボクがそう問うと、いや、という意外な返事が戻ってくる。え、一体誰と? と思ったんだけど、その答えは納得できるものだった。


「頭領と来たことがある。この店ではないし、かなり前だが」

「あー、頭領か。あの人はオルトゥスの仲間になったら必ずサシ飲みするからね」


 ボクもオルトゥス設立の時、頭領に誘われたっけ。懐かしいなぁ。あの頃は本当に色んなことに自信が持てなくて。でも、2人で飲みながら色んな話をして、そのおかげで今のボクがあるといっても過言じゃない。


『お前はお前を偽る必要なんかない。そうじゃないお前なんか、お前じゃねぇだろ』


 ほんと、どれだけ救われたかしれないね。


「そんなことはいい。早く話せ」

「まったく、せっかちだな。いいけど」


 そう言うと思ってたよ。ボクも話し出すきっかけを探るのは面倒だと思っていたし、ちょうどいい。単刀直入にいかせてもらおうかな。


「……アスカが気に入らないの?」


 要は、嫉妬だと思うんだ。そしてギルナンディオはその自覚がある。


「まぁ、少しな」


 ほらね。隠す気もないみたいだ。その理由もわかってる。


「父親として?」

「……それ以外に何があるんだ」


 はー、やっぱりか。面倒臭いなぁ、もう。ボクはあからさまにため息を吐く。


「親権はもう魔王にあるんだろう? それでもまだ君は父親のつもりなのかい?」

「それは、そうだが……ずっと親の目線で見てきたんだ。そう見えるのは仕方がないだろう。それはお前も同じだと思うが」

「ボクらはそうだけどね。でも、君はそれだけじゃないだろう? ……気付いていないと思ってる?」


 ボクは頬杖をついてグラスを傾ける。店内のオレンジ色の照明が琥珀の液体を照らしてキラキラと輝く、この光景がたまらなく好きなんだよね。それを眺めて少し癒されたところで、ボクは核心に迫った。


「……番なんだろう? 君にとって、メグちゃんは」


 いつだったか。メグちゃんがギルナンディオの影の中を覗いたことがあった。ギルナンディオ本人以外が覗くと、とんでもない目に遭うって聞いたことがあったのに、メグちゃんはそうはならなかった。


 その理由は、ちょっと考えればすぐにわかることだった。ギルナンディオの影はいわば彼の精神そのもの。だから干渉されればギルナンディオは気分が悪くなるし、覗いた者は彼の内面に触れて気がおかしくなるほどのダメージを受ける。……この男の抱える闇も、なかなかのものだからね。影の魔術の効果も上乗せされてとんでもない目に遭う、そういう原理なんだと思う。

 でもその影響を受けない、ということはつまり……ギルナンディオがメグちゃんを心から受け入れているからだ。それはいわば番と同義。


「まだ、一方的な想いだろうけどね」


 とはいえ、メグちゃんはそこまで思ってないだろう。なんせまだ子ども。番とはどういうものか、ってことまでよく理解してないだろうことは、今日アスカに言われた反応からもよくわかった。真っ赤になってはいたけどね。たぶん、なんとなくしかわかってないんじゃないかな。


「……それは」


 しばらくの沈黙の後、ギルナンディオは静かに語り始めた。この男の心情をその口から聞かされたのは初めてだったと思う。だからこその重みを感じたし……葛藤も理解出来た。そうか、そんなことを考えていたのか。これはまたなんというか……厄介だな。話を全て聞いたボクの最初の感想はそれだった。


「じゃあ、今はまだ待つしかないんだね……」

「そういうことだ。……話は終わりでいいだろう?」


 そう言って立ち上がったギルナンディオに、ボクは目を丸くした。


「まだ、ボクからメグちゃんの話について言ってないけど、いいの?」

「元々、これを聞き出したかっただけだろう」

「……わかってたのかい?」

「まぁな」


 なぁんだ。うまく彼を誘導できたと思ってたのに、全部お見通しだったってわけか。お前も知っておいた方がいいと思ったから付き合ったまでだ、と言い捨てて、ギルナンディオはバーを去って行く。はぁ、やっぱりあの男には敵わないなぁ。悔しい気持ちを抱くことさえない。レベルが違いすぎて馬鹿馬鹿しいよね。


「ま、知りたいことは知れたし、いっか。……女の子でも誘って飲み直そっと」


 ボクもまだまだだなぁ。可愛い女の子に癒されて、明日からも頑張ろう。そう思ったボクもまた、席を立つことにしたんだ。

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