オルトゥスの日常

1日お姉ちゃん


「おはよーございます! ギルにゃんディお、しゃん……うぁー!!! 言えにゃい! あうっ」


 どうも、メグです!

 お父さんと再会し、このギルドで生活し始めて早20年。なんだかあっという間にそんな月日が経っております。でも、この身はとても成長が遅く、ようやく人間で言うところの5、6歳児ってところかな。くすん。

 でも、だいぶ滑舌も良くなってきたんだよ! だからこうして、ケイさんを見習ってみんなの名前はフルネームで呼ぼう計画を実行し始めたんだけど……ご覧の有様ですよ、ええ、まだ先は長そうです。


「慌てると余計に噛むぞ」

「う、わかってるもんー」


 苦笑を浮かべながらそんな事を言うギルさん。そう、1度噛むと焦って余計に噛んでしまうのが悪い癖。いつかペラペラ喋ってやるー!


 なぜ、こんな事を言い出したかというと、先週のとある出会いと出来事がキッカケだったりする。それはとても貴重な体験で、私ももっとしっかりしたお姉さんにならねば! と気合いの入る出会いだったのだ。




「ふぇ? 赤ちゃん……?」


 ある朝、いつも通りギルドのマイカウンターまで行こうとしていた時、受付から声をかけてきたサウラさんに仕事を頼まれた。私が適任なのだと言うので何かと思えば、意外すぎる仕事内容をサウラさんに命じられたのだ。


「そう! 数年前この街に1人赤ちゃんが生まれたでしょ? その子の両親が家の事情で1日出掛けなきゃいけなくなって、その時赤ちゃんを連れて行くのが難しいから赤ちゃんを預かって欲しいって依頼がきてるのよ」


 出生率が極端に低い亜人の中で、より低い希少種の多く住むこの街で新しい命が生まれるというのはとてもめでたい事だ。その時に街全体で誕生パーティーが開かれ、それが1週間ほど続いたのは今でも覚えてる。というか、この街の人たちってお祭り好きだよね……何かにつけて宴会開いたりとかさ。そして毎度ジュマくんがフィーバーし過ぎてお仕置きされるっていうところまでが流れ。


「で、でも、何で私なんでしゅか? 私、赤ちゃんのお世話なんて出来ないでしゅよ?」


 疑問はそこである。むしろ私なんかまだまだお世話される側なのに、なぜ私が適任なのか不思議だ。……うっ、自分で言ってて悲しくなってきた。


「もちろんメグちゃんだけじゃなくて、メアリーラちゃんにも頼んでるわ。ただね、メグちゃんって自分より年下と関わった事ないでしょう?」


 なるほど、メアリーラちゃんと一緒なら納得だ。そして、確かに私は自分より年下と関わった事はない。前世ですら、直接的に関わる事はなかったしなぁ。え? 誕生パーティーの時? あの時はお祝いパーティーが盛り上がり過ぎちゃって関わるどころか赤ちゃんを見てすらいないよ……というか、生まれたばかりの赤ちゃんがあんな大騒ぎに参加なんか出来ない。赤ちゃんは少し離れた場所にある産院でスヤスヤ寝てたからね!


「だから、いい経験になるかと思って。どう? メグちゃん、1日お姉ちゃんにならない?」


 お姉ちゃん、という単語が甘美な響きを持って私の心を揺さぶった。お姉ちゃん……お姉ちゃん……お姉ちゃん……!

 私は反射的に首を何度も縦に振った。




「ほぉわぁぁ……!」


 医務室へ向かうと、話を聞いて待っていたらしいメアリーラちゃんに案内され、別室にいる赤ちゃんと母親との対面を果たす。赤ちゃん用の籠ベッドで眠る赤ちゃんをそっと覗くと、スヤスヤと気持ちよさそうに眠る赤ちゃんがいた。そのあまりの可愛らしさに思わず変な声が出てしまった。もちろん出来る限り音量は抑えました!


「ふふ、うっとりしてるわね」

「赤ちゃんにメグちゃんだなんて超絶可愛い組み合わせなのですぅっ!」


 薄茶色の長い髪を三つ編みにして肩から垂らすこの子のお母さんは、頭から出ている狐のような耳をピコピコ動かしてそう言った。おっとりとした雰囲気のお母さんだ。メアリーラちゃんは、まぁ、いつも通り可愛いものに目がない様子だ。


「ごめんなさいね、こんな依頼して。今日中には戻るわ。赤ちゃんのお世話は大変だと思うけれど……可愛らしいお姉ちゃんがいるもの、安心ね」


 ふわりと微笑みながら狐なお母さんは尻尾を揺らしながらそんな事を言ってくれた。私の脳内にまたしても甘美な単語が繰り返し響く。お姉ちゃん……お姉ちゃん……お姉ちゃん……!


