sideユージン 前編
「だからっ! 今すぐには無理だって言ってんだろ!」
「条件が飲めないなら通せない」
「ちゃんと探すって! だから先に通してくれっつーのに!」
「ダメだ。今すぐここに連れて来い」
俺は現在、ドワーフの頭の固ぇ族長と言い合いの最中である。ほんっとに頭固いなこいつ! 今すぐ人間の大陸に渡ってメグを探しに行きてぇってのに!
「他に条件はないのか、ロドリゴよ。そなたらの気持ちはよく分かるが、ならば尚更、娘を探しに行きたい我らの気持ちもわかるであろう!?」
「早く探しに行きたいなら俺の息子を探して連れて来い。それが条件だ! 何度もしつこい。こっちは忙しいんだ。次は連れてきた時に声をかけろ」
ドワーフの族長、ロドリゴは吐き捨てるようにそう言うと、鉱山の中へと入って行ってしまった。俺らが追いかけようとすると、入り口を守るガタイの良いドワーフ2人がツルハシを突き付けて妨害してくる。……このくらい蹴散らすのは簡単だが、それをすると二度と通してもらえなくなるから我慢だ。
「ユージン、焼き払うか?」
「馬鹿野郎、アーシュやめろ」
俺より沸点低いなアーシュ。気持ちはわかるし本当は大賛成だが流石にダメだ、とアーシュの首に腕を回して一旦引いた。
メアリーラ、オーウェン、ワイアットの3人の仕事が驚くほど迅速だったため、アーシュは俺がここに辿り着くのとほぼ同時にここへやって来た。あの3人、やれば出来るじゃねぇか。というかメアリーラが、だな。余程早く仕事を終わらせたかったと見える。
にしても……あー、ダメだな。今の俺らはすぐ頭に血が上っちまう。冷静であろうと努力はするんだが、あの頑固ジジイと話してるとどうにもうまくいかない。
何でも、先日あの頑固ジジイの一人息子が、どこかに行ったまま帰ってこなくなったのだという。ドワーフとしては気が優しいその息子は、よく仕事のない日に森の中で動物や植物と触れ合っていたらしい。鉱山に閉じこもって石と睨めっこしたり、鍛治仕事をするのが生き甲斐なドワーフにしてみれば、確かに変わり者かもしれねぇな。
「ん、アーシュ。助け舟が到着したみたいだ」
「む? 影鷲殿か?」
「あぁ、ギルも来るんだが、頼もしい仲間を連れてるんだ」
「ふむ、それは会うのが楽しみであるな」
影鳥が俺の影から出て来てギルからの伝言を受け取る。着いたようだな。俺たちじゃイライラしちまってどうにもならねぇとこだったから助かったぜ。気分を変えるためにもアーシュと共にギルたちの元へと向かった。
「よぉ、ギル、アドル。随分早かったな」
「一気に飛んで来た」
「なるほど、まぁ助かった。あの頑固ジジイ少しも意見を変えねぇんだよ」
涼しい顔で魔物型から人型へと姿を変えたギルは一言そう告げた。どちらかというと背に乗っていたアドルの方が疲労が蓄積されてるようにも見える。
「アドルは大丈夫か?」
「はい、なんとか。私も受付にいるばかりじゃダメですね、と今反省しているところです」
だいぶ身体が鈍っています、と苦笑を浮かべるアドルは童顔なのもあってまるで少年のようだ。これで頭が切れるんだから、人は見かけで判断できない。特に亜人は。
ま、アドルは事務仕事が多いから仕方ないな。これを機にまた身体を鍛える事にも力を入れてもらいたいところだ。
「魔王様、はじめまして。アドルフォーリェンと言います。よろしくお願いしますね。今回はクロンさんはいらっしゃらないのですか?」
「うむ、よろしく頼む。クロンは……その……」
「今は忙しすぎて、2人とも魔王城を離れたら業務がマジで立ち行かなくなるんだろ、どーせ。帰った時の愚痴くらいは大人しく聞いてやれよ?」
「3日ほど続きそうであるな……クロンの小言は……」
それは言い過ぎだろ、と言いかけてクロンならやりかねないと思い直す。あいつは、やる。
「
「ああ、そうだな。アドルも聞いてくれ」
到着したばかりで悪いとは思ったが、時間が惜しい。俺はひとまず、ここへ来てすぐ話し合った頑固ジジイとの交渉について話し始めた。
「俺の娘が人間の大陸に転移で飛ばされたから、今すぐ捜索に向かいたい。転移陣を使わせてくれ、と俺は切り出した。回りくどく言っても仕方ねぇからな」
そこで、ドワーフの族長が呼ばれて対価はと言い出したのだ。その辺は前回も経験したことがあるし、予想はしてたんだがな。今回は金か物でどうにかならねぇかと思ってたんだが、先に向こうから条件を突き付けてきた。それが──
「行方を晦ました息子を探してこい、という事ですか……」
「ああ。それも目の前に連れて来い、だ」
なかなかの無理難題を突き付けてきやがった。だがまぁ、人探しなら俺らの得意とする分野でもある。ちょうどメグも探してるところな訳だし。だから、同時進行で捜索するから通してくれ、と頼んだ……のに!
