sideユージン 後編


「お、お疲れ様でしたみなさん……ありがとうございます、無茶に付き合わせて……」

「い、いや、これはお主に最も負担がかかったのではないか? こちらこそであるぞ……」

「そうだな、アドル。大丈夫か? 少し休め」


 ほぼ丸一日かけての調査は無事に成果を出して終えることが出来た。それもこれもアドルのおかげと言っても過言ではない。

 効率よく魔力を使えるように補助魔術を行使しつつ、アーシュとギルへ的確に指示を出していたその手腕はやはり只者ではない。そのせいか、アドルは疲労困憊といった様子で、やや足元がフラついている。俺が随時魔力回復をしていたとはいえ、精神的な疲労までは取れないからな。


「いえ、そうはいきません。今すぐドワーフの族長と交渉しに行きましょう」

「いや、無理はダメだ」

「無理させてください! こうしている間にメグさんに何かあっても良いんですか!?」


 アドルのいつになく荒げた声に言葉を飲み込む。それは、そうなんだが……


「大丈夫です。人間の大陸に渡ったら休ませてもらいますから。さあ、行きましょう」


 恐らく、言っても聞かないだろう。というか、言い合いで勝てる気がしねぇ。言いくるめられて結局動こうとするんだろ。なら、無駄な体力と時間を使わせない方がいい。そう結論を出して軽くため息を吐いた俺は、仕方なくアドルを肩に抱えて鉱山の入り口まで向かうことにした。アドルの自分で歩けます抗議は無視だ、無視。このくらいはさせやがれってんだ。




「族長は来ない。話すことはないと」

「息子を連れてくるまで会わない。いないなら、帰ってくれ」


 鉱山入り口に辿り着くと、門番らしきドワーフ2人が俺たちの姿を確認した途端そう言ってきた。まだ何も言ってねぇのに……! イラッとしたのは俺だけじゃないはずだ。むしろアドル意外は殺気立ってた。

 そして当のアドルは冷静に、下ろしてくださいと俺に声をかけてきた。その声色で少々頭の冷えた俺は、そっとアドルを地面に下ろす。アドルはそのまま数歩前に出ると、2人のドワーフに向かって言葉を投げかけた。


「息子さんの手掛かりを掴んだと言ったらどうです?」

「手掛かり? ……どんな手掛かりだ?」

「族長さんに直接お伝えしましょう」

「ダメだ。ここで言え」


 こいつら、いつも思うけどなんでこんな偉そうなんだよ! いや、話し方が特徴的なだけで偉ぶってるわけじゃないのはわかるが……やはり焦りのある今の状態だと冷静にはなれない。その点、アドルはスゲェと思うよ。俺もアーシュもすぐカッとなるからダメだ。おかしいな、これでもやり手の営業マンだったのに。きっと魂半分アーシュのだからだ。違いない。


「おや、こちらこそダメですよ。直接お伝えします。それがダメなら私も話す気はありません」

「なら、帰れ。今すぐだ」

「良いんですか? 鉱山から出る気のない貴方たちがどうやって息子を探すんです? 本当は、わかっているんでしょう? 外の世界を知らない自分たちだけで息子を探すのが無理だという事くらい。だからこうして、私たちに探させようとしている」

「そ、そんな事は……!」


 ほぅ、なるほどな。要するにこいつらドワーフも、誰かに頼るしか道がないってことか。そこを突く作戦ね、りょーかい。


「今、私の話を聞かないなら、おそらく息子さんは見つかりませんよ。残念ですね……せっかく手掛かりを見つけたのに」

「ま、待て! ……族長に、聞いてくる!」


 流石の話術だアドル。そして素直な性質のドワーフだからこそ、その言葉を聞き入れ、慌てて族長の元へと走って行った。

 そう、こいつらは頑固だが、納得さえ出来れば素直で非常に協力的なんだ。頭に血が上って怒鳴り合ってるだけじゃ話は進まない。いや、ここはアドルだからこそだろう。嫌味がないしな、アドルは。


