おかえり


「ほぉーお? それで、幼いメグの大活躍で、情けない魔王は我に返り、族長の問題もネーモの今後まで解決したのかぁ。いやぁ、すげぇなメグは! ご褒美やらなきゃな! ……情けない魔王は何をしに行ったんだろぉなぁ? んんん?」

「いやっ、待てっ、ユージンよ、話せばわかる……っ!」


 朝、身支度を終えて嬉々としてお世話してくれたメアリーラさんと朝食も済ませた私は、現在ギルドの会議室での報告会に出席している。早朝に帰ってきたらしいお父さんたち。先に報告は一通り終わっているらしいと聞いてここに来たんだけど……目の前で繰り広げられていたのはお父さんによる魔王さんへの説教でした。ニコニコと笑顔で魔王さんに凄んでいるお父さん。笑顔で凄むとか、なかなかやりマスネ……!


「あ、メグちゃんおはよう! 疲れは残ってないかしら? 聞いたわよー? すごいわメグちゃん! 情けない誰かと違って!」

「ええ、さすがはメグです。見習って欲しいですね、情けない誰かに」

「ふふっ、メグちゃんはとっても頑張ったんだね。情けない誰かの相手も大変だっただろう?」


 うぉう。サウラさん、シュリエさん、ケイさんからの怒涛の矢が魔王さんの心に突き刺さっていく! 褒められるのは嬉しいけど、素直に喜べない……!


「まぁ、せっかく全て丸く収まったんだ。事後処理は色々あるだろうが、今日は宴会としようじゃねぇか! アーシュへのお小言は後でたっぷり聞かせてやるとして」

「やったぜっ! 頭領ドンわかってるぅ!」


 宴会の単語にいち早く反応を示したのは昨日は逆さ吊りにされていたジュマくん。昨日は気付かなかったけど、よく見ればあちこち包帯だらけでかなりの重傷だ。あのジュマくんが! なのにすごく元気そうだからあんまり心配するのも変な気がしてくるのがすごい!


「おいおい、今回のヒーローはメグだ。メグの好きな料理を用意してもらおう」

「ふぉぉ……!」


 は、ヒーローですと!? いいのかなぁ? みんな私を甘やかしすぎじゃないかなぁ? モジモジしていたら、遠慮なく言っていいんだぞ、とお父さんに促された。みんなが生暖かい目で見守っている。恥ずかしいぞ!?


 う、うーん。宴会か。みんなで食べられるようなものがいいよね。……そういえば、いつも何かお祝い事の時に作ってたあれがいいかもしれない。お父さんと環の思い出の食卓。でも、この世界で用意出来るかな? そう思ってチラ、とお父さんを見た。


「ん?」


 私の視線に気付いたお父さんは優しい眼差しで私を見た。


 ——今かもしれない。


 そう思った。その目で、環として見られたいと思ったのだ。


「あの……」

「どうした?」


 お父さんが私の前に片膝をついて目線を合わせてくれる。ど、どうしよう。上手く、言えるかな? 心臓がドキドキと大きな音をたて始める。


「……ちらし寿司が、いーでしゅ」

「……何?」


 少し驚いたようにお父さんが目を見開く。この場にいた誰もがちらし寿司? と首を傾げているから、もしかしたら知らないのかもしれない。この世界には、まだない料理。


「この世界で再現出来る範囲でいーでしゅから」

「この世界、って……メグ、お前……」


 何となく、私が今から自分の事を話そうとしてるって雰囲気が伝わったようだ。私の言葉を聞こうと、みんなが静かに耳を澄ませているのがわかった。


「デじゃートは、プリンがいいな。手作りの、シンプルなやつ。……しゅきでしょ?」

「そんな、まさか……っ!?」


 お父さんの手が震え始めた。それに気付いたのか、ざわめく気配を感じる。せっかくみんなもいるんだ。ちゃんと聞いていてもらおう。これは、今の私の家族であるみんなにも知ってもらいたい事だから。


