リヒトのこれから


 鉱山に着いた時、ロニーのお父さんと会う事はなかった。こんなに短いスパンで会うのが気まずかったのかも? なんて思ったりして。案外それが事実かもしれないけど。

 これでこの件は終わりだとお父さんが鉱山ドワーフに話すと、次回からはまた報酬が発生する、と言われて転移でヒューンと移動。そ、そっか……報酬がいちいちかかるんだなぁ。


 でもそうなると、リヒトはそう簡単にラビィさんに会いに行けないのでは!? というか、当たり前のようにリヒトも魔大陸に戻ってきたけど、それで良かったの!? 自分の迂闊さを呪いながらもそんな事を本人に聞いてみると、なんでもすでにお父さんとは話がついていたらしい。なんだぁ、言ってよもうっ。


「魔力を持っている者は、やはり魔大陸で過ごすのが1番適してるって言われてさ。確かにここの魔素が満ちてる感じはすごく心地いいから、それに甘える事にしたんだ」

「えっ、じゃあ、リヒトもオルトゥスに来るの?」


 寂しくなくなる、と思って喜んではみたものの、リヒトは困ったように笑う。あれ? 違うの?


「む、まだメグには言っていなかったな。リヒトは我のところ、つまり魔王城で働いてもらう事になったのだ」

「えっ、魔王城で?」


 父様から意外な報告が。一体どうしてそんな話に?


「今後、ラビィに会いに行くにしても、鉱山には近い方がいいだろ? そう思って配慮してくれたんだよ。それに、奴隷制度の見直しについて……俺も、何か力になれたらって思うんだ」


 リヒトがなんだか男らしく見える……! 何かを決断した時の凛々しい顔つきだ。おぉ、頼もしい。


「そっか。ちょっとさみしいけど、やりたい事を決められたのはすごくいいと思う!」

「早いとこ制度を確立させて、鉱山ドワーフとも何らかの契約を結べたらどうかなって思うんだよ。そうしたら、わざわざ報酬を支払わなくても転移できるだろ? 例えば、長期的な支援をする代わりに、魔王か皇帝の紹介があればいつでも通れる、とか。他にも……」


 そう言って、これからの事を話すリヒトはキラキラして見えた。すごいなぁ、もう色々考えてるんだ……!


「あ、でも……まだお前の父さんと、その、例の話はしてないんだ」

「! そっか、そうだったね! 話、する?」


 ヒソヒソと小声になったかと思えば例の話でした。忘れてたわけじゃないよ? ただ、知らない間に話が終わってるかも? どうなの? 状態だっただけである。言ってもらえて助かったよ! 私の問いかけに、リヒトは緊張の面持ちで頷いたので、私はお父さんに声をかけた。


「あん? なんだ?」

「あのね、リヒトのお話を聞いてあげてほしいの。その、私、リヒトと家族になりたいから!」

「…………は?」


 私が拳に力を込めてそう告げると、お父さんがなぜか固まった。あ、言い方が変だったかな? でも、日本人の転移者、とか大声で言えないし。ね? と思ってリヒトを見ると、顔を青ざめさせていた。あれ?


「っだから! 誤解を招く言い方してんじゃねぇっ! 馬鹿メグぅぅぅぅ!」

「にゅっ!? ひょっ、ひょへんはひゃぁぁぁぁいっ」


 グニグニとほっぺを抓られながら半分涙目で私に怒鳴るリヒト。うぉぉ、ほっぺ痛いー! やめてー! ごめんなさいーっ!

 怒っていたけどリヒトは案外すぐに私を解放し、慌ててお父さんに弁解を開始。ううっ……ヒリヒリするほっぺに両手をあてながら、私も涙目である。ぐすっ。


「メグちゃんにも、こうやってふざけあえる友達が出来たんだなぁ……んー、なんかちょっとさみしいかも」

「複雑だ……」


 そんな私を見つつ、ポンポンと頭を撫でて慰めてくれるケイさんとギルさん。本気なわけじゃないってわかってるから、リヒトが抓ってきたのも黙って見ててくれたんだよね! 対等な相手じゃなければきっと今頃保護者たちの鉄槌が下ってただろうし。


 そう考えると、リヒトもロニーも、私の友達だってきちんと認めてもらえてるんだって実感する。なんだかそれが嬉しくて、心がくすぐったく感じた。……でも、もうちょい加減してくれてもいいんだよ、リヒト。




「おいおいおい、マジか……これはもしかして……おい、アーシュ。聞いてたろ?」


 リヒトがお父さんに全部説明し終えたみたいだ。お父さんがかなり驚いているのは当然だけど……なんだか、様子が違う? どちらかというと、少し焦ってるようにも見える。……どうしたんだろ?


