sideラビィ 後編


 焦ったあたしはすぐに外に出て、がむしゃらにリヒトを探した。どこだ、どこに消えた……!? 


 でもね、普通に考えりゃわかる事だったんだ。


 だってリヒトは、人間のくせに魔力を多く持つ子ども。例の転移陣できっと本拠地に行っちまったんだ、って。こんなこと、当たり前に予想出来たことだったのに。


 なのに、あたしってやつは。

 リヒトはこれから、ひとりでものんびり暮らしていくものだって、なぜか思い込んでたのさ。ほんと、馬鹿。


 あたしは森の中を、リヒトを探して歩き回った。食事もとらずに、がむしゃらに。絶対見つかりっこないのにさ。

 だから、リヒトが見つかった時は目を疑って、でもすごくホッとして。同時に自分に苛立って。条件反射的に、リヒトに蹴りをかましてしまったのさ。ははっ、なんでかは知らないよ。


「何すんだじゃないよっ! 突然消えて、今まで何してたんだっ!」

「事情があったんだよっ! それに俺のせいじゃねぇっ! ほら、そこに2人いるだろ? そいつらも巻き込まれたやつらなんだっ」


 いつも通りの会話、いつも通りの感情。いや、なんでここに帰って来られたんだ、という疑問は尽きない。でもあたしの心を占めたのは──安心だった。

 ひとまず考えるのは後回しにしよう。本拠地にいるはずなのにどうしてここにいるのかとか、なぜか増えている子どもたちのこととか。何があったのかは小屋で色々聞いてみよう、と決めたんだ。




 説明を聞いて、あたしは全てを察した。東の王城の奴ら、ただのポンコツじゃなかったってことだね。妨害の魔術とかそんなところだろう。……侮れない。でも転移陣にかなりの魔力を使うことを考えれば、王城の妨害も同じくらい魔力を消費するはず。きっとそうまた頻繁には使えないだろうと予想をつけた。

 まぁ、今はそれはいい。問題なのは、あたしがこの子たちを連れて移動しなきゃいけないって事だ。まだまだ幼い女の子もいるし、きっとあたしは追われるだろうしで、予想外のミッションだ。それも高難易度。


 せっかくゴードンが集めた子どもたちを、置いていくという選択肢はない。仕方ない、旅の途中で、事情を書いた手紙をゴードンに送りつつ、こいつら全員連れて行こう、そう決めた。回り道したりして、うまいこと辿り着かなくちゃ。たとえ、時間がかかっても。やるっきゃないんだから。


 こうして、共に行く事になったリヒトがこの時はじめて──商品、となったのだ。


 認めちまえば、あっけないものだ。元々リヒトは、商品になる運命だったんだって、そう思うようにした。




 旅の間中、あたしは必死にこいつらは商品だと自分に繰り返し言い聞かせた。じゃないと……絆されてしまう。特にメグだ。キラキラした大きな目で見つめられたり、あたしを気遣う様子を見せられる度に、心が揺れた。やめてくれ。あたしは、あんたたちを裏切る最低の大人なんだから。


 だというのに、あたしってやつは、頼まれたからって子どもらの修行をしてやる約束をしてしまった。自分たちにとって、不利になるかもしれないのにね?

 でも、それでいいと思ったんだ。いつか、自分たちで逃げ出せるなら、それでいいと思った。あたしはきっと、逃げ出すのを止めない。助けることもしないけどね。むしろ、自分たちの力で、逃げ出してくれることをいつしか願ってしまっていた。


 あと一息で、本拠地だという時。あたしは最後の情けというものをかけた。弱音を吐いたとも言える。


「や、やっぱりいいや。一刻も早く行きたいもんね! ごめん、変な事言ってさ!」


 本当だよ、と文句を言って欲しかった。早く先に行こうって言って欲しかった。そうしたら、あたしは──


「変なのはラビィだ! くだらねぇ遠慮すんなよ! 今更少し遅くなったって気にしない。俺は、だけど……」

「僕も、気にしない」

「私も! ラビィしゃん、挨拶しに行こう?」


 このまま、一緒に逃げだせたのに──


 でも、この3人がこう答えるだろう事もわかってた。何を、期待していたんだあたしは。自分の愚かさに、自嘲したよ。




「ガキの世話なんか、あたしはごめんだったんだよ。任務でなきゃ、誰が身元不明のガキの面倒なんかみるっての? それも、信頼させろって命令を受けてさ。報酬は弾んだから良いものの、なかなか大変だったよ。それもこーんなに長い間、さ」


