父と娘


「再会が喜ばしいのはわかりますが、今はそれどころではありませんよ」

「根本的問題は解決してないからなぁ」

「わかっている」


 クロンさんとニカさんの言葉にハッとしたのはどうやら私だけの様子。ギルさんはちゃんと、警戒を怠ってなかったようだ。さすがである。


「ドラゴンブレスが来ますよ!」

「おっと、あっちもすげぇオーラ放ってるぞぉ」


 おお、あっちもこっちもほのぼのした再会なんか構ってられないって事かな? よし。問題はひとつひとつ解決しよう。という事で提案します!


「魔王しゃん……父しゃまの方は何とか出来ると思いましゅ」

「何……?」

「どういう事です?」


 ま、そうだよね。こんなちびっ子が何をって思うのが当たり前だ。でもさっきも今も、魔物たちを大人しくさせている事実があるから、聞く耳を持ってくれているようだ。


「ショーちゃんがいるから、ちゃんと父しゃま・・・に声を届けられるでしゅ」

「! なるほど、それはやってみる価値ありですね。メグ様の声なら尚更、ザハリアーシュ様の心に響くでしょうから」


 正確に意図を読み取ってくれたクロンさんがすぐに賛同を示してくれた。出来る人はやはり違う。


「でも、シェルメルホルンは今もメグを狙ってるぞぉ? うぉっと!」


 こうして打ち合わせしながらも攻撃を躱していく皆さま。私? ギルさん抱っこですよ、そりゃ。ギルさんは私を抱っこしてるから片手しか使えないけど、攻撃を仕掛ける訳じゃないから大丈夫だって。軽やかに無駄のない動きで避けるギルさんに尊敬の眼差しを向けてしまう。


「このままでも、声は届けられるんだろう?」

「あい! でも出来れば、でしゅけど……もう少し近くに寄りたいでしゅ」


 ドラゴンになっている今、とても大きいから私を見つけるのは困難だと思うんだ。いくら声が届けられるからって、私の姿が見えるのと見えないのとじゃ大きく変わってくる気がするのだ。


「では、私とニカさんで時間を稼ぎましょう」

「だが、あまり長くは無理だぞぉ?」

「だそうだ。いけるか? メグ」


 そうだよね。でも、魔王さんが正気に戻れば一気に楽になるはずだ。出来るか出来ないかではなく、やらなければ。


「あいっ!」

「よし。じゃあ、頼むぞ!」


 私の返事を聞いたギルさんは、少しだけ口角を上げて頷くと、2人に合図を出してすぐに駆け出した。ニカさんとクロンさんは逆方向、つまりシェルメルホルンに向けて走り出す。


「ショーちゃん、お願い!」

『いつでもオッケーなのよー!』


 ギルさん抱っこの状態ですが、ギルさんは攻撃を避けながら移動しているのでなかなかにハードな動きである。せめて噛まないように気をつけねば!


 では。いざ! 説得第2弾だー!! 私は再び息を大きく吸い込んだ。


「暴れる父しゃまなんか、キライでしゅーっ!!!」


 ふぅ、大声で叫ぶのってスッキリするね! ショーちゃんもキチンと仕事をこなした模様。魔王さんの脳内に直接この声を届けてくれたはず。


 ……ん? なんかやけに静かじゃない? 不思議に思ってギルさんの顔を下から見上げた。


「メグ……!」


 口元を抑えてプルプルと震えるギルさん。あれ? 笑ってる? すごい、貴重だ! じゃなくてー。


「なんで笑うでしゅかー」


 解せぬ。そう思ってプンスカしているとギルさんはさらに震えだした。何かがギルさんの笑いの琴線に触れたのかもしれない。なんでー?


「物凄い威力ですね! 効果は抜群ですよ、メグ様っ!」


 少し離れた位置からクロンさんの声が聞こえてきた。え? 効果は抜群? ふと視線を巡らせるとその言葉の意味がわかった。


「い、い……嫌だ!!!! 娘に嫌われたら生きてはいけぬっ!!!!」


 いつの間にか人型に戻っていた魔王さんが、あちこちから血を流しながらそう嘆き悲しみ、叫びながら地面に両手両膝をついておりました。


 あ、戻ったわ。




「暗闇の中で我は葛藤していた。怒りに意識を奪われないようわかってはいたのだが、どうしても許せぬ所業だったからな。そうしたら、そうしたらメグが……!」

「パパなんか嫌い発動はちゅどう?」

「ぐあっ! やめるのだ……! それだけは死んでも嫌であるぞ!!」


 胸を押さえて苦しむ魔王の図。死より恐れるのは娘からのキライ発言。ひょっとすると娘な私は最強なのかもしれない……やや遠い目になっているとようやく笑いの発作から立ち直ったギルさんが口を挟んだ。


「ともあれ正気に戻ったのなら、まずは魔物をどうにかしてくれないか。恐らく各地で暴れている」

「む、そうであったな。少し待て」


 そうだよね、問題はまだあるのだ。ギルさんの発言を受け、魔王さんは再びドラゴンの姿に。それから天に向かって咆哮した。

 世界の隅々まで響き渡るんじゃないかというほどのその咆哮は、近くにいる私にとっては大ダメージ! ……というわけでもなく、不思議と耳にこない。何というか、直接心に響いてくるというか? そしてそれは魔王の復活を意味していて、それだけでもう大丈夫なんだ、という安堵感をみんなに与えた。ほぉぉ、こういう姿は素直にカッコいいって思うよね!


「これで大丈夫であろう。残る問題は……やはり奴か」


 すぐに人型に戻った魔王さんは、鋭い目付きでシェルメルホルンを見つめた。怒りの色が見えるけど、大丈夫かな?


「……こわい父しゃまに、ならない?」


 ちょっぴり不安になったので、ギルさんに降ろしてもらった私は側に駆け寄り、魔王さんの服の裾をチョイチョイ引っ張ってそう問いかける。私に気付いた父しゃまは、一瞬だらけきった笑みを浮かべたけど、すぐに片膝をついて私に目線を合わせて答えた。


「イェンナは……もういない。そして奴のした事を我が許せぬのは間違いない。だが、我には我を思う家族のような仲間がおる。そして、実の娘も」


 魔王さんの大きな手が私の頬に触れる。……あったかい。


「それを思い出させてくれたのはそなただ、メグ。感謝している。愛しき娘よ」


 やだ、ちょっとカッコいいぞ!? イケメンパパだぞ? なんて嬉しい事を言ってくれるのだこの人は。だから私は心から笑って、魔王さんの手に頬擦りしながら返事をした。


「あい! 私も父しゃま、しゅきでしゅ!」

「! ……ぐふぉあっ! 我慢してはみたがダメだ! 何だこの可愛らしさは!? 我が娘は世界一可愛いぞ! うぉぉぉぉっ! 父は早急に問題解決してみせるぞ、刮目せよ!」


 悶え苦しんだかと思ったら突然やる気に溢れて物凄い勢いで駆けて行った魔王さん。その場にポカンと立ち尽くすギルさんと私。


「……締まらないな」

「まぁ、でも、父しゃまらしーでしゅ」


 思わず顔を見合わせてクスッと笑い合う。まだ最後の強敵がいるけど、きっと大丈夫だ。何とかなる。


「行くか」

「あい!」


 遅れて私たちも歩き始めた。危ないからって少し離れた位置にはなるけど、シェルメルホルンの元へ。

 ギルさん抱っこで、ね!

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