2巻発売記念小話

【2巻発売記念小話】魔王様は触れ合いたい

特級ギルド2巻発売記念の小話になります!

時系列的には、魔王が初めてオルトゥスにやってきたところですね。まだユージンが帰ってきてない少しの間、になります。


2巻に収録されている書き下ろし短編に繋がる小話となっております。少しでも楽しんでいただけますように。


後書きに書籍情報を載せています!そちらもぜひご覧ください!


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 ふむ、深呼吸だ。ゆっくり息を吸って、さらにゆっくり吐く。そう、それが深呼吸。心を落ち着かせるために、さぁ……。


「オルトゥしゅへよーこしょー!」

「ぐっ……!?」


 っダメだ! 何度挑戦しようとしてもうまくいかぬ! なぜだ、なぜこうも心をかき乱されるのだ!? 深呼吸とは、心を落ち着かせるための動作であろう? こんなにも簡単なことがなぜかうまく出来ぬ!


「不思議そうな顔をなさってらっしゃいますがザハリアーシュ様。それはまだ深呼吸をしてすらいないからかと」

「はっ!? そうか、だからこんなにも落ち着かぬのか! 良きことに気付いたな、クロンよ!」


 そうか、いつも深呼吸を決行する前にメグの愛らしさを目撃してしまうがゆえに失敗していたのだな! よし、後ろを向こう。これならメグを視界にいれずに済む。すぅ、はぁぁぁ。おぉ、落ち着いた。呼吸の大切さを思い知ったぞ。

 ……しかし、このままずっとメグに背を向けるのか? あの愛らしき我が娘を見ずに? 何のために我はここに来たというのだ。娘に会いに来たのだぞ。


「ザハリアーシュ様、禁断症状で震えておいでですよ」

「ぐぅっ、我は、我はどうすれば良いのだ……!?」


 見なければ見ないで震え、見たら見たで震えてしまう。やはり我は病気なのだろうか。


「ザハリアーシュ様、ギルドの方々が怯えております。耐えることが出来ないというのなら、このまま魔王城に」

「耐えるに決まっておろう。当然だ。我を誰だと思っておる」


 いかん、このままではクロンに魔王城へ連れていかれてしまう。それだけは避けねばならぬ。……幼少期からあらゆることに耐えてきた。このくらいのこと、軽く耐えられるに決まっておる。よし、見ない。メグの方は見ぬぞ。目を閉じて心を落ち着けようぞ。


「あ、いってらっちゃーい!!」

「ぐっふ……!?」


 な、なぜだ!? メグの姿を見てはおらぬというのにこの威力。声か。声も聞いてはならぬのか!? しかし、それでは魔王城へ帰るのもここにいるのも変わらぬではないか。


「メグちゃん、その髪飾りかわいいねー」

「しょーでちょ! ランちゃんのお店のでしゅよ! お気に入りなんでしゅ!」


 メグのお気に入りの髪飾り!?


「おいおいメグー。ほっぺに痕がついてんぞ? 変なかっこで寝てたな?」

「えっ!? 鏡で確認ちたのにぃ!」


 ほっぺに痕が!? 見たい。絶対に可愛い。見たいぞ……!?


「ザハリアーシュ様。むしろ見ない方が想像力を働かせてしまい余計に拗らせるかと」

「な、なるほど、想像力か。拗らせる……我のこの病状が悪化する、ということだな?」

「……違いはありませんね」


 人の想像力とは無限であるな。先ほどのメグの言葉だけで、我は自身の寝室で一緒に眠り、朝メグに「父様、朝でしゅよ」と起こされるところまで想像出来てしまったぞ。しかし、やはり想像だけではどうにもならぬ。実物が近くにいるのだ……この目で見たい。


「修行をなされては?」

「修行?」

「ええ。しっかりとメグ様を観察なさってください。どれだけ心を揺さぶられても、ずっと見続けるのです。そうすればいずれ慣れてくるかもしれません」

「なるほど、修行か……よし」


 修行と考えれば我にも出来るかもしれぬ。この試練に耐えれば、いつかはメグと仲良くお喋りなども出来るかもしれぬしな! しかし、どれだけ心を揺さぶられても、か。なかなかに高度なことを要求してくるものよ……。

 覚悟を決めた我は、すぐに振り返りこの目でメグを見た……!


