リュアスカティウス


 その日の私は朝からソワソワしていた。


「ふふっ、メグちゃんたら。そんなにすぐには来ないわよ?」

「わ、わかってるけどぉ」


 朝ご飯を食べ終えた私はそれからずっとホールでウロウロしていため、ついにサウラさんに笑われてしまった。だって、だって……! 今日は、アスカがオルトゥスに来る日なんだもん!


 その話を聞いてから早1週間。うちからの許可が下りたその日のうちにアスカはこちらに向かって出発したらしいのだ。荷物の準備とかは!? と驚いたんだけど、断られることを頭に入れてなかったんだろうな。すぐにでも発てる準備をしていたみたいなんだよね。でもその気持ちはすごくわかる。そしてアスカは相変わらず可愛いってことがそれだけでわかった。


 数日前に、港まで迎えに行くとシュリエさんが出発したから、予定通りなら今日、アスカが到着するはずなのだ。だからこうしてずっと入口付近で待ってるわけなんだけど、サウラさんの言うように、さすがに朝一で来るわけもない。私のウキウキは空回りしているのである。


「そんな調子だと、明日、街を案内する時、心配」

「だ、大丈夫だもん!」


 これから修行に向かうのだろう、ロニーがすれ違いざまにクスッと笑いながらからかってくる。


「おー、大丈夫だぜロニー。俺も付いてるしな」

「オーウェンさん! 明日はよろしくお願いします!」


 そこへ、また通りすがりのオーウェンさんが、ロニーの頭をくしゃりと撫でながら会話に入ってきた。そう、街の案内をする時の付き添いはオーウェンさんに頼むことにしたのだ。いや、最初はギルさんとかニカさんとかジュマ兄とかに頼もうとしたんだよ。でも、その相談をした時にサウラさんに言われたのだ。


「あ、もしよかったらでいいんだけど、主要メンバー以外のメンバーに頼んでもらえる? ギルド外で主に働く人なら基本的に強いから」


 とまぁ、こんな風にね。なんでも、私が自分の身を守れるようになってきたから、そろそろ他のメンバーにもこういう仕事を任せたいんだって。これまでは、私は狙われやすい上にただ守られるだけの存在だった。けど、近頃はちゃんと対応出来るってことを実績を伴いながら証明してる。だからこその判断だってサウラさんは言ってくれた。


「それに、次代を担う他のメンバー達には、もっともっと上を目指してもらいたいから。メグちゃんの護衛任務はオルトゥスで最も重大な任務。責任感を持ってもらいたいのよね!」


 続くその言葉には待ったをかけたかったけど、言いたいことはわかった。なんで最も重大な任務になっちゃってるのか。そこさえスルーすればわかるよ? 要は若手の育成ってことだよね。

 そこで、今のうちに話を持ちかけて心構えを作ってもらいましょうとサウラさんが数人候補を挙げてくれて、その中から私が、それじゃあオーウェンさんでお願いしますって頼むことにしたのだ。挙げてくれた人たちの中で一番接点のある人だったからさ! 次からは他の人たちにも順番で頼もうかなって思っている。


 もちろん、依頼は私からもオーウェンさんに言いに行ったよ! その時すでにサウラさんから話がいってたのだろう、オーウェンさんは特に驚くこともなく了承してくれたけど、どこか緊張した様子は見られた。そんなにか、って改めて思ったっけ。


「じゃ、明日はここで待ち合わせな! 朝食後でいーんだろ?」

「うん! アスカと一緒にここで待ってます! 今日はお仕事ですよね? 気を付けて!」

「おー、ありがとな。じゃ、行ってくる」


 ニッと笑って私の頭にポンと手を乗せたオーウェンさんは、そのまま後ろ手に軽く手を振って去って行く。ワイルド系イケメンの悪そうな笑みは、なかなかの破壊力だ。メアリーラさんはこの笑顔にいつも撃ち抜かれているのだろうか。相変わらずオーウェンさんからの求愛は断り続けているみたいだけど、素直になれないものなのかなぁ? 私にはよくわかりません!


「メグちゃんおはよー!」

「あ、メグ! もうここで待ってんのか。気が早ぇな!」

「おはようメグちゃん。行ってくるねー!」


 この時間のこの場所は人通りが多い。これから仕事って人がギルドでの朝食を終えて出発する頃だし、外から通う人たちはギルドにやって来るし。通勤時間だもんね! そして、私を見かけて皆さんがこうして声をかけてくれるのだ。それが嬉しいからここいいるっていうのもあったりして。


「おはよーございます! お仕事、がんばってください!」


 だから、私もたとえ今日がお休みの日であっても、こうして挨拶を元気に返す。ニコニコしながらホールのソファに座り、暫し行き交う人の流れを眺めて過ごした。




 もうそろそろお昼の時間になる、という頃、ついに待ちわびていた人がオルトゥスにやってきた。


「ただいま戻りました。あ、アスカ、メグがいますよ」

「! おかえりなさい、シュリエさん! それに……」


 オルトゥスの入口に立つ2人。1人はシュリエさんで、もう1人は当然……。


「アスカ!?」

「!」


 アスカ、その人物のはずなんだけど……そのあまりの成長ぶりに思わず立ち止まって目を丸くしてしまう。

 サラサラとした金髪はあの頃より少し伸びて、肩にかからないくらいの長さになっていたけど、明るい水色の瞳といい、くりっとした大きな目といい、やんちゃそうな口元といい、あの時の面影はしっかり残っている。うん、間違いなくアスカだ。でも、でも、随分背が伸びたし、少年っぽくなってる! 見た目年齢、ひょっとして私の方が下じゃない? ってくらいで少々微妙な心境である!


