任務完了
ルド医師と手を繋いでゆっくりと暮石の並ぶ道を歩く。小道は白い石畳で舗装されていて、どこか厳かな雰囲気が漂っている。道の傍には小さな白い花が植わっていて、風に吹かれてそよそよと靡いていた。よく来てくれたね、って言われているみたい。
あと、これは自然魔術の使い手しか見えないと思うけど、あちらこちらに精霊がフワフワ飛んでいる。白い光はこの場所にいついている精霊で、ちらほらと見える他の色の精霊は……亡くなった人たちを慕っていた精霊なのだとすぐにわかった。どこか寂しげで、そして優しい空気が伝わってきたから。
その事をルド医師に伝えてみると、精霊に守られているならここは安全だね、と静かに微笑んだ。やっぱりどこか寂しそう。
「……ここだよ」
そうして辿り着いたのは、ひときわ立派な真っ白な墓石の前。この世界の墓石は基本的に白いけど、この石は他のより際立って白く見えた。なんでも、生前の心の美しさが現れる仕組みなんだそうな。聞いた時はなんて恐ろしい仕組みなんだ、自分は黒くなったりしないだろうか、なんて思った覚えがある。
とまぁ、そんなわけだから、他の石より真っ白ってことは、ルド医師の番さんは本当に心の綺麗な人だったんだってことがすぐにわかる。
「すっごく綺麗……」
「そうかい? ありがとう。私もいつかはこの下で眠りたいと思っているんだが、私が入ればこの美しさが少し濁るんじゃないかと思うとそれはそれで惜しくもある」
墓石を前に私が思わず呟けば、ルド医師が自嘲の笑みを溢しながらそんなことを言う。
「そんなわけないです! ルドせんせいは、とってもステキな人だもん! 石だって、キレイなままのはず!」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけどね。仕事柄、色々と人の醜さも見てきているからね」
うっ、一理ある! でも、そんなこと言ってたら、真っ白な墓石なんて本当に稀になっちゃうよね? この墓所でさえ、ほぼ白い石なんだから、そんなことくらいで心の美しさは濁らないと思うのだ。
「醜さを知ってるのと、心のキレイさはかんけーないですよっ! ルドせんせいは、絶対に大丈夫! だって、大切な人を喪ったのに……父さまを憎んだりしなかったもん……」
出かける前に、ほんの少しだけギルさんに聞いたのだ。ルド医師の番は、あの暗黒期の魔物の暴走で命を落としたんだ、って。それはつまり、魔王である父さまの魔力暴走の時にってことだよね? それなのに、ルド医師は一度も父さまを恨むようなことは言わなかったって。そんな人が、汚れた心のわけないもん。
だから思わずそう口走ってしまったけど、もしかしたらそれまでにルド医師の中で葛藤があったのかもしれないし、本当は憎んでいたかも知れない。真意はわからないけど、少なくとも表に出さなかったってことは、父さまを責めてはいけないと思ってくれたんだって思うから。我慢してくれたんだって、思うから……たぶん。
「……ありがとう、メグ。少し自信が出てきたよ」
とはいえ余計なことを言ってしまったかも知れないと頭を垂れていると、そっと頭に手を乗せて、ルド医師がそんな風に言ってくれた。もう、これじゃあ、どっちが慰めてもらったのかわからない。私って、まだまだ子どもなんだなぁ。とほー。
さて、気を取り直して、まずは墓石のお掃除だ。ここは私もお手伝い。シズクちゃんやフウちゃんに手伝ってもらいながら、墓石をキレイに洗っていく。布を使って手でお掃除だ。
もちろん、魔術で洗浄すれば一瞬だけど、こういう場所のお掃除は自らの手で心を込めてやることに意味があるんだって。それはそうだよね。日本で言うなら、自動洗浄機で墓石を洗うのと意味は同じで、そんな罰当たりなことなかなかできないもん。
それに、こうして手で洗いながら、心の中で亡くなった相手と会話するんだって。じっくり向き合って心で語り合うのって、なんだか素敵だなって思った。
綺麗になった後は、お花を飾る。ルド医師は収納魔道具からオレンジ色の花束を取り出し、墓石の前に置いた。ちなみに、花の種類はこれと決まってはいない。仏花、みたいに何かあるのかな? と思っていたけど、それに当たるのは周囲に咲いている小さな白い花なんだそう。だから、持ってきて墓石の前に飾るのは、故人が好んだ花や、自分の好きな花でいいんだって。
「あの、私もお花、飾っていーですか……?」
「持ってきてくれたのかい? ……嬉しいよ。ぜひ飾ってやってくれ」
なので、私も収納ブレスレットから小さな自作の花束を取り出した。実はこれ、前にピクニックに行った時に摘んだお花なのだ。かなり昔に一度連れて行ってもらってからちょくちょく遊びにいく場所なんだけど、とにかくお花が綺麗だから、いつも小さな花束を作って持ち帰っているのだ。そして、レオ爺のお墓にもよく持って行ってるものなんだけど。
「突然だったから、これしか用意できなかったんですけど……」
お墓参りにくるのは突然だったから、お供えする花束として用意できなかったのが悔やまれる。でも、あの場所の花はどれも綺麗で、個人的にもとても気に入っているからいいと思うんだけどね? せっかくなら番さんのイメージに合わせた可愛いお花を選びたかったなって思うのだ。
「とんでもない。これは、メグにとっては思い出の花束だろう? そんなに大切なものを送ってもらえてシエラは幸せ者だな」
シエラさん。それが番さんの名前。私も呼んでいいかと聞くと、もちろんだとの答え。なんだかちょっぴり気恥ずかしいけど、せっかくなので呼ばせてもらう。
「シエラさん、はじめまして……メグです。えっと、ルドせんせいにはとってもお世話になってます」
それから、それから……頭の中でどうにか言葉を絞り出す。言いたいこととか、気持ちだけが溢れてきて、うまく言葉にできないのはどうにかならないものか。
「シエラさんにも、会いたかったな……」
こうして出てきた言葉は、言っても仕方のないことだった。もう、どうして私はこう! そうじゃなくて、えーとえーと。
「だから、またきますね! 今度はシエラさんをイメージして花束、作ります!」
うん、これだ。ちょっと遠いけど、また誰かに連れてきてもらってもいいし、大きくなって一人で来られるようになってからでもいい。時間はたくさんあるんだから。できればシエラさんの顔とかがわかればいいんだけど、シエラさんが亡くなった時には写真の魔道具なんてなかったから無理だよね。せめて特徴だけでも聞いておこう。
「シエラ、可愛いだろう? それに優しい。メグはオルトゥスの大切な娘なんだ」
私が挨拶し終えると、それに続いてルド医師が私に合わせて屈み、そっと抱き寄せて墓石に向かって話しかける。まるで、目の前にシエラさんがいるのかと錯覚してしまうほど、ルド医師の瞳は優しい。
「……きっと、また連れてきてと言うんだろうな。メグさえよければ、来年もまた行こう」
「いいんですか!? うれしい!」
なんと、意外にも早くまた来られるのが決定した。せっかくだからアニュラスに寄って、ルーンとグートにも会いたいとちょっぴりわがままも追加してみた。当然ながら、嫌な顔一つせず快諾してくれたルド医師は、本当に優しい。大好き!
