リヒトの居場所


 お父さん、ギルさん、ギルドのみんな、お元気ですか? 私は、私は……元気じゃありませんーっ! あ、いやいや、泣き言は言わないぞーっ!


「はうぅぅぅぅ……」

「ほら、メグ! あと少し! がんばれ!」

「あいぃぃぃ……!」


 でも、呻き声は出します、許してください……!

 ウーラの街を出てから1週間くらい経ったかな。あの日から私はせっせと修行の日々を送っております。川を越え、木に登り、崖もよじ登る日々。川を越える以外は特に必要性はなかったんだけど、体力作りと体の動かし方を覚える修行としてこなしてるのだ。

 初日はぜんっぜん出来なかったこれらの修行も、今ではある程度出来るようになったよ! えへん。この身体はなかなかにハイスペックな様で、割とすぐに覚えてしまうのだ。環の時とは大違い!


 これで、自然魔術が使えたらもっと楽々出来るんだろうけど……そういうのがないから自分の身体だけを鍛える事が出来てるんだよね。魔術が使えたらすぐ怠けていたように思う。時折魔石の中から、精霊たちの応援の声が聴こえてきたのが頑張れる要因にもなっていた。


「ん、ちょ……っと! の、登れた!」

「やるじゃないか! 今日は1人で出来たね。えらいよ、メグ」


 そして、ラビィさんの飴と鞭具合が素晴らしい。厳しい時はほんと、泣きそうなくらい厳しいけど、出来た時のこの撫で撫でがあるから全部報われる。頑張った!


「はぁぁ、手が真っ赤!」

「ふふ、頑張った証さ。メグは薬を持ってるから治すのは簡単だろうけど……」

「残しておくでしゅ!」

「そうかい? じゃ、痛くてどうしようもなかったら、治すんだよ?」


 こういう痛み、久しぶりだなぁ。ギルドのみんなは、私が擦り傷作っただけで治そうとするんだもん。ちょっと、ダメ親になりつつあったよね? そういうのを改めて思い知る日々だよ。もちろん、みんなの事が大好きなのに変わりはないけどっ!


 でもラビィさんみたいに、時に厳しく、大らかに指導してくれるのは、なんか、こう……くすぐったい。新鮮で、嬉しくて。本当に、お母さんみたいで。……お母さんにしちゃ若すぎるし、私はお母さんという人がどんな存在かは、あんまりわからないんだけどさ!


「じゃ、そろそろ降りようか。ご飯にしよう」

「はーい!」


 ラビィさんはそう言うと、一足先に崖下へと降りていく。ひょいひょいと軽い身のこなしで危なげなく降りていくのはやっぱりカッコいい。

 私? 私も降りるのは登りより早く出来るよ? ただ、ラビィさんほどは無理だけど。デコボコとした岩の突起部分に足と手をかけつつ、強そうな蔦を掴んだり、軽くジャンプしたりしてどんどん降りていきます! 運動能力の高い両親に感謝である。環? 運動神経のなさは母譲りだったらしいよ……? とほー。


 そんな日々を送っていたから、私はなかなか野生的になってきたと思う。今までがお上品過ぎたのよね! こういう訓練は、魔大陸に帰ってからも毎日少しずつ続けたいな。誰に頼むのがいいだろう……ギルさんやサウラさん、シュリエさんも過保護過ぎるしなぁ。というかみんなあんまり、変わらないかも。ジュマくん? とも思ったけど彼は限度というものを知らないからやめよう。私、まだ死にたくないし!


「やっぱ、お父さんかなぁ……」


 今は他のみんなと同じくらい過保護だけど、環を育てたお父さんなら説得出来る気がするんだ。そう思ってぽろっと独り言を漏らすと、リヒトが食いついてきた。


「何がだ? お父さんになんかあんのか?」

「あっ、えと、帰ってからも訓練したいから、その、誰に頼もうかなって……」


 私がそう答えると、ああそうか、と納得したような顔でリヒトは腕を組んだ。


「周りはみんな過保護だからか。ま、確かに実の父親なら厳しく出来るだろうな」


 厳密に言うと実の父とは言えない気もするんだけど、その辺は事情が複雑すぎるので黙っておく。魂としては実の父と言えるけどね? 一応今は魔王さんって事になってるから……あんまり威厳とか実感とかはないんだけど。ごめんね、魔王さん。


「俺も……親父は厳しかったからな。でも、俺の事を考えて厳しくしてたんだって、今ならわかる」


 リヒトは続けて自分の事を話しはじめた。リヒトのお父さんって事は……きっと、日本にいるんだよね?


「リヒトのお父さんは……?」


 でももしかしたら、ということもある。だから、一応聞いてみた。聞いてもいいのかはわからなかったけど……


「……たぶん、もう会えない」

「たぶん?」

「ああ。俺はもう、故郷には帰れないと思うから……」


 リヒトがあまりにも悲しそうな顔をするので、思わずギュッと抱きしめる。


「うおっ、メグ? 大丈夫だぞ? もう随分前からわかってる事だし……」

「時間は関係ないよ!」


 こんなに悲しくて辛い事、時間はきっと癒してくれない。そりゃ、時間が解決する事だってあるだろうけど、こういうことはどれだけ時間が過ぎても、ふと思い出した時に心を抉ってくるんだ。私だって環は死んだんだって思い出すと、未だに辛いもん。


「辛いものは、辛いよ。リヒト、家族に会いたいでしょ?」

「っ、それ、は……そうだけど……」

「辛いのを、もう平気だって言って心を騙すのは、苦しいよ?」


 まだ辛いくせに、もう大丈夫、もう平気って言うのは本当は解決にならない。自分に言い聞かせて、強がってるだけなんだ。私もまだよくやるもん。

 じゃあどうすれば良いって? ……「今」に幸せを感じる事だ。「今」安心出来る居場所があることなんだ。


「リヒトはね、私にとってもう家族みたいなものなんだよ。解決は出来ないと思うけど……悲しいも苦しいも、分けてもらいたいよ。話、聞くよ? どんな話でも」

「いや……でも……」


 リヒトはますます眉尻を下げていた。まぁ、こんな幼女に言われても困っちゃうかな? 濃い日々を送ってるとはいえ、まだ付き合いが長いわけでもないもんね。私は人をすぐホイホイ信用しちゃうけど。

 でも許しても良いかな、と少しでも思ってもらえたらいいなぁって思うのだ。日本に帰れるにしても帰れないにしても、オルトゥスのみんなと会って、ここでの家族を作って欲しい。……なんだかんだで本当の家族がいる私だから、説得力に欠けるかもしれないけど……


「魔大陸に行ったら、私の家族に会ってほしいな。リヒトに、紹介したい人がいるんだよ」

「……うん、そっか。ありがとなぁ、メグ。お前は本当に人の事ばっかり気にかけるよなぁ……俺、なんかカッコ悪いな」


 そう言って苦笑を浮かべるリヒトは、手を伸ばしてクシャクシャと私の頭を撫でる。


「もう少し、待ってな。いつか……話すよ」

「……うん。いちゅでも、聞くよ」

「プッ、締まらねぇな」

「そこは聞き流しゅ所だよっ!」


 なかなか調子良く喋れていたのに、最後の最後で噛んでしまった。な、情けない……!


 でも、まぁ。そのおかげでリヒトの気まずさが少し紛れたのなら、ちょっとくらい笑われてやろうと思うのだ。

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