「……ああ、聞いていた。おそらく、いや、間違いなくそう・・であろうな」

「え? あの、俺が、何か……?」


 ただならぬ2人の様子に、リヒトが困惑している。リヒトだけじゃない、ロニーや私、それにギルさんやケイさんも首を傾げてる。

 すると、お父さんは真剣な表情でリヒトの両肩に手を乗せ、口を開く。その内容は、突拍子も無いものだった。


「いいか、リヒト。お前は今後、誰よりも強くなる必要が出てきた」

「えっ、え? 強く……?」


 誰よりも強く、それはどういうことだろう?


「俺やアーシュと同等のな。わかりにくいか……そうだな、少なくともそこにいるギルよりは強くならなきゃならねぇ」


 お父さんの言葉にギルさんがピクリと片眉を上げた。え、え? 何? ますますわかんないんだけど!?


「ギルさん、より……!? む、無理無理無理ッス! どう考えても無理で……」

「絶対だ! それが出来なきゃ、俺は、許さない」

「っ!?」

「……うむ、我も許せぬな」


 ど、どどどどどーいうこと? なんで突然そんなこと……でも、お父さんも父様も、怒ってる感じじゃなくて、どこか苦しそうというか、悲しそうな顔だ。


「……すまねぇ、突然こんなこと言って。だが、嘘や冗談なんかじゃねぇんだ。むしろこれは頼みだ。俺の、一生のお願いってやつだな」


 父様も、お父さんの言葉に神妙に頷いている。


「……あの。理由を聞いても?」


 ただならぬ様子にしばし言葉を失っていたリヒトは、思考を切り替えたのか、そんな事を質問した。そうだよね、理由が知りたい。


「……今はまだ、知らない方がいい。こちらとしても、8割そうだろうってだけで、確信はないからな。そうだな……お前がもっと強くなった時。50年後に、必ず教える。あぁ、心配しなくても、魔力を持つお前は普通の人間よりは寿命が長い。50年後っつっても身体は30代くらいだろうよ」

「うむ、そのくらいが良いだろうな。リヒトよ、我の城で修行も積むのだ。心も身体も、しっかり強くならねば」


 どれほどの事情なんだろう。すごく気になるし、今すぐ聞きたいけど、2人の雰囲気からそれはダメなんだってわかる。きっと、私たちの誰にも、まだ教える気はないのだろう。

 突如、重苦しい話になってしまって誰よりも戸惑っていたリヒト。だけど、リヒトは真っ直ぐな瞳でお父さんと父様を見つめ返し、ハッキリ宣言した。


「……わかりました。事情はすげぇ気になるけど、貴方達は信用できる。ちゃんと、言われた通り努力はするよ。だから……いつか必ず教えてください」


 よろしくお願いします、とリヒトはしっかり頭を下げた。前から思っていたけど、本当に心が真っ直ぐだ。こんな風に思えるのって、実はとてもすごい事だよね? お父さん達を、迷いなく信じてくれてる。……ラビィさんの件があったのに、だ。


「良い目だな。覚悟も悪くない。こっちが理不尽な事を言ってるってのによ」

「これは、我らも心してかからねばならぬな。リヒトよ、必ず我が其方を強くする。鍛錬は厳しくなるだろう。だが、ついてきてほしい」

「おう、全力でバックアップするぞ」


 お父さん達がリヒトを見る目は、まるで実の子どもを見るような優しい目だった。


「わけわかんねぇこと言ってるのに……信じてくれてありがとな」

「必ずや、その信用に応えると約束しよう」

「……はいっ! お願いします!」


 再び頭を下げ、そして顔を上げたリヒトは、どこか嬉しそうに見えた。もしかしたら、家族のように信じられる存在がまたできたのが、嬉しいのかもしれないって、そんな気がした。

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