「あ、こんにちはー! いらっちゃい!」

「むっ……!」

「耐えるのですよ! ザハリアーシュ様!」


 つい膝をついてしまいそうになるのをすんでのところで耐える。危ない、クロンに声をかけられなければこのまま崩れ落ちていたところだ。


「少し見なかっただけでだいぶ拗らせておりますね……今のうちになんとかしないと変態になってしまわれます。すでにクロに近いですが」

「誰が変態か」


 クロンが容赦ない。昔からだが、変態とまで言われてしまっては我も傷付くぞ。


「ですが、実際そのように見られかねない、ということですよ。どうするのです? メグ様にそう思われ」

「早急に正そう」


 もしそうなったら、もはや生きていけぬ。ユージンにもメグにも悪いが、自決することも辞さない。ユージンがオルトゥスに戻るまでに、少なくともこの動揺が表に出てこぬようにせなば。我は覚悟を決めて修行に励んだ。




「……どうだ、クロンよ」

「及第点でございます、ザハリアーシュ様」


 なかなかに厳しい修行であった。しかしその甲斐もあって、どれほどメグの愛らしさに心打たれようともほんの僅かに呻くだけに止まるようになったのだ。仕方あるまい、メグはかなりの頻度で可愛らしすぎるアクションを起こすのだからな。うっ、欠伸をして目を擦っておる……! 抱き上げたい。抱き上げてベッドまで連れて行ってやりたいぞ!


「……我は、メグと触れ合いたい」

「その発言は少々危険ですザハリアーシュ様。誤解を招きかねません」

「なぜだ! 娘に触れたいと思うのはおかしいのか!?」


 だが、怖がらせてはいけない。まだ、我らは出会って数日なのだ。それも、突然親と娘であることがわかったばかり。我でさえ戸惑うのだ。幼いメグは我以上に戸惑っているに違いない。焦りは禁物である。ゆっくりと、時間をかけて距離を縮めるほかないのだ。


「わかっておる。急いては良いことなど何もないことくらい。だからこうして耐えておるのだからな」

「ザハリアーシュ様……」


 我らの時間は始まったばかり。まだまだこの先いくらでも交流をする機会はある。こうしてこの場にいて、メグを間近で見られるだけで十分幸せなことではないか。


 しかし、とにかく愛らしいな。それにイェンナにとてもよく似ておる。つり目がちで気の強い性格が滲み出ていたイェンナに対して、メグはその優しさが滲み出ておりほわんとしているが、やはりそっくりだ。


「大人になれば、より似てきそうであるな」


 きっと見間違えるほど似るであろうことは容易に想像出来た。だがその優しい雰囲気が変わることはないであろう。それこそがメグの良さでもある。まぁ、我としては気の強いイェンナが時折恥ずかしそうに頬を染める姿が特に愛おしいと思ったものだが、メグのような優しい雰囲気もまた大変好ましく思う。

 本当ならば、父として、一番近くでその成長を見守りたいと思う。だが、メグを見ていればよくわかる。どれほどオルトゥスを好きであるかが、な。


 まだ働かなくても良い年齢であるにもかかわらず、メグは嬉しそうにギルドのホールをあちこち歩き回っている。元気に挨拶をし、愛らしく笑い、困っていそうな人に声をかけにいく。

 おそらく、自ら働きたいと願ったのだろう。そんなことは聞かずともわかった。それほど、このギルドの仲間が好きなのだろうと。嫉妬の気持ちはある。我もそこまで好かれたいと。当然であろう。だが、同時に誇らしく、嬉しくもあったのだ。我が娘が、イェンナとの大事な娘が幸せそうにしている姿を見ることが出来て、それだけで我も幸せを感じるからだ。


 この子を、無理に魔王城へ連れて行こうとはまったく思わない。メグの居場所がここであるというのなら、その意思を尊重しよう。我の娘であるという事実は変わらぬのだからな。きっと、イェンナも同意してくれることであろう。欲張るものではない。今はただ、見守り続けようぞ。


 だが、ほんの少し。ほんの僅かで良い。

 我が魔王城へと戻るまでの間に、少しだけでも慣れて貰えたらと願ってしまうのだ。


 そんな我の願いが通じたのか、この数刻後、我にとって生涯忘れられぬメグとの思い出が作られることとなった。我が父としての感情というものを初めて感じたこの記念すべき日は、何にも変えられぬ宝となった。

 嗚呼、ユージンよ。そなたの言う通りだった。娘とは、良きものであるな!!




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この「数刻後」の出来事が書き下ろし短編の内容となっております。書籍版とあわせてお楽しみいただけたらな、と思います!


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ありがとうございますーっ!!

情報は近況ノートやTwitterにてお知らせしていこうと思いますのでよろしくお願いいたします!


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書き下ろし短編も面白いよ!


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よろしくお願いいたします!


阿井りいあ

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