 これは嘘。アンタと暮らした日々は、あたしの人生で1番輝いている大切な思い出だ。でもリヒト。どうかあたしを恨んでくれ。心の底からあたしを恨めばいい。


「ラビィ……?」

「ラビィしゃぁぁぁぁん!」


 もう、無理だ。無理なんだよあんたたち。あたしも含めて、チャンスを逃してしまったんだ。

 自分でも気持ち悪いと思う、初めてやった高笑いをしながら、あたしはこっそり涙を流した。「ラビィ」って名前は、リヒトに名乗ったただの偽名。手紙で知らせただけなのに、それがゴードンにも定着しちまったけど、あたしはセラビスだ。悪名高い、重犯罪者のセラビス。優しいラビィは、もうどこにもいない。


 虫が良すぎる。そう、虫が良すぎる考えだったんだ。

 これだけ犯罪を繰り返してきて、ゴードンをも裏切るなんて。ゴードンは、あたしの命の恩人。あんな奴だけど、そこは変えようのない事実なんだ。たとえ、自分たちの行いが間違っているとわかっていても、ゴードンだけは裏切ることができない。だからあたしは。


「や、やめろ……やめろよ! ラビィ!!」

「うるさい! やめてほしけりゃさっさと言う通り魔力を流すんだ!!」


 震えそうになる手で、ロニーとメグの繋がれた鎖に火をかざした。リヒトが泣きながら魔力を流し、結果を確認できるまで。シュウシュウという、2人の手足が焼ける音を目を閉じて聞いた。時折、押し殺したような2人の呻く声がする。我慢しているんだ。まだ子どもなのに、リヒトを苦しめないように。そう考えると苦しくて胸が張り裂けそうだった。


 けど、あたしは退路を断ちたかった。2人の焼け爛れた手足を見て、あたしはついにこの件の共犯者・・・となった。この一件に関わったという証拠を刻んだ。もう、逃げ場はない。逃げる気も、ない。


 あの頃の地獄の日々なんか、なんて事なかったんだね。本当の地獄は、ここにあったんだ。


 ほら、やっぱり神様なんかいない。




 ……いや、神様はやっぱりいるかもしれない。

 そりゃそうだよね。あたしなんかに神様は救いの手なんか差し伸べてくれない。神様はあの子達に微笑んだ。あの子達は、こんなにも早く、自分たちの力で逃げ出そうとしている。


 ああ……違うね。それさえも、違うのか。


「……ラビィ、やっぱり、一緒に」

「さっさと行きな、クソガキども」


 神様がいるってんなら、この子達こそ神様だ。自分たちの力で、自分たちを信じて行動した結果だ。神様のおかげなんて言ったら、この子達に失礼だよね?

 恥ずかしい。あたしにはやっぱり、あんたたちは眩しすぎるよ。あたしは叫んだ。心に溜まっていたモヤモヤを、全て吐き出してしまった。


 十分だ。あたしはこれで満足した。だからね? あんたたち。


「その覚悟はあるんだろうなぁ、セラビス」


 行きなさい。振り返らずに。


 勝てるとは思ってない。ゴードンの実力はあたしが一番よく知ってる。それに、もし勝てたとしても……あたしにはゴードンを傷付ける資格なんてないんだ。あたしは、あの子達にとっても、ゴードンや仲間たちにとっても、裏切り者のセラビスなんだから。


 あたしに居場所なんて、もう、ないんだ。




「あ、あは……情け、な……ぐっ……」


 にしても、あっさり負けすぎじゃないかい、あたし。これでも、腕にはそこそこ自信がある方だったのに。足止めにすらならないなんてね。左肩から斜めにズバッだよ。この血の多さ、もう長くは持たないだろうね。


 でも、まだくたばるわけにはいかないよ。あたしは、最後を見届けなきゃならない。あの子達の行く末を。逃げ切ったにせよ、捕まったにせよ。せめて納得してから逝きたい。

 必死になって階段を登った。だけど、妙に静かなことに気付いた。不気味なくらいだ。


「一体……はぁ、なに、が……?」


 登りきった先で見た光景は、あたしの行く末のように真っ暗だった。

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