「メグお姉ちゃん!」

「わっ」


 だというのに、相変わらずのこの呼び方。そう、アスカは私のことを「メグおねーちゃん」と呼ぶのだ。でも今そう呼ばれるのは微妙な心境3割り増しである。背も私より大きくなっているのに、あの頃と同じように抱きついてきたので危うく後ろにひっくり返りそうになった。


「おっとっと。ごめんね、メグお姉ちゃん。……小さくなった?」


 あの頃は耐えきれずに毎度ひっくり返ってたんだけど、今回はそうはならなかった。アスカがすぐに気付いて慌てて背中を支えてくれたからである。ふぅ、危なかった。というか!


「私が小さくなったんじゃなくて、アスカが大きくなったの!」

「あれ? そう?」


 もー、と頰を膨らませて文句を言ってはみたものの、アスカは首を傾げてキョトンとしている。くそぅ、エルフめ。可愛いじゃないか! 私もエルフだけど。


「アスカ、貴方は成長とともに力も強くなっているのですから、女の子には特に優しくしないといけませんよ」

「ぼく、別にいじめてないよ? それにすぐごめんねってしたもん。ぼくはただ……」


 苦笑を浮かべながら注意をするシュリエさんに、アスカは飄々を言い返す。それから今度は勢いはつけずにギューっと私に抱きついてきた。あう。


「はやく、こうしてメグお姉ちゃんにギュッってしたかっただ、け!」

「アスカー、くるしーよー!」


 久しぶりだから戸惑ったりするかな? ってちょっと心配になってたけど、会ってすぐこうして懐いてくれるのは嬉しい。ちょっぴり苦しくはあるけど、何だかんだで私も再会が嬉しいので緩む頰を抑えることは出来ないんだけどね!


「おい」

「わっ」


 と、突如苦しいのがなくなった。アスカが急に離れたのだ。いや、正確には剥がされたというか。


「メグが苦しんでる。加減しろ」

「え? あ、ギル! ギルだー!」

「む。お、おい」


 自分を掴んでいるのがギルさんだと気付いたアスカは大はしゃぎ! そうだ、アスカはギルさんのことも大好きだったよね! 亡くなったアスカのお父さんが闇熊の亜人さんで、髪と目の色がギルさんと同じだから一目見た瞬間から懐いていたのだ。

 この世界、髪も目の色もカラフルだから黒だけっていうのが実はそんなにいなかったりするんだよね。元日本人としてはなんだか不思議だし、私の周りには黒髪だけでもそれなりにいるからあんまりそんな気はしないんだけど……でも、エルフの郷育ちのアスカにとっては珍しいと言える。だって、エルフは輝く髪に青系統の瞳だしね!


「随分、大きくなったんだな」

「そりゃーねー! ギルは変わらないね?」

「成人済みなんだから当たり前だろう」


 くしゃりとギルさんに頭を撫でられたアスカはご機嫌な様子だ。いいなぁいいなぁ、頭撫でられて。そう思って2人をじっと見つめていたらアスカと目が合った。アスカはニコッと笑うと、再び私の元へやってきて手を伸ばす。ん? 何?


「メグお姉ちゃんも、いい子いい子。羨ましかったんでしょ?」

「あう、アスカぁ」


 そうだけどそうじゃない。いや、アスカに撫でられるのが嫌なんじゃなくて、お姉ちゃんとしての威厳がぁ。ついつい口を尖らせてしまった。


 ……ふと。チュッというリップ音と共に頰に感じた柔らかな感触。何をされたのか一瞬、理解出来なくてフリーズしてしまった私は悪くない。


「……へ?」


 だから、間抜けな声を出しつつ、頰に手を当てて顔が真っ赤になってしまうのも仕方がないのだ。よ、よよよよ予想外過ぎて! い、今! ほっぺにちゅーされたぁぁぁ!?


「アスカ!?」

「…………」


 慌てて声をかけるシュリエさんに、絶句するギルさん。1人あわあわと挙動不審な私。なにこの図。だというのに当のアスカはニコニコとしたご機嫌な様子を崩すことはない。後ろ手に手を組んで、イタズラが成功したみたいな笑みを浮かべてこう言ったのだ。


「ふふふー、メグお姉ちゃんたらかぁわいい! でも……ぼくも、可愛いでしょ?」


 お、おおおおお姉ちゃんはそんな風に育てた覚えはありませんっ!! 口をパクパクさせてしまうだけで声も出なかったので、私は脳内で絶叫するしかなかった。そもそも育てた事実がないことは明らかなんだけど動揺のためのおかしな思考ってことで放っておいてほしい。ふおぉぉぉっ!?

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