こうしてもうしばらくシエラさんの前でお話した私たちは、日が落ち切る前に墓所を出た。そのまま獣車の前を通りすぎると、獣車のお店の人が驚いたようにこちらに声をかけてくる。
「ルドさん、今日はどこかへいくのかい?」
「ええ。さすがにこの子を連れて墓所で夜は明かせないから」
その発言に今度は私が驚いて目を見開く。まさか、いつもはずっとシエラさんの前にいるの!? そう目で訴えると、ルド医師はバツの悪そうな顔で言った。
「なかなか帰れなくてね。いつも、オルトゥスに帰るのが遅くなってしまうんだ」
そっか、離れがたいんだね。でも、私のせいで……そう思いかけていたら、お店の人が気にすることはないぞ、と声をかけてくれた。
「いつもはこの世の終わりみたいな顔でいるのに今日は笑顔だ。毎年、このままルドさんが消えてしまうんじゃないかと心配だったから、お嬢ちゃんがいてくれてありがたいくらいだよ」
「えっ、そんなに……?」
「恥ずかしながらその通りだよ。なかなか気持ちが浮上しなくてね。オルトゥスのみんなにもいつも心配かけているんだ。よかった今年も帰ってきた、って言われるんだよ」
それを言われてあっ、と思い出す。言われてみれば、1年に1度、ルド医師がどこかへ行って、帰ってきたときはみんなが盛大に出迎えていたっけ。能天気な私は、みんな仲がいいんだな、ルド医師のお出かけは珍しいから帰ってきて嬉しいんだな、くらいにしか思っていなかったのだ。ほんと、いかにお気楽な頭してるかがわかったよね。自分のバカさが嫌になる。
そうだよ、私がルド医師と行くって決まった時も、送り出す時も、みんながどこか心配そうだったじゃないか。あれは私に対してだけではなく、ルド医師に対する心配でもあったんだ。
「こんなにおだやかで優しい気持ちになれたお墓参りははじめてだよ。メグのおかげだ」
でも、そう言って笑ってくれたのがとても嬉しくて、私は思わずルド医師の腕に抱きついた。シエラさんがいない寂しさを埋めることはできないけど、少しでも寂しい気持ちが和らいでくれたらなって。
「ぜひ、毎年いっしょに来てやってくれな、お嬢ちゃん」
「はい! 必ず!」
だから、私は来年だけと言わず、毎年一緒に来ようと思った。嫌がられる日が来るかもしれないけど、それでも。
だって、どうあがいても私の方が長生きしちゃうんだもん。生きている間は、後悔しない選択をして生きたいと思うから。
「心強いな」
「うふふー、まかせてっ」
できれば、大好きな人たちには、笑っていてほしいから。
次の日の夕方、オルトゥスに到着した私たちは、いつもより早い帰宅に大いに驚かれ、そして盛大に出迎えられた。これからは毎年ついていきます、という私の宣言に、みんなが賛成してくれたことで、ルド医師がみんなからどれだけ好かれているのかがよくわかった。
「さすがは、メグだな。きっと、なんとかしてくれると、信じていた」
そう言って頭を撫でてくれたギルさんが、安心したようにそう言ってくれたのが一番嬉しかったかもしれない。ギルさんも、きっとサウラさんも。何も言わなかったけど私に任務を与えてくれていたのだ。
ルド医師の笑顔を守る任務を。
そしてそれを知らずうちに達成できて良かった! 今後も毎年、この任務を遂行させるぞー! おー!
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いつもお読みくださりありがとうございます。これにて今章は終わりです。
いつも応援やコメントありがとうございます。元気が出ます!
次週、一週だけ更新はお休みします。
その次の月曜日も本編はお休みですが、特級ギルド発売記念として、1巻書き下ろし短編に繋がる小話を更新いたします。お読みいただければより楽しんでいただけるかと!
そしてさらにその次の週からは発売記念更新祭りをしようと思います。(ただの毎日更新)
少しでも、読者様方へのご恩返しとなりますように。
書影が発表され次第、近況ノートやTwitterなどでわーわーうるさく宣伝すると思いますのでどうぞよろしくお願いします!
阿井 りいあ
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