「あんの頑固ジジイ……!」
「目の前に連れて来るまで転移陣は使わせない、の一点張りであったのだ。……やはり消し炭に……」
「わ、わかりました! わかりましたから殺気を鎮めてください! 魔王様は特に洒落になりませんからっ」
おっと危ない。2人して互いの肩を軽く殴り合って殺気を引っ込める。悪い悪いアドル。
「しかし……そのドワーフの息子はもしかして……」
「ギルさんもそう思いますか?」
ギルとアドルも気付いたようだ。そう、息子はまだ未成年の子どもなのだ。しかもそれなりの魔力を保有した。
「メグと同じように、強制転移で飛ばされたんじゃないか……?」
「間違いなくそうだろうな。ここの方が人間の大陸に近いし、メグが飛ばされてドワーフの息子が飛ばされないわけもない」
ギルの言葉に同意を示す。アーシュもともに頷いていた。
「それを、確認はしたんですか?」
「しようとしたさ、そりゃ。……だがあの頑固ジジイ」
「わ、わかりました。何を言っても連れて来いの一点張りだったわけですね? 落ち着いてください」
アドルはやや焦ったように俺を遮ると少し思案げに顎に手をやる。数秒後、ギルとアーシュに向かって言葉をかけた。
「魔大陸中にはドワーフの息子がいない、と確証を得るための調査にはどの程度時間がかかりますか?」
「む、どれだけ頑張っても5日はかかるであろうな……」
「ああ……俺もそんなものだ」
アドルは5日、と呟くとブツブツ言い始めた。おそらく脳内で計算しているのだろう。
「では、お2人で手分けすれば単純計算で時間はその半分としましょう。さらに、私が補助魔術をかけ続けますので……1日です。明日の今頃には魔大陸全土の捜索を完了させましょう」
「1日……!?」
「……やるしかなさそうだな」
驚いて目を見開くアーシュに、慣れているのか腹を括るギル。思わず吹き出してしまう。
「……ユージンよ、お主の所の者たちは無茶をさせるのが趣味なのか?」
「まぁ、な。だが、無茶はさせても無理なことは言わないさ。だろ? アドル」
俺が確認のためにアドルに目を向けると、アドルはとても良い笑顔でええ、と答えた。……なんかオルトゥスがブラック企業みたいだと思ったが違うぞ? やけに働きたがる奴らだが、無理やりでもちゃんと休みは取らせてるからな!
「それから
「いや、我も影鷲殿も恐らく、流石に疲れはするぞ……?」
「お前らは終わったら回復薬でも飲んどけ。了解、アドルの回復は任せろ」
補助魔術は最初にかけたら継続されるものと、かけ続けなければならないものとあるからな。今回は恐らく後者なのだろう。途中で回復薬を飲むという手もあるが、身体に負担がかかるからな……俺が魔力を少しずつ供給してやる方が効率もいいし身体にも優しい。
それに、待ってる間俺、暇だし。
「では、早速始めましょう。行方不明のドワーフの子どもの特徴や、捜索範囲をお2人で話し合ってください。5秒で」
「本当に容赦がないのだな!? このギルドのメンバーは皆!!」
こうして俺たちは丸一日かけて、魔大陸全土を調べ尽くした。ギルは無駄口は一切漏らさず、いつも通り完璧な仕事ぶりだった。
アーシュは文句を言いながらも言われた事を全て完璧にこなしてるあたり、こんなんでも魔王なんだよな、と思わせてくれる。だが、時折恨みがましい目でこっちを見てくるのはなぜだ。その度にアドルに睨まれては姿勢を正しているが。……クロンっぽいよな、アドルは。
まぁ、なんというか……お疲れ。
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