 私はみんなが注目する中、言葉を続ける。


「ユージン、じゃないでしょ? 名前。ラーしゃんに、見せてもらったよ、名刺を」


 お父さんは、目を見開いて言葉を失った。


「誰も読めないって言ってたけど、私はちゃんと読めた。それで、しゅごくビックリしたの」

「……言ってくれ」


 祈るような眼差しで。どうにか絞り出したのだろう、お父さんのその声も震えていた。


長谷川はせがわ友尋ともひろ、でしょ? 私の、お父しゃんの名前と、一緒」

「————っ!!」


 激しい動揺が見て取れた。瞳が揺れている。その瞳に映る私の顔も、今にも泣きそうで。どうにかこうにか私は笑顔を作ってみせたけど、酷い顔だなぁ、もう。


「お父、しゃん……」


 私もどうにか声を絞り出す。その一言に、ギルドメンバーは息を飲んだ。


「私、死んじゃったの……過労死で……」


 ごめんなさい。ごめんなさい。


「せっかく、お母しゃんが産んでくれて、お父しゃんが育ててくれたのに……」


 私は、なんて親不孝者なんだろう。


「自分を、大切に出来ずに……死んじゃっ……!!」


 言葉を、最後まで紡ぐことは出来なかった。泣かずに伝える事が出来なかった。


「ごめんなしゃい……ごめんなしゃい! お父しゃん……!」


 室内に、私の泣き声だけが響いた。




「環、なのか……」

「……あい」

「本当に……?」


 確認するように聞いてくるお父さんの声に何度も首を縦に振る。


「なぜ、謝るんだ……そんな、大変な事になってただなんて……お前、俺が消えてから相当……!」


 お父さんは最後まで言えずに口を手で覆う。きっと想像したのだろう。お父さんがいなくなった後の、私1人での生活を。過労死するまで働いていた私の姿を。自分の方が謝らなきゃならないのに、と言いたいのが伝わってきた。


 大丈夫。伝わってるよ。私も同じくらい謝りたいと思ってるもん。でも、そんな事より言いたい事があるのだ。

 ……よし。少し落ち着いた。ちゃんと言わなきゃ。

 片手で顔の下半分を覆い、目を見開いたまま震えるお父さんを前に、私は言葉を続けた。


「ずっと、言いたかったことがあるの。言っていい?」


 あぁ、とお父さんは掠れた声でそう答えた。その表情は、どんな責める言葉でも受け入れると言っているようで、思わず苦笑してしまう。


 違うよ。お父さん、私が言いたかったのは責める言葉じゃないよ?

 あの日、出張から帰ってきたお父さんを笑顔で迎えたかった私は、ずっとこの言葉を言いたかったんだ。お父さんが行方不明になったって知った後も、毎日毎日、この言葉だけを言うために私は家で待ってたの。


「……おかえりなしゃい」

「っ……!」

「おかえりなしゃい、お父しゃん。ずっと、これが言いたかったの」

「……っ!!」


 やだなぁ、もう。こんな時まで噛んじゃってちゃんと言えないんだから。お父さんの固く閉じられた目から雫があふれている。特級ギルドの頭領ドンともあろう人が、そんな情けない姿、誰にも見られたくないよね。そう思って私は震えて下を向くお父さんをぎゅっと抱きしめて、その姿を隠してあげた。身体が小さいから、隠しきれてないかもしれないけど。


「おかえり。これからは、ずっと一緒」

「あぁ……ああ……! ずっと、一緒だ……!」


 お父さんが抱きしめ返してくれる。襟元から覗くヨレヨレのネクタイは、もはや色褪せていたけれど。君もよく頑張ったね、お父さんのお守りをしてくれてありがとう、という気持ちを込めて、指でそっと撫でた。


 長かった、つらくて寂しい時間が、この短時間でスッと消えてなくなっていくのを感じた。満たされていくのを感じた。

 そんな私たちの様子を、誰もが黙って見守ってくれていたのが余計に嬉しかった。


 これからは1人じゃない。お父さんだっているし、何より、家族とも呼べる仲間がたくさんいるのだから。

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