「はいっ! いっしょーけんめい、お世話しましゅっ!」


 噛んだ。お姉ちゃんなのにぃっ! 1人地団駄を踏んで悔しがる私。そんな様子を見てクスクス笑う2人。くぅっ!

 出だしはこんな感じで閉まらなかったけど、私の1日お姉ちゃんはこうしてスタートを切ったのであるー!




 と、張り切ったは良いものの。


「きゃっ、火を吹かないでー、ミィナちゃん!」

「うにゃっ!? オムツから漏れてるよ、メアリーラしゃんっ!」

「尻尾のある種族は良くあるのですよ! きゃっ、また火を吹いたのです!」


 赤ちゃんって、大変なのね……!? オムツ交換し終えても機嫌悪く泣き叫ぶミィナちゃんに、私たちは途方に暮れていた。

 この子はラクディという尻尾の大きな動物系の亜人で、しかも火を吹くタイプの子らしいからもっと大変。ラクディはそこそこよくいる亜人だけど、個体によって得意な魔術属性が違うんだって。この子は火。厄介な、火……! 尻尾と耳の形や模様から言って狸なんだよね。狐から狸が生まれる不思議がまかり通るこの世界。20年経ってもまだ驚きが絶えないよ!


「むむむ、これはチオリスの手を借りるのです!」

「う? チオ姉?」

「はい! チオリスはラクンの亜人で火属性なので、何かコツとか掴めるかもしれないのです!」


 あ、そう言えば前に聞いたことがある。チオリスさんはラクン、アライグマの亜人だって。確かに狸で火属性のミィナちゃんに近いものがある。私たちは早速泣き叫ぶミィナちゃんを連れて食堂へと向かった。


「あ、赤ちゃんなんてあたしもどうしたらいいのかわかんないよ!」


 しかし、食堂で早速チオ姉に聞いてみると、戸惑ったように手をブンブンと横に振られてしまった。今や料理長となったチオ姉はいつも自信満々で笑顔なだけに、こういった反応はどこか新鮮である。


「お世話してというわけではないのですよ! 何か注意点とか、コツみたいなのがあったらなって……きゃっ、また火をーっ」


 メアリーラさんの訴えに腕を組んで少し考えてくれるチオ姉。すると、思い付いたように手をポンと1つ打った。


「あたしらラクンの亜人は比較的尻尾の付け根が弱くてね。撫でてやれば火を吹くのを抑えられるかもしれないねぇ」


 ラクディとは違うから同じかはわからないよ? と眉尻を下げて言うチオリスさんだったけど、これは良い収穫だ。早速試してみようと泣き叫びながら火を吹くミィナちゃんの尻尾の付け根を、私はそっと撫でてみた。


「おぉ、泣き止んだっ!」


 なんということでしょう! さっきまで大暴れしてたのが嘘みたいに大人しくなって、とろんと眠そうな顔になったではないですか! 嬉しくて何度も撫でちゃう。


「それが効くのも幼体の時だけだったからすぐに思い出せなかったよ。でも、役に立って良かった」

「ありがとうなのです、チオリス!」


 メアリーラさんと一緒に何度もお礼を言うと、後で昼食を運ばせるから順番で食べるんだよ、というありがたいお言葉をいただいた。よぉし、頑張るぞー!




 こうして、ドタバタとお世話をする間に、あっという間に1日が過ぎてしまった。そろそろ夕方。


「可愛いなぁ……」


 お世話は大変だったけど、この可愛さの前にはそんなもの吹き飛んじゃう。みんなが私を可愛がってくれる気持ちがちょっぴりわかったよ。と同時に、私もそろそろお姉さんにならねば! そんな自覚が芽生えた1日となりました。


 その後、うっかりミィナちゃんの隣で疲れて寝てしまった私。その姿をメアリーラさんを筆頭に、ギルド中の人たちに鑑賞され、癒しを提供したみたいだけど……寝顔見られるのは恥ずかしいのでやめていただきたい! そのせいで、ミィナちゃんとご両親はギルドに1泊する事になったという……皆さん、自重を覚えましょうね!?

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