 こうして少し待った後、奥から族長、ロドリゴがやってきた。その顔は少し不機嫌そうだが、どこか期待の眼差しでもある。やはり息子がいないのは親として辛かったのだろう。アドルの前に来ると、直ぐに手掛かりはなんだと問い質し始めた。えらく気が短いな。


「はい、手掛かりはですね。息子さんは人間の大陸にいる、ということです」

「そ、そんな事で……!? そんなもの、手掛かりとは言えない! 騙したな!?」


 ロドリゴは激昂し、魔術を振るおうと身構えた。俺たちも思わず身構えたが、アドルは余裕の笑みを崩さない。


「騙したのは貴方でしょう? ……息子さんが人間の大陸にいるだろうこと、知っていましたね?」

「っ……!」


 そう。その事実は間違いない。こいつらは、いやこの頑固ジジイだけだな。俺らが魔大陸にいる以上息子を見つけられないのを知ってて、あえて無理難題を押し付けてきたのだ。そして、たぶん……俺たちを試していた。


「私たちは魔大陸全土を調べたのですよ。短時間でしたがかなり隅々まで。そこでドワーフの子どもを見たという情報は得られなかったのです。……ここ最近どころか、ここ数百年レベルで、ね」


 息子が、人間の大陸にいるという事を掴めるかどうかを。その上で、頼りになるかどうかをロドリゴは見極めようとしていたのだろう。


「もちろん、鉱山周辺の森に住む魔物にも同じ事を言われたそうです。おかしいですよね? 息子さんは時々森に出る変わり者だそうじゃないですか。なら、見た事がないのはおかしい。……ロドリゴさん、息子さんは元々、人間の大陸側の鉱山にいたのではないですか?」


 ロドリゴだって、本当は素直に頼みたかったはずだ。けれど、ドワーフというのは本当に頑固な種族なんだよな。他の仲間がいる手前、そう簡単に転移陣を使わせるわけにはいかない、とかそんなとこだろ。


「大事な息子さんを探すために、私たちが信用に足るか確認していたのでしょう? 私たちは、喧嘩を売りにきたんじゃないんです。息子さんを心配する気持ちは痛いほどわかります。私たちもまさに今、同じ状況なんですからね」


 はぁ。ちょっと深く考察すればわかりそうな話だった。なのに俺もアーシュもまだまだダメだな。娘が行方不明というだけで、どれほど頭が回らないかを思い知った。


「どうか、共に捜索させてください。私たちは特級ギルド、オルトゥスのメンバーなんですよ? 頭領ドンもいればナンバー2の人間もいますし、魔王様だっているんです。……見つからないわけがありません」


 アドルの真剣な眼差しをジッと見つめ返すロドリゴ。


「その為に、人間の大陸へ渡る必要があります。……どうか、協力してもらえませんか?」


 族長は腕を組んで唸り声をあげた。お、もう一押しってとこか?


「……それに、私たちが探している子どもと息子さんは一緒にいる可能性が高いんです。そして危険に身を置いている」

「危険だと!?」

「ど、どういう事だ」


 その言葉にはロドリゴだけではなく、俺たちも声を上げる。メグが、危険……!?


「わざわざ魔力を多く持つ子どもを集めたんですよ? そういう転移陣で強制的に呼ばれてしまった。その時点で、呼んだ子どもたちをどう扱うかなんて……良い予感の方が少ないですよね?」


 その通り過ぎて泣けてくる。それは最初から頭にあった事じゃないか。愕然とする俺たちを前に、族長はついに口を開いた。


「……わかった、転移陣を使え。ただし! 帰り道は元気な姿の息子も共にいないと通さんからな!」

「あ、ああ! わかった。任せろ!」


 族長の息子、そしてメグ。2人が共に無事で、どこも怪我をしていない事を祈りながら、俺たちは族長の後に続いて鉱山内部へと足を進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る