事態は最悪


『片付けたらすぐに向かう。それまで耐えてくれ』


 お父さんからの返信は簡単に言うとこんな感じだった。遅れて返ってきたホムラくん経由の伝言も、頭領ドンがすぐ向かうだろうからそれまで耐えて、っていう内容だったし、つまりはお父さん待ちなのである。

 でも、大丈夫かな? 急ぐ事で無理してたりしなきゃいいんだけど……でも正直急いで欲しい気持ちはとてもあるのだ。だって、怖いんだもん!!


「大丈夫だ。ここには入って来られない」

「あ、あいぃぃぃ……」


 思わず情けない声を上げてしまう。だ、だって、祠を中心に円状に張ってある結界の周りに魔物がうじゃうじゃいるんだもん! 目に光がなくて、牙をむき出してたり、どうにか結界を破ろうと攻撃を繰り返してたり……透明な壁に阻まれてるみたいに見えるからめちゃくちゃ怖いんだよぉっ! ギュッとギルさんの服にしがみついて恐怖に耐える。泣いてないよ! 涙目なのは認めるけどっ!


「新鮮な反応だなぁ。大丈夫だぞ、メグよ。万が一にも入ってきたところで俺やギルが瞬殺するからなぁ!」


 ガハハと陽気に笑うニカさんに少しホッとするけど違うんだ。根本的に違うんだよ!

 もちろん、襲われるのが怖いとか、そういうのもあるんだけど……生き物が血を流したり、その、死んだりしてしまうのを見るのが怖いのだ。私は昔から小さな虫でさえ、潰したらグチャってなってしまうのだろうか、とかリアルに考えてしまうクチでね? ダメなんだよ! 血とか怪我とか話に聞いただけでもゾッとしてしまうんだよ!

 ギルさんに助けられたあの時。ダンジョンのボスを倒すのを見た時はなんというか、驚きが勝ってたから考える余裕もなかったんだけど……傷口とか倒れたボスとか直視は出来なかったもんね……!


 この世界において、それが甘っちょろいのは重々承知なんだ。でもね、今は余計に魔物といえど血を流されるのが怖い。ちゃんと理由があるんだよ?


『魔物たち、血をくれって言ってるのよー……』


 ショーちゃんが魔物の言葉も理解出来てしまうからである。ショーちゃんはさっきから怯えきって震えているのだ。心が苦しんでいるんだって。助けてくれって叫んでいるんだって。それを解消したいがために、本能的に魔力を探し求め、血を求めてしまうんだって。


 危険だから、人が魔物を討伐するのは仕方ない事だ。数が増え過ぎたり、薬の素材だったり。人に害を及ぼすなら討伐する。害のある者を退治するのは人でなくてもやる事だもん。

 だから、魔王さんの影響で凶暴化した魔物たちを討伐しなきゃいけないのもわかる。わかるけど。


 そんな魔物事情を知ってしまったら、悲しくて、恐ろしくて、仕方なくなってしまうじゃないか。魔物たちだって、好きで暴れてるんじゃないんだもん。ま、中には人と同じでどうしようもない性格の子もいるわけだけどさ。


 だからと言って、魔王さんが悪いってわけでもないんだ。魔王さんだって1人の人だし、魔王というだけで心が乱されがちなのもある。今はお父さんと魂を分け合ったからマシになったのかもしれないけど……影響はあるはず。

 次期魔王は、認めたくないけど私、なんだよね? 私も、こうなってしまってもおかしくないんだ。


 魔物たちに、苦しい思いをして欲しくない。人として、苦しい討伐もしたくない。魔王となったらその為に心の制御が必要になるんだ。それは、とんでもない重圧だった。……私に、耐えられるわけがない。


 怖い。怖かった。逃げ場がないのが怖い。責任からの、逃げ場が。

 結局私は、会社で働いていた時と同じように、自分を苦しめる事になるのかと思ったら怖かった。今があまりに幸せで、守られていて、甘やかされていて。それが心地よすぎるから余計に。


 ギュッと目を瞑る。その時バァン! と一際大きな音が聞こえたから、全身がビクリと震えた。


「クロン殿ぉ!?」


 飛んできたのはまさかのクロンさん。何かしらがあって吹き飛ばされた彼女はこの結界の壁にぶつかってしまったのだろう。ど、どこから飛んできたのかはわからないけど結構吹き飛ばされたって事だよね? 大丈夫かな……

 そんな私の心配をよそに、クロンさんはすぐさま立ち上がると、その水色の瞳で自らを取り囲む魔物たちをキッと睨みつけた。それからその場で魔物たちを蹴散らし始めたのだ。直視するのは怖いけど、凄い、と思う気持ちが勝ってしまう。だって凄いんだよ本当に! 軽やかなステップで魔物の間を縫うように駆け抜け、時に宙返りするアクロバティックな動き! だというのにキチッと纏められたお団子の髪も乱れる事がない。そして何より。


「スカートめくれないの、しゅごい」

「ぶはっ! 目の付け所がそこかよぉ、メグよ!」


 おっと、思わず声に出していたようだ。だって気になるでしょ? あんなに激しい動きしてるのにスカートがめくれないどころか完璧なメイドスタイルを崩さないんだから!


「ひとまず結界内に入ってもらうか。あちらの様子も聞きたいからな」


 湧き出てくるように現れる魔物たちの退治に忙しいクロンさん。確かにキリがないしクロンさんもいつかは疲れてしまうかも。魔物たちも……出来れば怪我させたくないし。ギルさんは隙を見てクロンさんが通れる穴を結界に開けた。


「クロン殿!」

「!」


 その瞬間にニカさんがクロンさんを呼ぶ。こちらの意図を理解したのだろう、クロンさんは軽く頷くと、右手で空を切った。その場から水が溢れ出し、近くにいた魔物たちが一瞬綺麗に流されていく。その間にクロンさんは結界内に入り込み、ギルさんがすぐさま結界を閉じる。お見事ー!


「クロンしゃん!」


 ふう、と息を吐きその場に膝をついたクロンさん。やっぱりお疲れ気味だったんだね! 怪我はなさそうだけど……私はすぐに駆け寄った。


「メグ様。ご無事で何よりです」


 駆け寄った私にクロンさんは不器用な笑みを浮かべてそう言った。それよりもクロンさん!


「どーちてスカートめくれないでしゅか!?」

「最初にそれかよぉっ!?」


 ニカさんが離れた位置でズッコケる気配を感じた。ハッ、私ったら! 子どもの精神に引っ張られてしまったようだ。おさまれ好奇心!! は、恥ずかしい!

 クロンさんは軽く目を見開いて、自然な微笑みを見せた。あ、こんな顔も出来るのね。


「メイドとして当然の嗜みです」

「答えるのかよぉ!?」


 冴え渡るニカさんの突っ込み。というかね? それ、理由になってないからね? プロのメイドとして当然だとばかりに言ってるけど、なんか色々おかしいからね?


「あなた方の頭領ドンにそう言われましたから。一流のメイドは失態を表で晒さない、と」


 お父さんかよっ! 一体どんなメイド布教したんだ! ……いや、もう深く考えるのはよそう。

 何よりすごいのはそれを実際やってのける、プロのメイドたるクロンさんなのだから!


 クロンさんはお見苦しいところをお見せしてすみません、と立ち上がり、完璧な所作で一礼をしてみせた。ほんと、服も髪もどこも汚れてないどころか乱れてないの、どういう仕組みなの……


「では報告させていただきます。状況は、そうですね……控えめに言って最悪ですね」


 そんなクロンさんから冷静に告げられた言葉は、あまり聞きたくなかった内容であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る